映画プロデューサーと詐欺師は紙一重の違い? 豪華共演『カムバック・トゥ・ハリウッド!!』

 星の数ほどの映画がこれまで作られてきたが、ヒットしたのはほんのひと握りの作品だけ。脚本はできていたのに出資が集まらずに実現しなかった企画、制作時のトラブルからお蔵入りしてしまった作品も含めれば、その数はさらに膨大なものになる。ハリウッドはそんな夢の残骸を踏み台にして建てられた幻の楼閣だ。ロバート・デニーロ(77歳)、トミー・リー・ジョーンズ(74歳)、モーガン・フリーマン(83歳)という、ハリウッドの3大シニアスターが豪華共演を果たしたコメディ映画『カムバック・トゥ・ハリウッド!!』(原題『THE COMEBACK TRAIL』)は、見果てぬ夢を糧にして生きてきた男たちの物語となっている。

 タクシー運転手、伝説のプロボクサー、ベトナム戦争からの帰還兵、マフィアのボス……と多彩な役を演じてきたレジェンド俳優のロバート・デニーロ。彼が今回扮するのは、冴えないB級映画のプロデューサー。舞台は1974年のハリウッド。映画プロデューサーのマックス(ロバート・デニーロ)はアクション映画『尼さんは殺し屋』を公開したものの、史上空前のダダすべり。しかも、キリスト教団体による抗議運動まで起きてしまう。マックスと、彼のビジネスパートナーを務めている甥っ子のウォルター(ザック・ブラフ)はお手上げ状態だった。

 マックスから「大ヒットは確実!」とそそのかされ、『尼さんは殺し屋』に多額の製作費を出資していたギャングのボス・レジー(モーガン・フリーマン)は、怒り心頭。「三日以内にお金を全額返さないと、お前をぶっ殺す」とマックスに言い渡す。だが、マックスには切り札があった。「映画化されればアカデミー賞は間違いなし」と言われている哲学的SF小説『パラダイス』の映画化権を握っており、この権利を他のプロデューサーに売れば借金は返済可能。自分の命か、アカデミー賞か。映画バカのマックスが選んだのは後者だった。

 命をもらいに来たレジーに、マックスはふてぶてしく新しい映画の企画を提案する。といっても実際に映画を作るのではなく、主演俳優に多額の保険金を掛けた上で撮影初日に事故死させ、保険金をがっぽりもらおうという犯罪計画だった。多額の保険金が手に入れば、念願の『パラダイス』を制作することもできる。自分のアイデアに酔いしれるマックス。満面の笑みを浮かべるときのロバート・デニーロは、実に恐ろしい。

 マックスは殺人計画を周到に進める。脚本はボツ扱いになっていた『西部の老銃士』を採用。主演俳優は、かつて西部劇スターだったデューク(トミー・リー・ジョーンズ)。老人ホームで孤独に暮らしていたデュークを引っ張り出すことに成功し、やる気満々なスタッフも集め、映画の撮影(=殺人計画)の準備は万端だった。デュークは自殺願望を持っているので、「今回の計画は人助けだ」とうそぶくマックスだった。

 老人ホームではしょぼくれていた、忘れられたスター・デュークだったが、カウボーイの衣装に着替え、カメラの前に立つと異常なほどに元気になってしまう。映画の撮影現場は、キャストから計り知れないほどのアドレナリンを引き出してしまうのだ。

 マックスが仕掛けていた殺人トラップを、デュークは次々とクリアしてしまう。その様子をカメラは懸命に追っていく。事故死に見せかけて老俳優を殺すはずのフェイク映画が、まさかまさかの傑作映画になりそうな予感が漂い始める。保険金殺人のことを知らされていない甥っ子のウォルターは大喜び、マックスは複雑な心境だった。いつまでもデュークが死なないことに業を煮やしたレジーが、ロケ地を陣中見舞いすることに。リアルな殺気がみなぎるガンファイトの撮影シーンだった。

 主演の3人合わせて、234歳! 数々の名作で名演技を披露してきたハリウッドレジェンドの3人が共演を果たした、業界ものコメディである本作。ストーリーもキャラクター設定も非常にベタだが、B級映画ならではのライトな面白さがある。アカデミー賞には決してノミネートされることのない、こんなB級映画や誰も知らないようなC級映画が大量に作られていくことで、映画業界は成り立ってきた。そして、ボツになった企画や脚本、劇場公開されることのなかった幻の映画への、スタッフ&キャストからの愛情も本作からは感じられる。

 超豪華キャストを配して、B級映画である本作を撮り上げたのは、アクションコメディ映画『ミッドナイト・ラン』(88)で知られるジョージ・ギャロ監督。本作には原案となった元ネタ映画がある。ギャロ監督は学生時代に授業をサボって、コミックブックのコンベンションを覗いたところ、たまたま会場の一室で16ミリフィルムで撮られた未完成映画のラフカットが上映されていたそうだ。そのとき観た映画のタイトルが『THE COMEBACK TRAIL』。多額の保険金を掛けた主演俳優が危険なスタントで死のうとするというアイデアに、ギャロ監督は魅了された。このとき、ギャロ監督は18歳。本作の時代設定となった1974年のことだった。

 デニーロと組んだ『ミッドナイト・ラン』で成功を収めたギャロ監督は、映画監督になることを夢見ていた学生時代に観た幻のフィルム『THE COMEBACK TRAIL』を46年ごしで映画化したことになる。映画化の権利を手に入れるためにギャロ監督は『THE COMEBACK TRAIL』の製作者を探したが、ギャロ監督が見つけ出したときには製作者はすでに亡くなっており、未亡人からその許諾をもらっている。

 本作の原案となった『THE COMEBACK TRAIL』の製作者&監督は、ハリー・ハーウィッツ(別名ハリー・タンパ)といい、デヴィッド・キャラダイン、クリストファー・リーらが出演したカーアクション映画『爆笑!サファリ3000』(82)など日本では劇場未公開だったB級映画を数本残している。ギャロ監督が観たオリジナル版の『THE COMEBACK TRAIL』は、その後完成はしたものの、限定上映されただけで終わったようだ。豪華キャストでリメイクされた本作を、あの世でハリー・ハーウィッツは喜んでいるに違いない。それとも「俺が撮っていれば、オスカーも狙えたのに」とディスっているのだろうか。

 映画プロデューサーは、限りなく詐欺師に近い職業だ。映画プロデューサーは自分の脳内で思い描いた夢を、スタッフやキャスト、そして出資者たちに熱く語る。個人が抱く妄想を、手八丁口八丁で共同幻想にしてしまうのが映画プロデューサーの仕事だ。映画が完成し、劇場公開されれば問題ないが、途中で頓挫すれば、映画プロデューサーはただの「詐欺師」となってしまう。劇場公開までたどり着いても製作費を回収できないと、やはり責められることになる。借金を返済するために、さらに無謀な企画を立て、借金地獄に陥ってしまいがちな非常に因果な職業である。

 実際に映画製作を騙った詐欺事件や映画ファンドを喰い物にした悪質な事件も起きている。『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)で有名なジェゼッぺ・トルナトーレ監督の『明日を夢見て』(95)は、映画俳優のスカウトマンを名乗る男が田舎で暮らす村人たちをカメラの前に立たせ、彼らからオーディション費を巻き上げる詐欺事件の物語だった。映画は、映画製作に関わった人も、その映画を観た人たちの人生までも変えてしまう罪作りなメディアである。生き血の代わりに、夢と才能を吸い取ってしまうヴァンパイヤのようなモンスターだ。でも、その罪深さ、業の深さゆえに、映画は人々の心を捉えて離さない。

 大勢のスタッフやキャストが驚くほどの情熱と時間を捧げた映画は、その内容がバカバカしく、くだらないほど映画マニアの心はときめく。バカバカしい映画を、くだらない映画を、もっともっと観たい。我々市民がB級映画やC級映画を楽しむ喜びを、自治体の首長たちが一方的に奪う権利は認められていない。映画館に営業自粛を強いる不条理な要請は、即座に撤回してほしい。

(文=長野辰次)

『カムバック・トゥ・ハリウッド!!』

監督・脚本/ジョージ・ギャロ 共同脚本/ジョシュ・ポスナー

出演/ロバート・デニーロ、トミー・リー・ジョーンズ、モーガン・フリーマン、ザック・ブラフ、エミール・ハーシュ、ケイト・カッツマン

配給/アルバトロス・フィルム 6月4日(金)より全国ロードショー

(c)2020 The Comeback Trail,LLC All rights Reserved

https://comeback-hollywood.com

2021/5/29 14:00

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