日本の「コロナ対策」が世界より大きく遅れている根本的理由<評論家・佐高信氏>

◆これは「菅禍」だ

―― 菅政権の新型コロナウイルス対策は完全に破綻しています。他の国ではワクチン接種がどんどん進んでいるのに、日本は大きく出遅れています。この原因はどこにあると思いますか。

佐高信氏(以下、佐高) それは菅が国民のことを何も考えていないからです。菅は「国民の命を守る」などと言っていたけど、嘘っぱちですよ。

 それが端的にあらわれているのが、菅がいち早くワクチンを打ったことです。国民のワクチン接種は進んでおらず、毎日多くの人たちがコロナによって命を落としているのに、自分が真っ先にワクチンを打つなんて一体どういうつもりなのか。

 アメリカで日米首脳会談が開催されるので、訪米するためにワクチンを打つ必要があったと言うかもしれないけど、自ら危険を冒さない人間の言うことなんて誰も信用しませんよ。あれでよく総理大臣が務まりますね。私は腹が立って仕方ありません。

 また、菅内閣の中で誰がコロナ対策の責任者なのかわからないことも問題です。もちろん最終的には総理大臣の菅に全ての責任がありますが、厚労大臣の田村憲久もいればワクチン担当大臣の河野太郎もいるといった具合で、コロナ対策に関わる大臣が多すぎます。

 菅が河野をワクチン担当大臣に起用したのは、政権のイメージアップを図るためだと言われていますよね。菅に人気がないから、国民の間で人気の高い河野を大臣に持ってきたというわけです。しかし、河野がスタンドプレーを繰り返しているから、足並みが乱れ、余計な混乱を招いている。もっと真面目にやってくれと言いたい。

 最大の問題は、菅に「公」という考え方がないことです。菅はいまだに公邸に住んでいないでしょう。公邸だと誰と会っているかメディアにバレるから、公邸に住むのを嫌がっているという話があるけども、それだけじゃないと思う。菅は本質的に公というものが嫌いなんですよ。この問題はもっと徹底的に批判すべきです。総理大臣が公邸に住むのは、何か緊急事態が起こったときにすぐに対応できるようにするためですよね。好きとか嫌いとか、住みやすいとか住みにくいとかいう話ではない。そもそも公邸の維持費は税金ですからね。だから森喜朗ですら公邸に住んでいたわけです。

 菅が公というものを嫌っているのは、菅が新自由主義者で、民営化を推し進めてきたことともつながっています。民営化とは正確に言えば「私営化」で、公を潰すということです。郵政民営化にしてもそうですし、国鉄分割民営化にしてもそうです。

 しかし、コロナに対応するためには、病院や看護学校といった公こそが重要になります。だから、民営化を妄信する人間に、コロナ対策なんて無理なんですよ。大阪が酷い状況になっているのだって、橋下徹や松井一郎、吉村洋文が新自由主義者だからでしょう。政治のリーダーに公の観念がないこと、これが日本のコロナ対策がうまくいかない根本原因です。

 そういう意味では、いまの状況はコロナ禍というより、「菅禍」や「安倍禍」と言ったほうがいい。菅や安倍のような新自由主義者が総理大臣である限り、コロナを抑え込むことは不可能です。

◆中野正剛がかわいそう

―― 菅総理に公という考え方が欠如しているのは、菅氏の長男・菅正剛氏をめぐる一連の総務省接待問題にもあらわれています。この問題はまさに公私混同であり、縁故主義そのものです。

佐高 あれは身内を特別扱いしているということですからね。安倍晋三も安倍昭恵や加計学園の加計孝太郎をはじめ、身内びいきや友達びいきが酷かったけど、菅にもそれに通じるところがある。菅は息子の接待問題を追及されたとき、言うに事欠いて「私とは別人格」などと言っていましたが、そんな言い訳が通用するはずないでしょう。

 聞くところによると、菅正剛という名前は中野正剛にあやかっているそうですね。わざわざ息子の名前にするくらいだから、菅も中野正剛を尊敬しているのでしょう。

 中野正剛とは戦前の政治家で、東條英機を厳しく批判したことで知られています。そのため、東條から目をつけられ、当局に捕まり、最後は自ら命を絶ちました。反東條のシンボル的な存在です。中野はヒトラーかぶれだったけども、誰も責任をとろうとしない中で自ら責任をとった数少ない政治家の一人です。

 これは菅とは全然違うでしょう。菅に尊敬しているなんて言われたら、中野正剛がかわいそうですよ。

 むしろ菅に似合っているのは、中野と敵対した東條のほうです。中野と親しかった緒方竹虎が『人間中野正剛』という本に書いていますが、緒方が葬儀委員長になって中野の葬儀を開こうとしたとき、東條は圧力をかけて葬儀を邪魔したそうです。また、東條は街のゴミ箱を漁り、国民がどういう生活を送っているか監視していたと言われていますよね。こうした陰湿なところも菅とそっくりです。息子の名前も、「正剛」ではなく「英機」にしたほうがよかったのではないか。

 個人的な話になりますが、私は菅政権になってからTBSの「サンデーモーニング」に呼ばれなくなりました。安倍政権時代もオファーは少なかったけど、それでも3、4か月に1回は出演していました。私と大宅映子はサンデーモーニングがスタートしたときからのメンバーですからね。岸井成格より前から出演していたんですよ。ところが、菅政権になってパタッとなくなった。最後に出たのは昨年8月で、菅政権が誕生したのが9月です。忖度が働いているのか、官邸から何か言われたのか。実に陰湿です。

 私はよく、安倍はヤクザで、菅は半グレだと言っているんです。ヤクザはヤクザで問題だけど、半グレはヤクザよりも凶悪凶暴だから、ヤクザが可愛く見えてしまう。安倍と菅の関係も一緒です。菅と比べれば、あれほど愚劣で悪辣だった安倍晋三が可愛く見えてしまう。それほど日本は倒錯した状況になっているんですよ。

◆気概ある官僚はもういない

―― 政治家の能力が低かったとしても、官僚が優秀なら、状況はもう少し違っていたと思います。佐高さんは新著『官僚と国家 菅義偉「暗黒政権」の正体』(平凡社新書)で、古賀茂明氏と対談し、異色の通産官僚と言われ、城山三郎の小説『官僚たちの夏』のモデルになった佐橋滋について論じています。最近の官僚は政治家の顔色をうかがうばかりで、佐橋のような気概を持った官僚は皆無です。

佐高 私は佐橋滋に何度も会ったことがあるのですが、彼は「部下に殉ずる人」と言われていました。日本には安倍や菅のように部下を自分に殉じさせるような上司はたくさんいますが、佐橋はそうではなかった。部下が何か新しいことをやりたいと言うと、それをバックアップし、責任は自分がとるような人でした。

 また、佐橋は三木武夫や佐藤栄作のような大物大臣に対しても、言うべきことをズバッと言う人でした。佐橋はいつも「大臣は行きずりだけれど、自分たちは生き死にの場所にいるんだ」と言っていた。大臣よりも自分たちのほうが国のことを真剣に考えているという自負を持っていた。それくらい真剣に仕事に取り組み、政治家と対峙していた。だから三木通産大臣のもとで佐橋が事務次官を務めていたころ、実態は佐橋大臣、三木次官だとまで言われていたんですよ。 

 それと、佐橋が「政治というのは昔から悪かった」と言っていたことも印象に残っていますね。政治には常に汚職や利権、様々な権力悪がつきまとっています。だからこそ佐橋は官僚がしっかりしなければならないと考えていたわけです。

 もう一つ佐橋の特徴をあげると、非武装平和主義者だったことです。佐橋は二等兵として軍隊経験があったのですが、黙っていても文句を言っているような顔だったので、ものすごくぶん殴られたそうです。それで彼は徹底した非武装平和論者になった。佐橋は政財界人から評判が良かったけども、この点は不評でしたね。だけど、彼は最後まで非戦への意志を貫きました。

 佐橋と対照的だったのが、佐橋と同じく通産事務次官を務めた今井善衛です。安倍晋三の総理秘書官兼補佐官だった今井尚哉の叔父ですね。私は今井善衛にもインタビューを申し込み、佐橋をモデルにした『官僚たちの夏』について話を聞こうとしたのですが、『官僚たちの夏』の取材には応じないと断られました。

 今井善衛は佐橋とライバル関係にあり、佐橋が次官になることが決まっていたのに、佐橋を押しのけて先に次官になりました。佐橋は政治家にも毅然として対応していたけど、今井は政治家に取り入るのがうまかったんでしょうね。佐橋は出世には何の興味もない人でしたが、今井はそうではなかった。こう言っちゃ悪いけど、佐橋と今井では人間の質が違うんですよ。

 同じことは今井尚哉にも言えます。元経産官僚の古賀茂明が言うには、今井は一時期、政治家になろうとしていたらしい。古賀は渡辺喜美から聞いたそうなんですが、あるとき今井が渡辺の事務所にやってきて、「いろいろ勉強させてくれ」とお願いしてきたのだそうです。それで渡辺は今井が政治家への転身を考えていると直感したという。

 だけど、今井は安倍の秘書官になって、安倍が何でも自分の言うことを聞くことがわかったから、自ら政治家になるよりも安倍についていくことにしたのでしょう。ただの陣笠議員より総理秘書官のほうがよっぽど権力をふるえますからね。これが古賀の見立てです。安倍政権が長期化する中で、こういう官僚が力を持つようになってしまったのです。

◆官僚が反旗を翻す日

―― 安倍総理は杉田和博官房副長官や北村滋内閣情報官(現・国家安全保障局長)などの警察官僚を重用し、官邸に権力を集中させることで、「安倍一強」と呼ばれるほど強大な権力を握りました。菅政権は安倍政権をそのまま継承し、杉田氏や北村氏も官邸に残っているため、安倍政権と同じく強大な権力を握っているはずです。その権力を持ってすれば、ワクチンくらい一気に国民全員に接種できそうなものですが、そうはなっていません。これはなぜだと思いますか。

佐高 杉田や北村がいるのにワクチン接種が進まないのはおかしいという話ではなく、杉田や北村がいるからワクチン接種が進まないんですよ。警察の人間観は基本的に「人を見たら泥棒と思え」というものです。人間は放っておくと悪さをするから、早めに取り締まらなければならない。これが彼らの基本姿勢です。

 そんな人たちが国民のことを思ってワクチン政策を進めると思いますか。ありえませんよ。極端なことを言えば、政府の方針に従わない国民にはワクチン打たないぞという話になる。「佐高は政権批判ばかりやっているから、あいつは後回しだ」というふうになる。

 それから、杉田や北村は人を信じる体質じゃないでしょう。だから、部下たちがどういう仕事をしているか、いちいち報告させたり、こっそり監視していると思う。そんなことをされて気持ちいい人はいないでしょう。

 自分に置き換えて考えてみてください。一生懸命仕事をしているのに、毎日のように上司から「今日は誰と会ったのか」とか「どこで何をしていたのか」と問いただされたら、やる気がなくなるでしょう。杉田や北村が官邸を仕切っているから、役所の士気が上がらないという面もあると思いますよ。

―― どうすれば現状を打開できますか。

佐高 佐橋のように政治家と戦う官僚が出てくることを待つしかないと思います。いまの官僚には期待できないと思うかもしれませんが、いつの時代にも佐橋のようなタイプの官僚は、少数ながらもいるんですよ。

 たとえば、『時代を撃つノンフィクション100』(岩波新書)の中で取り上げましたが、森喜朗が総理のころ、『噂の眞相』が森が学生時代に売春で逮捕されていたと報じましたよね。あれは勇気ある警察官僚がいて、そこに『噂の眞相』が食い込んでいった結果、大変なスクープにつながったのだと思います。

 最近でも、文科省には安倍政権を厳しく批判していた前川喜平がいましたし、経産省には古賀茂明がいました。いまだって志を持った官僚はいるはずです。

 彼らが菅政権に反旗を翻すには、世論の後押しが重要になります。佐橋も業界団体のリーダーと公開討論会を開き、官民協調を探るなど、常に世論を意識していました。

 この間、官僚たちは安倍政権や菅政権のもとで乱暴に扱われてきたから、不満がたまっているはずです。世論が官僚の側に立てば、森喜朗のときのように、菅内閣のスキャンダルが3つ、4つ出たっておかしくないですよ。そうすれば、菅政権は一気に瓦解するでしょう。

(4月30日 聞き手・構成 中村友哉)

記事初出/月刊日本2021年6月号より

【月刊日本】

げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

2021/5/27 8:45

こちらも注目

新着記事

人気画像ランキング

※記事の無断転載を禁じます