松坂桃李はなぜヘタレ役が似合うのか。出演ドラマ2本も大好評

 今クールのドラマは松坂桃李が熱いと評判です。

 5月29日に最終回を迎えた『今ここにある危機とぼくの好感度について』(NHK)と、放送中の『あのときキスしておけば』(テレビ朝日系、金曜夜11時15分〜)の2本で主人公をつとめ、昨年12月の戸田恵梨香との結婚とあわせ、公私ともに絶好調といえるでしょう。

 そんな松坂桃李、イケメンにもかかわらずヘタレ役が似合うとの声が…。

 そこで、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』などの著書があるドラマライターの田幸和歌子さんに、『今ここにある危機とぼくの好感度について』(以下『ここぼく』)『あのときキスしておけば』(以下『あのキス』)などの出演作品と、俳優・松坂桃李をどう見ているかを聞きました。

(以下、田幸さんの寄稿です)

◆『ここぼく』ただのバカではなく悪人ではないのがポイント

 大学を舞台としつつも、政治の世界をはじめとして、いまの日本のあちこちで起こっている深刻な問題をブラックコメディとして描いた、近年最大の問題作でした。

 松坂さんが演じた神崎真は「何か言っているようで何も言っていない」中身のペラペラな元アナウンサーの大学広報マン。

 この薄っぺら具合・幼稚具合が、「政治家の小泉進次郎にそっくり、モデルなのではないか」とネットでは大いに話題になり、一部では兄の小泉孝太郎が演じたほうが良いのでは、という皮肉まで出ました。

 しかし、ただのバカではないこと、悪人ではない(だからこそたちが悪い!)ことが重要なポイントです。

 なにせ神崎の場合、名門大学を出ているだけに、勉強はできたわけですし、意味のあることは言わないというのも、もともとは好感度を下げるというリスク回避の処世術が出発点ではあるのです。

 しかし、無難にやり過ごすクセが彼を中身のないペラペラにしていったことがよくわかりますし、それは大学の理事会の面々も、さらに言えば面倒なことに目をつぶり、今の忖度だらけやウソだらけ・ごまかしだらけの世の中を作ってしまった私たち1人1人もきっと同じ。

 私たちが笑いながらも、どこか憎めない親近感を覚え、事態の深刻さを我が事としてとらえられるためには、松坂桃李のまさしく「好感度」と「芝居の確かさ」の両面が必要でした。

 特に、少しだけモノを考え始めた神崎が、今までにないほどの熱量で真っすぐキラキラに「意味があることを言わない大切さ」を説いたシーンの残念具合は見事でした。

◆オタクが抜群に似合う『あのキス』&映画『あの頃。』

『あのときキスしておけば』のほうは、漫画オタクで、映画『あの頃。』(2021年公開、6月18日DVD発売)のほうは、アイドルオタク。松坂桃李にオタクが抜群に似合うのは、本人がゲーマーとして有名であること、非常に凝り性であることも、良い方に作用していると思います。

 なぜなら、「愛するモノ」に対する純粋な思いには、本人が心から共感できるはずだから。

 Twitterで「今はFFⅨにハマっています。どれくらい好きかというと、UCノジンネマンくらい好きです」などと謎用語を連発、ファイナルファンタジーの話のたとえにガンダムのキャラを挙げて、ガチオタク認定をされたり、菅田将暉のラジオ番組で自身のプレイヤー名を綴りまで詳細に説明して、フレンド募集したりという空気を読まないぶりは、実はネットユーザーの男性たちからも愛されてきました。

 だからこそ、松坂桃李がハロプロのコンサートに行っていたことが報じられると、ハロプロオタク界隈などから歓迎されていたのですが、実は役作りのためだったことが後で発覚します。それでも決して叩かれないのが、松坂桃李ならでは。

https://youtu.be/dPzKhT03SCs

『あの頃。』では仲間たちといるときの楽しそうでキラキラしているのに、どこか残念な感じがリアリティを醸し出していましたし、原作者の劔樹人本人を演じることで、演奏指導などで頻繁に撮影現場を訪れていた劔の立ち姿、話し方、揺れながら近づいてくるクセなど、細かいところまで観察し、その再現度の高さが絶賛されました。

『あのキス』のほうは、憧れの漫画家先生(麻生久美子)が亡くなり、知らないおじさんの体に魂が入ってしまうというトンデモ設定なのに、おじさん(井浦新)に押しまくられて同棲状態になり、さらに驚くほどすんなりおじさん姿の先生を受け入れる展開が、実にスムーズ。尋常でないピュアさと順応性の高さが、残念でありつつも愛おしいです。

◆映画『彼女がその名を知らない鳥たち』

 映画『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)では、見事にぺらっぺらのことをぺらっぺらに言える内容のないクズ男を演じていました。

 その中身の薄さという点では、『ここぼく』神崎真にも通じるものがありますが、実は神崎を彼にオファーした理由の一つに、芝居の確かさとこの『彼女がその名を知らない鳥たち』での演技があったことを、『ここぼく』の勝田夏子プロデューサーはインタビューで語っています。真の原点ですね。

(ただし『ここぼく』神崎を誰にと考えたときに、『彼女がその名を知らない鳥たち』や『ゆとりですがなにか』の演技が良かったから似合うんじゃないかと思ったということで、イメージして書いたわけではありません)

『あの頃。』のモデルがある人物に対する徹底的な観察と研究・分析からもわかるように、また、プライベートでのオタクぶりからも推察されるように、松坂桃李は非常に凝り性で努力型の人。だからこそ、ヘタレだったり、中身が薄っぺらな人だったり、どこか抜けた残念な人を演じるときに、そこにおかしさが漂います。

 真面目で、仕事に対する姿勢も真摯で、モノをいろいろ考える人だからこそ、ヌケの演出が際立つのでしょう。小顔+長身のどう見ても目立つ容姿も、欠落した「残念」部分を強調する上で大いに役立っていると思います。

<文/田幸和歌子>

【田幸和歌子】

ライター。特にドラマに詳しく、著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』など。Twitter:@takowakatendon

2021/6/13 8:46

こちらも注目

新着記事

人気画像ランキング

※記事の無断転載を禁じます