「友達がいない人は東大に合格できない」と東大生が考える論理的根拠

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―[貧困東大生・布施川天馬]―

 現役東大生の布施川天馬と申します。学生生活の傍ら、ライターとして受験に関する情報発信などをしています。

◆落ちこぼれ集団vs.孤高の天才

 皆さんは日曜劇場『ドラゴン桜』をご覧になっていますか?

 先週の第4話では、数学を専門で教える特別講師が登場するなど、「東大受験勉強が本格スタート!」という回でした。

 劇中に出てきた「100問計算」(簡単な足し算、引き算、掛け算、割り算100問を3分で回答するテスト)を僕もやってみたのですが、やはり受験から離れて久しいからかブランクが激しく、2分30秒で回答することができたものの、5問も間違えてしまいました。

 さて、このドラマで一番面白いのは孤高の秀才である藤井遼くんと、それに負けじと頑張る東大専科チームのデッドヒートです。

 全国模試の上位層に名を連ねるほどの秀才である藤井くんに対して、「落ちこぼれ」の集まりである東大専科チームが挑んでも、普通なら勝負にならない組み合わせでしょう。

 しかし、意外なほどにいい勝負を繰り広げますから、見ている方も大変ハラハラドキドキとさせられます。

◆「友達がいない」ことのデメリット

 いつ東大専科チームは逆転するのかと思って楽しみに視聴していたところ、なんと第3話からいきなりテストで藤井くんを東大専科チームは負かしてしまいました。

 どう考えても秀才の藤井くんが東大専科チームに負けるなど考えることができません。いったいどうして藤井くんは負けてしまったのでしょうか?

 劇中でもさまざまな理由が語られていましたが、僕は「藤井くんに友達がいなかったから」であると考えます。

 性格が悪いと、そして友達がいないと、成績は驚くほどに下がってしまうのです。

◆友達がいないとなぜ成績が下がる?

 どうして友達がいないと成績が下がるのでしょうか。それは「教室内で村八分状態になってしまうから」です。

 学校のクラスの中で円満な人間関係を築けているかいないかによって、どれだけ助け合いシステムに便乗することができるかが決まってきます。

「授業で聞いたけど、ここがわからないまま終わっちゃった」「学校を休んだら、次の回の授業の内容が全然わからなくなってしまった」というような経験はありませんか?

 僕は何度もそのような状況に置かれたことがあります。たった一回の授業を休んだだけで、なぜおいていかれてしまうのでしょうか。

◆授業の内容は緩やかにつながっている

 学校の授業は一コマ一コマで完結しているように見えますが、それぞれの内容は緩くつながっています。そして、後半になればなるほど、前半で教えた内容を理解しているということが前提になってきます。

 たとえば、「文字式」という分野がわかっていなければ、「方程式」を学ぶことはできません。

「文字式の取り扱い方」という前提が欠けていますから、先生から「3x+2=8です。xはなんですか?」と聞かれても、まったく意味がわからなくなってしまうのです。

 もちろん方程式がわからないと「一次関数」や「二次関数」などの関数分野も分かりませんし、関数がわからなければ座標平面も理解できません。

◆理解不足は放置するとより深刻になる

 こうなるとベクトルなど他分野にも被害は及びます。このようにして、「理解不足」の被害はあとになればなるほど広がっていくのです。

 それがたった一回の授業だとしても、その授業で習った内容はわかっているものとして授業は次に進みます。

 ですから、休んだ範囲の自習を自分でやっておくなどしておかないと、たった一度の欠席で一気においていかれてしまうのです。

◆生徒同士の教え合い

 もし友達がいれば、友人たちに「休んだ授業のノート見せて!」であったり、「ここわからないんだけど……」であったりと、助けを求めることができます。

 一見、非効率に見えるこの生徒同士の教え合いは非常に有用です。

 友人間のフランクな関係性で簡単な授業を行うことができるので、教わる側はためらうことなく「なぜ?」と質問することができます。

◆「教える」ことで得られるメリットは多い

 さらに教える側も「教える」という作業を通して自分の理解が甘い部分を確認することができるのです。

 理解の甘い部分や分かっていない部分に関しては、「なぜ?」が答えられないため、四角四面な説明を繰り返すことしかできないため、自然と自分の抜けている点がわかります。

 休んだ人は友人から補填を受けることができ、わざわざ先生に質問をしに行かずとも済みますし、教える方もまた、「教える」という行為を通して、自分の理解度をテストすることができるわけです。

 もしここで「わからないこと」が判明すれば、そのときに先生に聞きに行けばいいのですから、セーフティネットもばっちり完備されています。

◆「友達がいない」=「孤立無援」

 一方で、友達がいなかった場合、友人にヘルプを求めることができません。そうなると、自分で該当範囲の自習を済ませるしかありません。

 とはいえ、教科書を読むだけで理解できるような秀才ならともかく、だいたいの人は教科書を読んでも何を言っているのかちんぷんかんぷんで終わるでしょう。

 僕自身、教科書で自習しようとして歯が立たずに諦めた過去があります。

◆テスト本番にも深刻な影響

「友達がいない」という弱点はテスト本番にも影響します。

 特に東大入試のような自由度の高い試験を受験する場合、コミュニケーション能力の多寡が大きく影響しうるのです。

 普段から友人との交流が少ないと、多様な意見を取り入れることが難しくなり、視野が狭くなる可能性があります。

 さまざまな視点から解答を作ることが求められる東大入試にて、これは致命的なのです。

◆「相手の気持ちになること」の重要性

『ドラゴン桜』の作中でも、秀才の藤井くんは一人で勉強していました。先生が何かを教えようとしても、その先生の学歴をバカにしてまともに取り合わず、すべて一人で済ませようとする態度が印象的でした。

 しかし、結局、彼は東大専科のメンバーにテストの点数で敗れてしまったのです。この原因こそが「友達がいたかどうか」。

 ドラマでは「相手の気持ちにたっていたかどうか」ということが語られていましたが、まさにその通りであると僕は思いました。

 藤井くんの解答は作問者や採点者が理解、納得できるロジックではなく、すべて「自分がわかるから、相手の理解はどうでもいい」という姿勢の元に作られていたからです。

◆入試ではコミュニケーション能力が問われる

 僕自身、テストに答えるときには採点者が見やすいように、わかりやすいようにとを常に心がけながら、なるべく明瞭かつ簡潔な答えを書くようにしていました。

 この意識があったからこそ、僕は東大に受かることができたのだと今では強く思います。

 テストはただの処理能力を聞いているだけの血の通わない存在ではありません。すべて作問者がいて、採点者がいて、そして解答者として自分がいて、初めて成り立つものです。

 どんなテストも、作問者からの解答者へのメッセージだといえます。だからこそ、テストにはコミュニケーション能力も必要なのです。

◆日常会話も思考法のトレーニングになる

「この人はこの問題にどうやって答えてほしいのだろう」「なぜこんな誘導をつけたのか、どうやって利用してほしいのだろう」と徹底的に相手視点に立って考えることが成績アップの秘訣だと僕は考えています。

 友人との日常会話は「相手はどう答えてほしいのだろう」という思考方法を学ぶための絶好の機会でもあります。

 勉強一辺倒だけだと息が詰まってしまいますから、ぜひ日常からリラックスしつつ思考方法を鍛えてみるのがオススメです。

―[貧困東大生・布施川天馬]―

【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』が発売中(Twitterアカウント:@Temma_Fusegawa)

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