【ネタバレあり】ジブリ映画「レッドタートル」の作品の意味を考えてみた

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スタジオジブリ作品の中でも、特に謎に包まれている「レッドタートル ある島の物語」。81分という映画としては短い時間の中で、この作品が物語る意味とは。そして本作を観た谷川俊太郎の詩の意味を、考察します。本作を観て、「いつ・だれ・どこ・なぜ」など疑問しか浮かばなかった方、特に必読です。

映画「レッドタートル ある島の物語」あらすじ

嵐と大波で海に放り出された1人の男。なんとか九死に一生を得ることができた男は、ある島にたどり着く。誰かいないか叫んでも答えはなく、絶望した男は無人島からの脱出を試みる。しかし、どんなに頑張っても見えない何かによって、島へと引き戻されてしまう。

そして最後の試みに失敗した後に姿を現わした大きな赤いウミガメ。男はそのウミガメが自分の脱走を邪魔した張本人であると考え、乱暴をしてしまう。しかしのちにそのことを反省し、自暴自棄になり落ち込む男の元に、ウミガメの甲羅から1人の女が現れる。そして孤独だった男は徐々に女と心を通わせていく。

レッドタートル ある島の物語

レッドタートル ある島の物語

2016年/日本=フランス=ベルギー/81分

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解説・ネタバレをする前に…

次のページから、本作の深い意味や考察を考えた解説を紹介してまいります。すでに本作をご覧いただいた方に、特にわかりやすいような解説をしております。まだご覧いただいていない方には、ネタバレが含まれる上、理解しづらい点があるかもしれませんので、ご注意ください。

オランダの短編アニメーション作家、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督が2007年からスタジオジブリと共同制作、公開までに9年を要した大作でありながら、セリフなし・ほぼ設定なしの異色とも言える本作。カンヌ国際映画祭では「ある視点」部門特別賞を受賞しました。

作品の意味を考えてみた①だれ・いつ・なぜ

本作では終始、シチュエーション設定のようなものに一切触れられていません。そのため視聴者には事前情報がないまま、物語が進んでいきます。

男の名前すら分かり得ません。「男が誰で、時代背景はいつで、なぜこうなったのか」から、「現れる女が誰で、いつ現れて、なぜ現れたのか」までサッパリです。

逆にいうと、それらの情報は視聴者のイマジネーションに託されていて、どんな設定にでもなり得ます。イメージしたものがどんなシチュエーションにしろ、この作品のストーリーの内容には関係ないということがわかります。

本作では条件や設定よりも、ストーリーの核となるテーマに集中すべきということ。それは情報社会に囲まれた私たちに対するメッセージなのかもしれません。

過多な情報やモノという「嵐」に飲み込まれ、たどり着いた先は無駄が排除された「無人島の世界」。苦しみながらも喜びや愛するものを見つければ、人生を楽しむことができる、という隠されたメッセージのような気がしてなりません。まっさらな心で観てみると、新しい発見があるかも。

作品の意味を考えてみた②赤いウミガメと女

劇中で男に大きな影響を与えるのが、「無人島脱出用のイカダを壊した犯人と思われる大きな赤いウミガメ」と、「赤いウミガメの甲羅から現れた1人の女」。

無人島に漂着したすぐ後に、男は群れから外れる小さなウミガメを海へと戻してやります。そんな出来事をすっかり忘れ、実際にはウミガメがイカダを壊したかも定かではありませんが、男は確信犯と決めつけてウミガメに乱暴をしてしまいます。

男によってひっくり返されたウミガメは動かなくなってしまいますが、その甲羅がパカっと割れて、1人の女が現れるのです。初めは距離のある2人でしたが、次第に距離を縮めて愛し合うようになりました。

この物語は鶴の恩返しのような存在として、ウミガメが女に変わり、男に生きる喜びを与えたのでしょうか。男にとって、外の世界に戻ってはならないなんらかの理由があったから、彼を守ためにウミガメはイカダを壊したのでしょうか。
物語の最後には、外の世界へ旅立つ息子を送り出し、女との人生を楽しみますが、ある日男は目を覚ましませんでした。深い眠りについた男を見送った女は涙を流し、再びウミガメになって海に帰っていきました。

ウミガメが本当に男のイカダを壊したのか、男助けた小さなウミガメが大きなウミガメになって男の元に帰ってきたのか、女とウミガメの関係性がなんだったのか、など謎を挙げればキリがありません。

「ウミガメは男に小さいころ助けられた恩を返すために、外の世界へ行くイカダを壊して、女(という幻想)になり、絶望的で、孤独だった男に家族として生きる希望を与えた。」という解釈に留めておきましょう。

作品の意味を考えてみた③谷川俊太郎の詩

映画のジャケットやポスターには、タイトルとは別に映画のテーマとなるメッセージのようなものがよくあると思いますが、本作にも同様に存在しています。

どこから来たのか どこへ行くのか いのちは?

出典元:https://www.ghibli.jp/red-turtle/story.html

この一文は実は本作を鑑賞した詩人、谷川俊太郎によって書かれた詩(以下、「Red Turtleに寄せて」)の抜粋です。

Red Turtleに寄せてー谷川俊太郎

水平線を背に何ひとつ持たず
荒れ狂う波に逆らって
生まれたての赤ん坊のように
男が海から上がってくる

どこなのか ここは
いつなのか いまは
どこから来たのか
どこへ行くのか いのちは?

空と海の永遠に連なる
暦では計れない時
世界は言葉では答えない
もうひとつのいのちで答える

出典元:https://www.ghibli.jp/red-turtle/story.html

前半は男が無人島にたどり着いたシーンを、リズムに乗せて描写しており、中盤の節は彼の心情とも言えます。そして「いのちは?」のフレーズには、自らの命、ウミガメの命、家族の命を意味しているのだと思います。

後半の節では、中盤に感じていた「どこ・いつ」などの具体的な疑問に対する形で、抽象的に語っています。不安や絶望の中、見つけた男の生きる希望が「もうひとつのいのち(家族や愛するもの)」という言葉に宿っているのではないでしょうか?

本作はシンプルなだけにさまざまな解釈をすることができます。広域的に見れば、この男がどこからどこへ行くのかだけではなく、私たち全員どこから来てどこに行くのかを問いただされている気もします。この詩においても、シンプルに生まれてから死ぬまでの人間の営みを語っているのかもしれません。

作品の意味を考えてみた④抽象的すぎる設定

本作には叫び声や呼吸の音はあるもののセリフというセリフはなく、登場人物たちの声優などは全く明かされていません。それだけでなく、登場人物の人種も言語も、時期も島の名前もはっきりしません。

これは人種や人物、時や場所を特定せず、あえて曖昧にすることで普遍的に、誰に対しても伝わるような話にしたかったのだと思います。

そしてそこにキーとなる赤いウミガメを登場させることで、神秘的な存在感を与え、物語に彩りが生まれます。ウミガメは男が無人島にたどり着いてから、さまざまな場面で姿・形を変えて男の姿を見守っている存在だったため、ある種、神様のような存在として考えてみるのもおもしろいかもしれません。

抽象的な設定の中でも、津波のシーンは家族が一度離れ離れになってしまう心苦しい場面。しかし「自然とともに生きる」という意味では、ここも本作の大事なシーンのひとつです。本作でいうウミガメや津波のような予期せぬ自然のいたずらも、人間の歴史の中で大きな影響を与えていることを思い出させてくれます。

シンプルすぎて深い映画「レッドタートル ある島の物語」

81分という短い上映時間の中で、そしてセリフや設定がない中で、さまざまな意味を持つジブリ映画「レッドタートル ある島の物語」。何も考えずにみると、「なんなんだ、この映画。つまらない。」と感じてしまうかもしれません。しかし、少ない情報・シンプルなストーリーの中でみるからこそ、自分自身の想像力や反芻力を生かして、物語の深さを噛み締めて欲しいですね。

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  • 6/16 12:00
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