「500万で…」妻の妊娠中に不貞を犯した35歳男が、追い詰められてとった行動とは
マサル@緊迫した自宅
「笹本…、ヤバイ記事が出ることになった。金ならいくらでも払うから、なんとかしてくれないか」
週刊誌に自分のスキャンダルが載るということを妻に聞かされた僕は、顧問弁護士の笹本を自宅に呼び寄せた。
「ヤバイ記事、というのは…?」
「単刀直入に言うと、妻の妊娠中に別の女と密会していたのを撮られたんだ…」
笹本は深い溜息をつくと、氷の如く冷徹な目をしながらこちらを凝視し、口を開いた。
「その記事、発売日はいつですか?明日朝一で裁判所に出版差止めの仮処分命令の申立てをしましょう。しかし、却下される可能性が高いです」
「なんでだ?こんなの確実にプライバシーの侵害と名誉毀損だろうが」
「マサルさんは一部上場企業の社長で社会的影響力が大きく、公人のようなものです。やるだけやってみますが…」
他人の情事を暴くことのどこに公益性があるのか、僕は納得ができなかった。こんな下世話な記事が世間に公表されれば、計り知れないほどの損害が出るのは明白だ。
「出版差止めでも損害賠償請求でもなんでもいいから、とにかく徹底的にやってくれ」
「全力を尽くしますが…法的手段を取れば、火に油を注ぐことになるかもしれません。差し出がましい提案ですが、"あの件"を実行するのは、いかがでしょうか…」
「それは嫌だ、最終手段だ。こうなったらもう、出版社に直談判してくるよ」
高級料亭の個室で一触即発!?マサルの運命はどうなるのか…?
マサル@某高級料亭の個室
「いやぁ〜嬉しいねぇ。今をときめく起業家にご招待いただけるとは」
「突然お呼び立てして申し訳ないです。白川さんとは一度ゆっくりお話ししてみたかったので…、お会いできて光栄です」
週刊東藝の編集長に直談判しようと思ったものの、そいつとは以前ラウンジで一悶着あったことを思い出し、出版元である東藝社の代表に約束を取り付けた。
白川は東藝社を設立した創業者であり、実業家として大変尊敬している大先輩である。
「白川さん、ワインお好きでしたよね?これ、白川さんの生まれ年のワインなんですけど、良かったら」
ロマネ・コンティ1969――
現在飲めるワインの中で、「頂点」と言っても過言ではない世界最高峰のワインだ。
「1969年ってアポロ11号が月面着陸した年ですよね。ブルゴーニュでは、第二次世界大戦後で最も素晴らしい年の一つだと言われているようです」
「たった一日で探したの?マサルくん、噂には聞いていたが、本当に人たらしだよねぇ。これ相当お高いんじゃないの?」
「お会い出来ることが決まって血眼になって探しました。500万くらいしましたけど、大事なのは気持ちなので」
僕がそう言うと、白川は目の色を変えた。
「…君は本当にいやらしい男だね。これは、まだ開けないでくれるかい?こんなものを飲んで、貸しをつくるわけにはいかないからね。交渉が成立してから、杯を交わそう」
にわかに微笑んだ白川は、ワインからゆっくりと視線を移し、鋭い眼光で僕を射る。
「で、用件は?」
「……今度、週刊東藝から僕の記事が出るんです。それを、差止めて頂けないかと…」
ジリジリと焼けつくような鋭い眼光を放ち続ける白川を前に、汗が吹き出す。しかし、視線を逸らせばイニシアチブを取られてしまうような気がして、目を合わせ続けた。
「ほぉ〜ん。たった500万で買収しようってか」
「いえ…そんなつもりは…。ワインはただの気持ちですから。でも、お金ならいくらでも出すので、どうかお願いできないでしょうか」
僕が頭を下げると、白川は鼻で笑った。
「いいかいマサルくん、こういうのはね、金の問題じゃないんだよ」
「でも、あなた方もあの女から情報を買ったんですよね?買った情報を世間に売り出して、利益を得たいんですよね?」
週刊誌も情報提供者も、金欲しさに他人のプライバシーを世間に晒す卑しい存在だと思っていたのだが、目の前にいる男は誇らかな顔をして僕に問いかけた。
「週刊誌にネタをタレ込んだら、いくらもらえると思う?」
白川vsマサル、落としどころはどうなるのか…!?
「…30〜100万くらいでしょうか。みんな金欲しさにネタを売るでしょうから」
「実際はねぇ、情報提供者との間に金銭のやりとりはないんだ。彼らは金目当てではなく、世間に事実を知ってもらいたいという“気持ち”から情報提供してくるんだよ」
― 気持ち…?
僕から金を引っ張れなくなったマミが、小金欲しさに週刊誌に情報を売ったと思い込んでいたが、あの女が無銭で僕を貶めたというのか—?
「ですが…、これはプライバシーの侵害ですよね?僕は人気商売の芸能人ではないですから、事の運び次第では、法的手段を取ることも考えています」
「訴えるなら、どうぞご勝手に」
「では、マミに…、情報提供者に、発言を撤回させ…」
そう言いかけた時、白川の表情は急に険しくなり、僕の発言は遮られた。
「僕たちはね、こういう時に初めて金を使うんだ。情報提供者に圧力をかけられたとき、彼らを守るためには金を使う」
彼と話していると、金を稼ぐ度に増していった自信が無惨に消え入りそうになる。
― 俺は…なんて無力なのだろう。あり余る金は、こんなとき何の役にも立たない。
「コレを上回るスクープがあれば、差替えることはできるかもしれないが…。残念ながら、君は日本中から注目されている男だからねぇ」
僕以上に悪どいことをしている経営者は山ほどいる――。
僕のスキャンダルとトレードすることができるかもしれないが、人を売るようなことをするほど、僕の性根は腐っていないと思いたい。
『人の心は、お金じゃ割り切れない』
『信頼は、お金じゃ買えない』
リカに言われた言葉が脳内で響き渡り、僕は無言で下を向いた。
すると、膝の上に置いていたスマホの画面に<笹本>の名前が並んでいるのが見え、嫌な予感に襲われる。
『笹本:出版差止めの仮処分命令の申立てが、却下されました』
なすすべもなく押し黙っていると、白川は全てを見透かしたような顔をして語りかけてきた。
「マサルくんは、日本一の有名人なんだから、反論なり謝罪なり強いメッセージを出せる立場にあるんだよ。だからこんな記事が出ても、回復困難な損害を被るとは判断されない。
政治家だって芸能人だって経営者だって、実力がある人間は何があっても潰れずに、生き残り続ける。
身から出た錆だ。ここで僕が君の要求を飲んでこの件が丸く収まったとしても、違う場所で必ず綻びが出るだろう。
君のあがき方は、ハッキリ言ってダサいよ。余罪も沢山あるんだろ?小手先で片付けようとせず、膿を出し切って生き方を改めたらどうだね。
君は、日本中から期待されている男だ。こんなことで潰れるような男じゃないはずだ。これが良いキッカケになることを期待しているよ」
僕は彼に鼻を折られた。
しかし、魑魅魍魎(ちみもうりょう)がはびこる世界に生きる白川の言葉は、響くものがあった。
経営者として成功を収めると、誰かに叱られることなんてなくなってしまう。
ピンチはチャンスなのかもしれない。僕はそう思い、腹を括った。
『笹本、最終手段を進めよう…』
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遂に、週刊誌発売。マサルは一体どうなるのか…?