人を部屋にあげたことがない28歳女。初めて後輩男子を招いて起こった、衝撃の展開

PR会社で多忙を極める28歳の綿谷あんな。掃除ができず、散らかった部屋に帰りたくないので、求愛してくるいろんな男のもとを毎晩泊まり歩く。

母親の“呪い”に、乱れた生活。そして歪んだ自尊心…。

これは、そんな女が立ち直っていくストーリーだ。

◆これまでのあらすじ

後輩男子・祥吾に「好き」と想いを告げたあんな。一方で毒母との関係に正面から向き合うため、実家へと向かう。そこで本音をぶつけるが、急な腹痛で倒れてしまい…?

▶前回:「私もう28歳なのに…」女が、甘やかしてくれる後輩男子に打ち明けた衝撃の告白


「とにかく、過労とストレスが原因の神経性胃炎ですから」

モニターに向き合いながら淡々と話す医師の言葉が、ぼんやりとするあんなの耳を右から左に通り抜けていく。

「明日退院しても、くれぐれも安静にしてください」

「でも、仕事が…」そう言いかけて、あんなは口をつぐんだ。壁に掛かったカレンダーに目をやり、溜息をつく。今日は5月26日。腹を切り裂くような痛みで倒れてから、3日が経っていた。

病院に運ばれたあんなは入院が決まってすぐ、会社に連絡した。

―『えー、そんなに体調崩してるんなら無理だよなあ。俺がやるからゆっくり休んで』

これまで心血を注いでいたインスタライブの担当は、山本に代わった。

どうしようもない無力感に襲われたが、体調管理ができていなかった自分が悪いと割り切るしかなかった。それからスマホはカバンに入れっぱなしにしていたので、バッテリーが気づかないうちに切れていた。

病院を出る前に…と充電ケーブルにつないだスマホが、ずっと小刻みに振動している。溜まっていた通知が一気に届いたようだ。だるい腕を伸ばして、LINEのトークアプリを開いた。

「あ…」

メッセージに続いて、不在着信を知らせる文字が画面の上部に現れた。

『不在着信 浅霧祥吾』

1回、2回。ポップアップが出ては消える。

「ああー…」

考えないようにしていた、3日前の祥吾とのデート。あんなは思わず頭を抱えた。



「私、浅霧くんのことが好き」
「…それは」

黙っていた祥吾がようやく口を開こうとしたとき、あんなは「待って」と制止した。

「ごめん…。浅霧くん、散々私のこと『自分のお姉さんみたい』って言ってたのに、急に気持ち悪いよね」

告白なんてするつもりは、全くなかった。だが、一緒に過ごした時間があまりにも楽しくて、祥吾への想いがあふれ出してしまったのだ。

「わ、私なんて部屋は汚いし、料理はできないし、いろんな男のところを転々としてたし、こんなこと言われても困ると思うんだけど、浅霧くんに本当に救われたの」

ごめん、とあんなはもう一度小さく謝った。

「さっきの忘れて、これからも仲良くしてほしい」
「いや、綿谷さん」
「じゃあ私、もう行くね!今日ありがとうね!」

…そう。あの後、祥吾の前から逃げたのだ。あんなはがっくりと肩を落とした。フラれるのが怖かった。関係性が崩れるのが怖かった。

よろよろと力の入らない足を引きずり、院内で通話が可能な場所に向かう。そして震える指で、祥吾の名前をタップした。

スマホを耳に当てると、4コール目。

『ちょっと綿谷さん、大丈夫なんですか』

彼の少し焦ったような口調を聞くのは、初めてだった。

ようやく祥吾に連絡したあんな。すると彼が、驚きの行動に出る



「…本当に来てくれたんだ」

タクシー乗り場の前で立つ祥吾を見つけ、あんなはホッと肩の力が抜けるのを感じた。こちらに気づいた祥吾が、小走りで駆け寄ってきた。

「浅霧くん、仕事は?」
「有休取りました」
「ごめん…」
「謝ることじゃないです」

それより、と祥吾はあんなの手からボストンバッグを取った。

「顔色、まだ悪くて心配です」
「それは多分すっぴんだからだよ。お化粧もしてなくて恥ずかしい」
「うち泊まったときは、全然恥じらってなかったのに」

そういえば、初めて祥吾の家に行ったときは何のためらいもなくすっぴんを晒していた。そのことを思い出し、あんなは苦笑する。

「とりあえず帰りましょう。送ります」

祥吾に肩を支えられ、あんなはタクシーに乗り込んだ。

「中目黒までお願いします」

初めて祥吾に助けられたときと同じだ。彼に肩を抱かれてタクシーにエスコートされ、祥吾がドライバーに行先を告げるところまで、全く同じ。


「…連絡つかなくて、焦りました」

窓をぼんやりと眺めていると、祥吾が小さな声で言った。

「LINE送っても既読つかないし、電話も出ないから嫌われたのかと」
「そ、そんなわけないじゃん!」

否定が食い気味になってしまい、あんなはもぞもぞとシートに座り直した。

「一方的に気持ち押しつけて逃げて音信不通って、最低だよね…。ごめんなさい」
「倒れて入院してたんだから仕方ないですよ。ていうかびっくりしました」
「そうだよね、ごめん…」

申し訳なさに、あんなはただ委縮する。その様子を見て、祥吾はあんなの右手にそっと手のひらを重ねた。

「綿谷さん、謝りすぎです」

指が優しく絡まり、体温が伝わってくる。

「病人はもっと、堂々と甘えていいんですよ」

あんなは思わず顔をあげた。外の景色に顔を向けているから、彼の表情は分からない。

「…ありがとう」

そう小さな声で返し、大きな手を握り返した。

あんなは誰もあげたことのない自宅まで、祥吾に送ってもらい…



退院が決まったとき、母親は「迎えに行く」と言ってくれた。それを断ったのは、部屋を見られたくなかったからだ。

だが今、こうしてマンションの前に祥吾と立っている。

「綿谷さん。都合悪かったら僕、ここで失礼するので」

祥吾の言葉に、あんなは「ううん」と首を横に振った。

「浅霧くんならいいよ」

人を部屋にあげるの初めて、と付け足す。男性も友達も、誰も招いたことのない部屋。「光栄です」と祥吾は笑った。

ドアを開けると、あんなはふらふらの体を引きずって洗面台に立った。清潔なタオルを2枚取り出し、祥吾に渡す。

手を洗うと、そのままベッドに倒れこんだ。体力が落ちているのか、ひどくだるかった。

「浅霧くんのおかげで、こうしてすぐ休めてる…」
「え?」
「ベッドだけは整えておくといいって教えてくれたから…」

インスタライブの配信準備に追われていたせいで、部屋はお世辞にも綺麗とは言えない。だが祥吾に教わった通り、ベッドメイクだけは欠かしていなかった。

「あー…。一人で病院から帰るの無理だったなあ。しんどい」
「顔色悪いですもん。すっぴんとか関係なしに」
「ありがとうね、浅霧くん。いつも助けてくれて…」


気だるげに言うあんなを見つめてから、祥吾はベッドの端に腰を下ろした。

「…綿谷さんって『ありがとう』とか『ごめんなさい』とか、ちゃんと言いますよね。『おいしい』や『嬉しい』とかも」

そっと手を伸ばし、あんなの頬に掛かった髪を優しく払う。

「部屋の掃除や料理を頑張ろうとして、ごちゃごちゃだった人間関係も整理して。そのままでいることは楽だけど、自分を変えましたよね。それってすごく勇気があると思います」

あんなは驚きに目を丸くした。返す言葉が見つからず黙っていると、祥吾がそのまま続けた。

「…頼ってくれて嬉しいし、一緒にいて明るい気持ちになって、頑張る綿谷さんを見ると僕も頑張ろうって思えます。僕のこと、好きって言ってくれてありがとうございます」

そこまで話して、祥吾はふっと柔らかく微笑んだ。

「僕も綿谷さんのことが好きです。これからも一緒にいたいです」

そうして想いが通じた2人は…?



1か月後。ポン、と母親からLINEが届いた。

『あっちゃん元気?体調はどう?』

1行のメッセージの後に、以前よりも少し短くなった愚痴がつづられている。あんなが気持ちを伝えてから、こうしてあんなの様子を窺う文言が付け足されるようになった。

それ以外はこれまでと変わらないし、たまにあんなを否定する言葉も混じる。それでもあんなを気遣う文章が送られてくるようになっただけで、少し前に進んだように感じていた。

「でも私、母に言えなかったんだよね」

初夏の風が吹くいつものテラス席で、あんなは箸を握ったまま溜息をついた。

「小さいころから、『産まなきゃよかった』って言い続けてきたよねって。私がその言葉にどれだけ苦しんできたか、言いたかったんだけど」
「いいですよ、言わなくて」

そう話す祥吾の頭は、寝癖がぴょんと跳ねていた。

「いじめとかもそうですけど、言われた方は覚えてても、言った方は覚えてないんですよね。指摘してもきっと『そんなこと言ったっけ~』とか適当に返されて無駄に傷つくだけだから、掘り返さないほうが良いです」


「人はそう簡単に変わりません」と、祥吾はしみじみ言った。その顔をじっと見つめ、あんなはおもむろに小さな紙袋を取り出した。

「え、なんですか?」
「…夜ちゃんとお祝いするけど。浅霧くん誕生日だし、いつもお弁当作ってきてくれるし、たまにはお礼しなきゃと思って」

祥吾が慎重に紙袋から箱を取り出す。中に納まる小さなベイクドチーズケーキに、眼鏡の奥で目を輝かせた。

「すごい!綿谷さんが作ってくれたんですか?」
「いや、ケーキなんて作ったことなくて、味の保証はないんだけど。混ぜるの難しくて粉は散らばるし、チーズはうまく混ざらないし…」

ごにょごにょと言い訳しながら、あんなは過去を思い返した。つい最近まで、野菜の洗い方すら知らなかったのだ。ケーキを焼こうと思える日が来るなんて、自分でも信じられなかった。

「彼女にケーキ作ってもらうのって、男の夢ですよ。うわー嬉しいなあ。綿谷さん、ありがとうございます」
「あんな、だよ」

フォークを握る祥吾に、あんなは呟いた。

「…そろそろ名前で呼んでほしいな、って」

そこまで言いかけて、あんなは口を閉じた。白い頬にさす赤み。いつものマイペースはどこへやら、知らない祥吾の表情。

「…あんな、ちゃん?」

照れているのか、祥吾の声は聞き取れないほど小さい。あんなは思わず噴き出すが、人のことを笑っている場合ではない。

「これからもよろしくね、…祥吾、くん」

その不器用な言い方に、祥吾も笑みをこぼした。

Fin.


▶前回:「私もう28歳なのに…」女が、甘やかしてくれる後輩男子に打ち明けた衝撃の告白

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