「大概はハッピーエンドにならないとわかってる」それでも女が、付き合ってもない男の部屋に行ったワケ
恋は焦りすぎると、上手くいかないもの。
だから、じっくり時間をかけて相手を知っていくべきなのだ。
結婚に焦り様々な出会いと別れを繰り返す、丸の内OL・萌。
“カルボナーラ”をきっかけに失恋した女は、恋も料理の腕前も上達していく…?
◆これまでのあらすじ
元カレ・雅紀に「料理の腕は全然上がらないし、そもそも『趣味が料理』って嘘つく女が無理」といって振られた萌。悔しさから料理教室へと通いだし、謎の独身男性・朝日と出会うのだった。
▶前回:元カレから“辛辣な理由”で振られてしまい…。心を病んだ女が、行きついた先とは?
「ひとりごとだと思って、聞いてもらってもいいですか…?」
そう言って料理教室で、出会ったばかりの朝日に相談したこと。それは会社の先輩である、松田聡との出来事だった。
他部署の彼とは、ここ2ヶ月ほど打ち合わせでよく顔を合わせるようになり、急速に距離が縮まっていた。
さらに元カレの雅紀と上手くいかなくなり始めたこともあり、話を聞いてもらったり、励ましてもらったりしていたのだ。
「別に、料理なんかできなくたって大丈夫だよ」
「女性の価値は、料理が上手いかどうかじゃ決まらないよ?」
雅紀に振られたせいで、萌の自己肯定感はどん底にまで落ちていた。だから「君は、君のままでいい」と言ってくれた松田に、身も心も許してしまったのである。
― 私、松田さんのこと好きかも。
それなのに、なし崩し的に一線を越えてしまい、どうすれば良いかと悩んでいたのだった。
萌はカルボナーラを食べる手を止め、小さな声でつぶやくように尋ねる。
「…実はいま、気になる人がいるんです。できたら彼と付き合いたいんですけど、その人も同じ気持ちでいてくれるかはわからないから、ちょっと不安なんですよね」
唐突な恋愛相談にも関わらず、朝日は真剣な顔で悩んでいる。そしてしばらく黙り込んだかと思うと、ゆっくり口を開き、こう言ったのだ。
考え込むような表情を見せた朝日が、その後言ったこととは…?
「もっと、時間をかけてもいいんじゃない?いまここで作ったカルボナーラみたいにさ。恋愛も弱火で、じっくり少しずつ進めるものだと僕は思うよ」
朝日は優しい目でこちらを見つめながら、続ける。
「不安なのは、その彼のことをあんまり知らないからだよ。だから相手を知るところから、始めてみたらいいんじゃないかな。焦ったっていいことないよ」
「たしかに…。私、ちょっと焦ってました。まずは相手のことを知らなきゃですよね」
「そうだよ。頑張ってね!」
ハハハと笑う朝日を見て、萌はなんだか肩の力が抜けたように感じた。
◆
それから数日後の、ある土曜日。起床した萌はベッドの中でスマホを開く。するとタイミング良く、松田からLINEが届いた。
『今日、うちに遊びに来ない?』
突然の誘い。しかも、彼の家に来て欲しいという。迷っていると、さらにメッセージが送られてくる。
『この前、得意先の人からいいワインもらったんだ。萌ちゃんワイン好きだったよね?一緒に飲もうよ』
― どうしよう。
もしここで断ってしまったら、もう彼からは食事に誘ってもらえないかもしれない。
でも家に行ってしまったら、軽い女に見られてしまうのではないか。そんな考えとともに「焦ったっていいことない」とアドバイスしてくれた、朝日の姿が脳裏をよぎる。
…しかし、彼に会いたいという想いは止められなかった。
『そのお酒、すごく気になります!松田さんの家、お邪魔してもいいですか?』
「お、お邪魔します…」
萌は恐る恐る、松田の家に足を踏み入れる。
1LDKで50平米くらいあるだろうか。家具は最低限しかなく、よく整理整頓された部屋の中は、シトラスのいい香りがした。
リビングのソファに座ると、彼がワインボトルとグラスを持ってくる。
「これなんだけど知ってる?ルロワのブルゴーニュ・ルージュっていうワインなんだってさ」
「へえ、そうなんですね。ブルゴーニュは聞いたことありますけど…」
「そっか。よし、さっそく飲んでみよう!あ。悪いんだけど、俺包丁使うの苦手だからさ、チーズ切ってもらってもいい?」
その言葉に萌は、キッチンへと向かう。そこには調味料もほとんどなく、冷蔵庫の中にはチーズの他に缶ビールや水が数本入っているだけだった。
「それにしても冷蔵庫の中、すっからかんなんですね…」
「だって料理しないからね。床とかコンロ周りが汚れるのがイヤだからさ。外食とかテイクアウトで十分じゃない?」
確かにコンロは新品同様で、使われた形跡はない。会社で小耳にはさんだことがある「松田さんはかなり綺麗好きらしい」という噂。それはどうやら、本当のことのようだ。
萌がソファに戻ると、彼はグラスにワインを注いでくれた。そんな松田の手元を注視していると、細くて長い、綺麗な指が目に入る。
思わずそれを、うっとりと見つめていたとき。彼が手を止めて、こんなことを言ったのだ。
うっとりと松田を見つめる萌。そのとき彼が、言ってきたこととは?
「あんまり見られると、ドキドキしちゃうよ」
そう言って、彼がはにかむ。そのままワインボトルをテーブルに置くと、萌の指に手を伸ばしてきた。緊張してかすかに震える指を、温かい松田の手が包みこんでくる。
「えっ。萌ちゃん、手冷たくない?もしかして寒かったかな。ごめん、気づかなくて」
すると彼はすぐに立ち上がり、ブランケットを持ってきてくれた。
「ありがとうございます。松田さんって、優しいですよね」
「別に、誰にでも優しくするってわけじゃないけどね」
「それって、どういう…」
その瞬間。隣に座っている松田の顔が、近づいてくる。萌はそのまま、静かに目を閉じた。
◆
付き合う前に関係を持ってしまうのは、軽率なことだとわかっている。
― でも大人になれば、体の関係から始まる恋愛や、告白しない恋愛だってあるよね。
そう自分に言い聞かせ、深いことを考えるのはやめた。そして彼に身を任せてしまったのだ。
そしてそのまますっかり眠り込んでしまい、目を覚ますともうお昼を過ぎていた。萌は慌ててワンピースを身に着け、荷物をまとめだす。
「萌ちゃん、もう帰るの?まだいてもいいのに」
「いえ、長居してしまうのは悪いので…」
「…そっか。じゃあ気をつけて帰って。またね」
そう言って玄関まで見送ってくれた松田は、萌をギュっと抱き寄せた。
― またね、か。これは期待していいのかなあ。
そんなことを考えながら、浜松町駅前のタワーマンションから出る。せっかく朝日にアドバイスまでもらったのに、それを活かせなかったことを思い出した萌は、ため息をつきながら歩きだした。
帰り際、萌は二人の関係を確認することはしなかった。確かめてしまったら、もう会ってもらえない気がしたからだ。
― 松田さんも、私と同じ気持ちでいてくれてるのかな。
彼のことを考えれば考えるほど、悪い方向にしか考えられなくなっていた。そのせいか、帰宅してからはずっと、インターネットであることを検索してばかりいる。
“交際 告白”
“恋愛 順序”
“男性 脈あり”
そこに答えがないのはわかっている。それでも自分に都合のいい答えばかり探して、つかの間の安心感を得ていたのだった。
◆
週明け、水曜日。会社に行くと廊下でばったり松田と鉢合わせた。あの夜以来、彼とは顔を合わせていなかったので、少しだけ気まずい気持ちになる。
「お、おはようございます…」
「おー、おはよ。この前二日酔い大丈夫だった?俺、翌日はほとんど寝ちゃってたよ」
「え、大丈夫ですか?」
あの夜と変わらない松田の自然な態度に、萌は心底ホッとする。
「うん、もう復活した。また飲もうね!」
「はい!」
すると、その様子を陰で見ていたらしい絵美が、こっそり寄ってきて耳元で囁いた。
「えー、なになに。松田さんと飲みに行ったの?大丈夫だった?」
「えっ、大丈夫ってどういう意味ですか?」
そうして安心したのも束の間。萌は絵美から、驚きの事実を聞かされたのだった…。
▶前回:元カレから“辛辣な理由”で振られてしまい…。心を病んだ女が、行きついた先とは?
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萌が先輩の絵美から聞いてしまった、衝撃の事実とは…?