文明を知らずに育った野生児たちの衝撃映像!“犯罪多発国”が生み出した都市伝説『野良人間』

 文明社会とまったく関わることなく育った人間は、どのように成長するのだろうか。猛獣同然の凶暴な野生児になるのか、それとも汚れのない純真な心を持っているのか。興味は尽きない。米国の辛口映画批評サイト「ロッテントマト」でまさかの100%を記録したメキシコ映画『野良人間 獣に育てられた子どもたち』(原題『FERAL』)は、そんな野生児たちを題材にした衝撃的な作品となっている。

 文明に触れることなく成長した野生児の伝説は、世界各地に残されている。これまでにもヌーベルヴァーグの巨匠フランソワ・トリュフォー監督が『野性の少年』(1969)を、ドイツの鬼才ヴェルナー・ヘルツォーク監督が『カスパー・ハウザーの謎』(74)を撮り上げ、実話をベースにした両作はどちらも名作として知られている。

 “メキシコに伝わる禁断の実話を調査し、ドキュメンタリータッチで描いた”とホームページで紹介されている『野良人間』は、いわゆる「ファウンド・フッテージ」と呼ばれるスタイルの作品だ。『食人族』(83)や『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)のように、封印されていた映像が発見され、その映像には驚くべき記録が残されていた……という形で物語は進む。

 事件が起きたのは、1987年メキシコ南西部にあるオアハカ。ディズニーアニメ『リメンバー・ミー』(18)で有名になった「死者の日」パレードやホラー映画『ラ・ヨローナ 泣く女』(19)の題材になった「ヨローナ伝説」などが残る歴史のある街だ。

 人里離れた山岳地帯の民家で火事があり、家屋は全焼。火事現場からは大人の男性と3人の子どもの焼死体が見つかった。男性の身元は分かったものの、3人の子どもの名前などはまったくの不明。現場に残されていたビデオテープを30数年ぶりに再生してみると、驚くべき事実が発覚する。3人の子どもは、文明を知らずに育った「野良人間」だったのだ。

 火事で亡くなった男性の身元を調べていくと、元修道士の中年男性フアンだと判明。生前の彼と交流のあった人たちを追っていくと、さらに意外な真相が浮かび上がる。火事は単純な事故ではなかったらしい。

 亡くなったフアンは、厳格な母親に育てられた熱心なキリスト教徒だった。実家を離れて修道士となったフアンだったが、教会内で起きたトラブルに巻き込まれる。「無神論者の精神分析を受けることで、信仰は清められ、さらに強いものになる」という考えが改革派に広まり、これに反対する保守派と激しい論争となり、フアンは教会から追放されていた。以来、彼は人里離れた一軒家で、こっそりと隠れるように暮らしていたという。

 孤独な生活を送っていたフアンは、やがて情熱のすべてを注ぐべき対象と出逢う。森の中で裸で暮らしていた男の子を見つけたのだ。男の子は泥まみれで、爪は伸び、捕まえようとすると噛み付いてきた。苦労して男の子を捕獲したフアンは、水と食べ物で手なずけようとする。四つ足で庭を駆け回る男の子に二足歩行を覚えさせ、言葉や文字を繰り返し教えるフアンの姿がビデオに映し出される。

 衝撃映像はさらに続く。しばらくするとフアンは山岳の洞窟から、別の男の子と女の子を見つけて連れ帰ってきた。この2人の子どもは洞窟の中に長い間幽閉されており、おとなしい性格で暗い場所を好んだ。どうやら、この子たちは誘拐犯に連れ去られ、何らかの事情で置き去りにされていたと思われる。この子たちも言葉を話すことができなかった。

 フアンは3人の子どもたちを「神の子ども」と呼び、独自の洗礼としつけで育て上げようとする。フアンの家に通う先住民の家政婦には口止めし、子どもたちの存在は街には知らされなかった。ここから次第に、フアンの異常な性格が露呈していくことになる。一方、街でもフアンと子どもたちとの関係性が問題視され始める。

 トリュフォー監督が出演も兼ねた『野性の少年』の野生児は、イノセントさの象徴として描かれた。12歳前後と思われる野性の少年の身元引き受け人となった博士(フランソワ・トリュフォー)は、野性の少年をビクトールと名付け、言葉や文字を強制的に教え込む。ビクトールが言葉や文字を覚えていく姿を博士は喜ぶが、同時にビクトールからはキラキラとしたプリミティブな魅力は消えていくことになる。

 私生児として生まれ、施設で育ったブルーノ・Sが主演した『カスパー・ハウザーの謎』のカスパーは、生後すぐから16~17歳まで地下牢で育てられ、鋭い感性と一般人とは異なる思考や論理方法を持っていた。教会から訪ねてきた牧師たちに「地下牢にいた間、神のような崇高な存在を感じたことがあるか?」と問われたカスパーは、質問の意味を理解することができなかった。暗い地下牢で育ったカスパーは、神という概念を持ち合わせてはいなかった。その後、カスパーは彼の存在を嫌う何者かによって暗殺される。ナポレオンの隠し子だったとも噂された。死後、医学解剖されたカスパーは小脳が非常に発達し、左脳が萎縮していたことが分かっている。

 我々現代人はどうやら社会という名の鋳型の中に流し込まれることで、常識的な人間へと育っていくようだ。見るもの、聞くもの、食べるもの、触るもの、どれも現代社会向けにソフィスティケイトされた大脳を通してから、知覚することになる。その点、『野性の少年』のビクトールや『カスパー・ハウザーの謎』のカスパーは、鋳型にハマることなく本能のままに生きようとした。現代人が失ってしまった感性や能力を彼らは持っているのではないか、そんな憧れを感じさせる存在でもある。

 日本にもかつては「サンカ」と呼ばれる山の民が存在したという。中島貞夫監督、萩原健一主演の『瀬降り物語』(85)は、山で暮らす「サンカ」たちが兵役によって日本社会に組み込まれていく滅びの物語だった。文明から離れて育った自然児たちの叫び声は、現代人が心の奥に隠している喪失感や自然に対する郷愁を刺激するものがある。

 話を『野良人間』に戻そう。本作の舞台となっているメキシコは、激しい社会格差から犯罪が多発し、年間10万人もの人が誘拐されている。事件が起きた1980年代のメキシコは、特に経済破綻が著しい時代だった。誘拐された子どもや、家族から虐待を受けた子どもが、自宅には戻らずに森や山で自然児として生き延びようとしたケースもありうるかもしれない。

 邦題となっている『野良人間 獣に育てられた子どもたち』だが、本作に登場する子どもたちは狼などの野生動物に育てられたわけではない。子どもたちに独自の信仰を教えようとしたフアンが人間の皮を被った獣だったのか、それともフアンと子どもたちの共同生活を認めずに迫害した街の人々こそが獣だったのか。どちらが凶暴で、より残虐だったかは、映画を観た方に決めてほしい。

 

 

『野良人間 獣に育てられた子どもたち』

監督・脚本/アンドレス・カイザー

出演/エクトル・イリャネス、ファリド・エスカランテ、カリ・ロム、エリック・ガリシア 

配給/TOCANA 5月21日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

(c)CINE FERAL, S DE RL DE CV

https://nora-ningen.com

 

2021/5/15 6:00

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