地獄でこそ輝くデスマッチファイター・葛西純。満身創痍のプロレスラーが闘う理由『狂猿』

 葛西純にはパンクロッカーのような、かっこよさがある。職業はプロレスラー、年齢は46歳。インディーズ団体「FREEDOMS」に所属し、デスマッチファイターとして知られている。全身がキズだらけ、それでも血を流しながらリングで戦い続ける姿で、ファンを陶酔させている。ドキュメンタリー映画『狂猿』は、デスマッチ界のカリスマとなった葛西純が怪我、年齢、モチベーションの低下、コロナ禍などのさまざまな逆風が吹きつける中で、リングで再生を遂げる物語となっている。

 1974年北海道帯広市で生まれた葛西純は、身長173.5cmとプロレスラーとしてはかなり小柄だ。高校卒業後は東京の警備会社に就職するも、子供の頃からの憧れだったプロレスラーになる夢を諦めることができず、「大日本プロレス」に入門を直訴。1998年にデビュー戦を果たし、以降は第一線での活躍を続けている。

 葛西純が人気レスラーであり続けているのには、理由がある。セルフプロデュース能力に優れており、即興でのマイクパフォーマンスもうまい。そして何よりも、デスマッチにおける凶器アイテムの使い方に、とてもセンスを感じさせるということだ。

 蛍光灯、有刺鉄線、ガラス板、画鋲、剃刀、竹串、椅子、脚立……。ありふれた日用品が、葛西選手が手にすると、キラキラと輝く魔法のアイテムへと変身する。蛍光灯で頭を叩かれ、剃刀で額を切られた対戦レスラーは当然のように血を流すが、同時に流血レスラーとしての輝きを放ち始める。リング上に再現された地獄絵図を、葛西選手は闘いながら楽しげにプロデュースしてみせる。

 くすぶっていた中堅レスラーや飛躍のチャンスをつかめずにいた若手レスラーが、葛西選手とのデスマッチを経験することで、ブレイクしてきた。もちろん、葛西選手自身も流血を重ね、体全体がリストカッター状態となっている。レスラーたちが潜在能力を発揮し、生命力を爆発させる場所、それが葛西選手が仕掛けるデスマッチのリングなのだ。

 生ぬるい日常を生きる自分らにとって、葛西選手は憧れのパンクロッカーのようであり、またリング上で血を流す殉教者のようにも感じられる。

 プロレスラーとして売り出すために、葛西選手はかなり無茶な試合をやってきた。「大日本プロレス」時代の2000年8月、「ミスター・デンジャー」と呼ばれた松永光弘選手(現在はステーキハウス経営者)とタッグを組み、秋葉原の野外特設リングで米国から襲来してきたCZW軍団を相手にファイヤーデスマッチを行なった。リング全体がまる焦げになった、とんでもなくクレイジーな試合だった。

 怪我と給料の遅延が原因で「大日本プロレス」を退団した後、「ZERO-ONE」での橋本真也選手の付き人を経て、「アパッチプロレス」(現『FREEDOMS』)へ。2009年11月、「大日本プロレス」で共に新人時代を過ごした伊東竜二との後楽園ホールでのシングル対決では、2階バルコニー席からのダイブを決行。メジャー団体の人気カードを押し除け、その年のプロレス大賞ベストバウトに選ばれた。デスマッチがプロレスファンに広く認められた歴史的な一戦となった。

 過激なデスマッチを重ねる葛西選手は、素晴らしい名言も残している。「怪我はするけど、大会を欠場するような大怪我はしちゃだめ」「生きて帰るまでがデスマッチ」。客席のファンたちからは「キチガイ」コールが連呼されるものの、常識人としてのきっちりした一面を持っていることが分かる。

 ロックバンド「ザ・コレクターズ」のデビューから32年間の軌跡を振り返った『THE COLLECTORS さらば青春の新宿JAM』(18)などの音楽ドキュメンタリーを撮ってきた川口潤監督が、葛西選手をカメラで追い始めたのは2019年の暮れから。葛西選手は長年の闘いの後遺症から首と腰のヘルニアが悪化。長期欠場を告げるところから、ドキュメンタリーは始まる。

 試合に出なければ、収入は激減する。結婚している葛西選手には育ち盛りの子どもが2人いる。フツーなら、奥さんが「年齢も年齢だし、転職すれば」とシビアに言うところだが、大のプロレスファンである妻・三知代さんは、葛西選手が納得できるまで現役を続けることを認めている。横浜市郊外の団地で不自由なく暮らしているものの、葛西選手は一家の主人として、一軒家かマンションを購入したいと考えている。それまではプロレスを辞められない。子どもと一緒に、近くの公園で過ごす葛西選手。温かい家庭が、デスマッチファイターの心の支えとなっている。ミッキー・ローク主演映画『レスラー』(08)とは、真逆の世界が広がる。

 葛西選手はファッションセンスもよく、イラストを描くのも得意だ。ファンが何を求めているのかニーズをキャッチする能力があり、ネットショップ「クレイジーファクトリー」を開き、独自ブランドのTシャツなどを通販している。映画の中でも、葛西選手が奥さんと一緒に商品の発送をしている姿が映る。以前はラブホテルの清掃バイトをしていたそうだが、今はネットショップの売り上げがあるので、一家4人が食べる心配はせずに済むようだ。サイドビジネスがうまく行っているのも、デスマッチを続けられる要因のひとつだろう。

 葛西選手と交流のあるレスラーたちの談話も盛り込まれており、後輩レスラーの竹田誠志選手はコスチュームの手配から、その費用まで世話になったという。それでも、葛西選手は先輩風を吹かすことはしない。レスラー仲間からの、葛西選手への信頼は厚い。ただの怖いもの知らずのトンパチなら一瞬だけトップに立てても、長きにわたって第一線で活躍し続けることはできない。40歳すぎてなお過激、葛西選手はコク深く、まろやかさのあるパンクス野郎だ。

 欠場中はモチベーションが下がりまくり、「デスマッチED」状態となっていた葛西選手だったが、コロナ禍が吹き荒れる中、所属団体「FREEDOMS」が赤字覚悟で興行を再開することを決める。2020年6月、新木場1st RINGの客席を半分に減らしての復帰戦。「本当は満席の後楽園ホールでやりたかった」と語る葛西選手だが、客席からマスク越しの「葛西」コールを浴びると、表情が輝き始める。ホームセンターへ向かい、新しい凶器アイテム開発の意欲も湧いてくる。

 葛西選手のメイクは、右目のマツゲは映画『時計じかけのオレンジ』(71)の主人公アレックス、左目のカラコンはゾンビ映画をイメージしたものだ。ウルトラバイオレンスとゾンビのような不死身の生命力を、その両目に宿している。

 彼が闘っている相手は、他団体からも襲来する巨漢レスラーや活きのいい若手レスラーたちだけではない。コロナ禍のために大きな声援を送ることができずにいるファンたちの萎縮した心情や、46歳の誕生日を迎えた葛西選手自身に迫る年齢の波ともガチンコで向き合っている。

「お客さんにコロナのことを忘れさせられないのは俺っちの負け」

「まだ若手には抜かれたという気はしない」

「(46歳になったのは)レベル46になったと思えばいい。葛西選手は死ぬ直前に全盛期を迎える」

 おっさん世代にとって、実に頼もしいコメントの数々が葛西選手の口からこぼれ出る。

 デスマッチのリングは当然ながら痛いし、大怪我をしかねない恐怖が待っている。でもそういったネガティブ要素以上に、葛西選手はデスマッチのリングから「生きる実感」を得ているという。地獄でこそ輝くパンクロッカー。葛西純にはそんな血まみれな華やかさがある。

『狂猿』

監督・編集/川口潤

出演/葛西純、佐々木貴、藤田ミノル、本間朋晃、伊東竜二、ダニー・ハボック、竹田誠志、杉浦透、佐久田俊行、登坂栄児、松永光弘

配給/スペースシャワーフィルムズ PG12 5月28日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開

c)2021 Jun Kasai Movie Project 

https://kyoen-movie.com

2021/5/22 16:00

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