日立製作所の「米企業1兆円買収」は高すぎる買い物? 老舗企業の選択とは

―[あの企業の意外なミライ]―

 この10年、SHARPや東芝などかつて日本を代表するものづくりメーカーだった日本企業が一部事業を売却、アジアの大手企業に買収される事例を数多く見てきました。かつて盛んに叫ばれた「ものづくり大国日本」の姿はそこにはなく、暗澹たる日本経済の未来を憂う声も少なくありません。

 そんな中、キラリと輝く一番星のような例外も存在します。

 5月12日、トヨタ自動車は2021年3月期決算を発表し、純利益が2.2兆円と大変好調であることが報じられました。このようなニュースを耳にすると、好調なトヨタ、不調なそれ以外ーー。そんなイメージを浮かべてしまいますが、今、ある老舗日本企業がトヨタ同様に絶好調なのをご存知でしょうか。

 それが、日立製作所です。(日立?『世界ふしぎ発見』しか思い浮かばないけど、そんなに目立ったヒット商品あったっけ?)

 今回の記事は、真っ先にそう思った方にぜひ読んでいただきたいのです。先日、約1兆円でアメリカの大手IT企業を買収し、もう一度“Inspire the next”する日立の奇跡を3分でご紹介します。

 キーワードは、「ルマーダ」。ドラゴンクエストに出てくる酒場のようなこの名前が日立絶好調のキーワードです。

◆1兆円企業を買収。大胆な決断の背景

 ここ数年の日立製作所は、「選択と集中」を進めてきたことで企業価値を高めてきました。

 日立といえば、産業機器や鉄道、家電など日本を代表する大手メーカーというイメージを抱かれるかもしれませんが、近年は単純なものづくり、もの売りから脱し、モノとインターネットをつなぐIoT分野に代表されるデジタル企業になろうとしています。

 その象徴的なアクションが、3月31日の同社過去最大級となる1兆円超の米国グローバルロジック社の巨額買収だったのです。

 時を戻しましょう。

 2018年3月の日経新聞において、日立製作所が子会社数を900社から500社程度に絞り込むという報道が出ました。連結子会社であるカーナビ製造のクラリオン、日立化成を昭和電工に、自社の画像診断事業を富士フィルムに売却するなど、自社の得意事業分野を絞り込み、経営資源を集中させていったのです。

 その一方で、日立は電気業界で過去最大級といわれるグローバルロジック社の1兆円規模の買収を行ったのです。

 グローバルロジック社は2000年に創業の企業向けのソフトウェア開発会社。2021年度の売上高見通しはおよそ1300億円という巨大企業です。なぜ日立はこの会社に目をつけたのでしょうか。

◆海外展開が弱かった日立。米国大手企業と思惑が一致

 日立は長年、海外におけるデジタル化のソリューション事業に大きな課題を抱えていました。海外進出が弱かったのです。

 買収先のグローバルロジック社は、世界的に顧客を持つ大手企業でした。

 自社の顧客として、米国のマクドナルド、ロイター、半導体のクアルコム、通信会社スプリント、スウェーデンの自動車メーカーボルボなど名だたる大手企業が揃います。その顧客数、全世界で400社以上。

 さらに、強大なソフトウェア開発場を持っており、2万人の技術者を抱えていました。日立はここに目をつけたのです。

 グローバルロジックの「400社以上の顧客リスト」と「デジタル人材」。これに日立は1兆円払う価値があると判断したのです。では日立の買収は上手くいくでしょうか。それを読み解く鍵が、「ルマーダ(Lumada)」です。

◆日立のルマーダは何がすごいのか

 ルマーダとは、“Illuminate(照らす・解明する・輝かせる)“と“Data(データ)“を組み合わせた造語で、デジタル技術を使ったソリューション、サービス、テクノロジーの総称です。

 日立はこのルマーダ事業だけで、20年度の見通しで1.1兆円の売上高予想の事業であり、21年度には、売上高で1兆6000億円を目指しています。

 IoTサービスを提供する基盤であるルマーダでは、設備の故障を予兆したり、在庫の適正化などをすることで、業務効率化のサービスを展開しています。

 ルマーダを導入している代表的な事例が「工場の効率化」です。

 データを用いて、生産計画と実際の生産状況をグラフで表すことで、もともと計画から今、何分生産現場が遅れているかを一目でわかるようになっています。つまり、ルマーダは「ものづくり」と「デジタル技術」の融合をすることで、生産現場の可視化を行っているのです。

◆IT化に躊躇する老舗企業の中で

 また、伝統的な日本企業の中にはIT化の導入に心理的な壁が存在するケースが少なくありません。

 この心理的な壁を乗り越えた代表的な事例が、日立と西武鉄道が協同で進めた「車椅子ご利用のお客さまご案内業務支援システム(GSシステム)」です。

 当時の西武鉄道はICTの利活用において、何から取り組むべきか、結論が見出せない状態にありました。

 そこで、ルマーダは、協創ワークショップを開催し、各メンバーのアイデアや漠然とした想いを一つひとつ明文化し、将来像などを共有しながら、バリアフリー対応の新たなサービスモデルを抽出しました。

 その他、ルマーダによるコンサルティング事業もあります。

 日立の研究所に在籍しているルマーダのスペシャリストがクライアント企業にコンサルティングを行うのです。

 まず、ルマーダのコンサルタントは現在顧客の企業がどんな問題を抱えているのかをデータから分析します。そして企業ごとに最適な解決策を提案するのです。

 ルマーダの導入実績は既に1000件を超えており、日立にとって収益の柱の一つになっています。

 しかし、ルマーダにも問題があります。現在、ルマーダの海外比率は3割に過ぎないのです。今後、日立はグローバルロジック買収を梃子に、海外比率5割を目指して一気に世界展開していく成長戦略を描いています。

◆“イメチェン”真っ最中の日立が気をつけるべきこと

 こうしたルマーダに代表される製造業のAI化については、ドイツのシーメンス社など欧米企業が先行しており、日本勢は完全に出遅れています。その中で唯一日立だけが、本格的な取り組みを行っており、日本メーカーの中ではかなり先行している状況です。

 日立は、今回のグローバルロジック社のように、すでに実績のある企業を買収し、自社のプラットフォームに取り込む選択を行いましたが、買収価格については高すぎるとの声もあります。日本企業の中には、大型買収を決めたものの、買収後うまく経営ができずに目的が果たせなかった事例も多く存在しています。

 日立はソフトウェアに関して歴史と実績があることを考えれば、グローバルロジックのマネジメントを行い、既存事業とのシナジー効果を生み出すことができるのではないかと私、馬渕磨理子は考えています。

 日立の事業ポートフォリオの組み替えは、現在最終コーナーに差し掛かっており、没落する日本のメーカーの中でもう一度“Inspire the next”してくれると信じています。

<文/馬渕磨理子>

―[あの企業の意外なミライ]―

【馬渕磨理子】

経済アナリスト/認定テクニカルアナリスト、(株)フィスコ企業リサーチレポーター。日本株の個別銘柄を各メディアで執筆。また、ベンチャー企業の(株)日本クラウドキャピタルでマーケティングを行う。Twitter@marikomabuchi

2021/5/17 8:52

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