待ち合わせ場所の飯田橋駅前で、彼が突然…。マッチングアプリで知り合った男が発した、ありえない言葉
恋は焦りすぎると、上手くいかないもの。
だから、じっくり時間をかけて相手を知っていくべきなのだ。
結婚に焦り様々な出会いと別れを繰り返す、丸の内OL・萌。
“カルボナーラ”をきっかけに失恋した女は、恋も料理の腕前も上達していく…?
◆これまでのあらすじ
失恋の傷を癒してくれると信じ、好きになりかけていた松田の“本性”を知ってしまった萌。悲しみを乗り越え、絵美に勧められたマッチングアプリを使い始めてみた萌だったが…?
▶前回:「付き合って」の一言もなく深い関係になった男女。その後、女が知ってしまった驚きの事実とは
2019年6月
「それじゃあ来週の木曜日、18時に飯田橋駅集合で。お店はこっちで考えておくね」
マッチングアプリのトーク画面に届いた、メッセージ。
自宅のベッドに腰掛けながらそれを読んだ萌は、頬を緩ませた。
絵美に背中を押され、渋々アプリを再スタートさせたのは数日前のこと。それからとんとん拍子にマッチングが進み、ついに今週はデートの予定なのだ。
相手は引野と名乗る、港区の広告代理店に勤務する男性だった。プロフィール欄によると身長178cm・年収1,000万円以上と肩書きは申し分ない。
しかもプロフィール写真の彼は細身で、髪型は流行りの黒髪センターパート。顔もどことなく人気バンドのボーカルに似ており、独特な雰囲気を醸し出していた。
紹介文には「最近料理に目覚めた」とあり、料理トークで意気投合してすぐ会うことになったのだ。
結婚することを考えたら、趣味が合うというのは意外と重要なこと。それに代理店勤務なら美味しいお店もたくさん知っているだろうし、楽しいデートができそうだ。
おかげで引野に対する期待値は、最高潮に達していた。
…しかし萌には一つだけ、気になっていることがあったのだ。
浮かれる萌が、一つだけ引っかかっていたこととは?
「朝日さん、マッチングアプリでの出会いってどう思いますか?」
それは先日の料理教室で、コロッケを食べていたときのことだった。萌はこれまでの失敗から、今回も朝日に相談してみようと決めていたのだ。
「最近流行ってるよね。僕の周りには登録してる人いないから、よくわからないんだけど…」
「実は、最近始めてみたんです。それで今度会う約束をしてて。32歳で少し年上なんですけど、大手の広告代理店に勤めてるみたいで。…あと、その人グルメで評判のお店にも詳しいんです」
「うーん。なんだか彼がどんな人物なのか、よくわからないなあ」
苦笑いする朝日を説得するかのように、萌は説明を続ける。
「それから、顔は好きな芸能人に似ていて…。私服もオシャレで、背が高いからなんでも似合いそうなんですよ」
すると朝日は突然、優しい口調で萌を制止してきたのだ。
「…さっきから聞いてると、肩書きや外見ばっかりで、その人の中身が一つもわからないのがちょっと不安だな。変な男だったらどうするの?」
「そういうのって、実際に会わないとわからなくないですか?」
「うん、そうなんだけど…。なんていうか、今の萌ちゃんにはコロッケでもメンチでも、衣がついていれば何でもいいって聞こえるよ」
萌は、思っていたようなリアクションをしてくれなかった朝日に対して、若干ムキになっていた。だから彼の言葉を無視して、引野に会うと決めてしまったのだ。
◆
そして迎えた、約束の木曜日。
萌はトーク画面を見ながら、小さくため息をついた。
実は待ち合わせの5分前になって、彼から『仕事で10分くらい遅れそう』と連絡が来ていた。しかしその後も『電話対応がもう1件できてしまって…』と、結局30分以上待ちぼうけをくらっている。
ずっと立ちっぱなしで待っているせいで、足がズキズキと痛む。…せっかく張り切って、セルジオ ロッシのシースルーパンプスを履いてきたというのに、なんだかテンションがあがらない。
お腹が空いてきたことも相まって、イライラが募り始めたそのとき。
「お待たせしてごめんね。萌ちゃん、だよね?引野です」
そう声を掛けられ、勢いよく顔をあげる。すると目の前に立っていたのは、萌と身長が変わらないくらいの小柄な男性だったのだ。
「は、初めまして。萌です」
― あれ。身長が178cmという割には、少し低いような…。私のヒールのせい?
萌は不思議に思いながらも、引野に向かって笑顔を見せる。すると彼は、萌の顔から足先までをなめるようにチェックしてから、こう言ったのだ。
思っていたよりも背が低かった引野。そんな彼が発した、ありえない言葉とは
「そのワンピース可愛いね!スタイルも良いからすごく似合ってる」
「え、えっと…。ありがとうございます」
値踏みをするかのような視線に戸惑いながらも、ひとまずお礼を言う。すると目の前の引野が、まさかの発言をしてきたのだ。
「じゃあ、行こうか。あ、今日のお店なんだけどさ…。和食とイタリアンどっちがいい?」
― えっ。こんな質問をしてくるなんて、もしかして今夜行くお店を予約してないってこと?
しかし萌の戸惑いに気づくこともなく、彼は自信満々といった様子で続ける。
「この辺で美味しいのは、イタリアンのピザか、地鶏の炭火焼が旨い和食なんだけど…。好きな方選んでいいよ!」
ありえない発言に、萌はガックリと肩を落とす。しかしひとまず、引野がおすすめだという和食屋さんへ行くことにしたのだった。
◆
「ここ、うちの近くで美味しいんだよ。結構穴場なんだ」
そう言われて連れてこられたのは、こじんまりした居酒屋だった。…しかも、彼の自宅の近所だという。
― 初デートで自分の家の近くって、ありえないでしょ…。
そう感じつつも萌は「ここまで来たら引き返せない」と思い、とりあえずドリンクを注文する。プロフィール写真を見たときには気づかなかったが、引野が笑うたびにガタガタの歯並びが気になってしまった。
創作系和食、という萌があまり好きではないカテゴリの店に連れてこられ、テンションは急降下中だ。
それでも朝日の忠告を無視してまで来てしまったこともあり、何でもいいから彼の良いところを見つけようと、萌は懸命に話題を振る。
「やっぱり広告代理店って、お仕事忙しいんですね」
「いや、全員が忙しいわけじゃないよ。この仕事って、できる人のところに振られることが多いからさ、俺は結構忙しいんだよね」
自分の仕事ぶりに自信があるらしい引野は、会社の話題を振ると、とたんに饒舌になった。
「だけどさ。そろそろ会社辞めて、独立しようと思ってるんだ」
「へえ、どんな会社を作りたいんですか?」
「そうだなあ…。今はネットビジネス系で考えてるよ。まあ、萌ちゃんはその辺あんまり詳しくないと思うから、わからないだろうけどね」
そう言って引野が、グイとビールを煽る。その右腕にはキラリとロレックスの時計が光っていて、確かにしっかり稼いでいるんだろうというのが想像できた。
それにお会計の際、彼は萌に一円たりとも出させようとしなかったのだ。
その姿を見ていると「ちょっぴり気になる点はあるけれど、なかなか優良物件なのではないか」という考えが頭をよぎる。
― デートの段取りは悪かったけど、キッチリ割り勘を求めてこないし、他の女の影もなさそうだしなあ。
二軒目のバーもきっちり引野が支払いを済ませ、店を出る頃。萌は「もう一度デートをしてから考えてもいいかなあ…」というところまで心変わりしていた。
「今日は楽しかった。ねえ、萌ちゃん。また会ってくれる?」
「えっと…」
「今度、もし良かったらさ。俺の家に来ない?美味しい料理作ってあげるからさ」
▶前回:「付き合って」の一言もなく深い関係になった男女。その後、女が知ってしまった驚きの事実とは
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引野ともう一回、デートをしても良いかなと考えていた萌は…?