「本当に彼でいいの…?」いざ結婚となると、決断できないアラフォー女の葛藤
「今度こそ、幸せになりたい」
“離婚”という苦い経験を経て、また恋をして結婚がしたいと願う人たちがいる。
そんな彼らの再婚の条件は、実に明確だ。
「一度目よりも、幸せな結婚!」
それ以上でも、それ以下でもない。
幸せになることを、諦めないバツイチたちの物語。
4話からは、バツイチ子持ちの未央の物語がスタートした。
◆これまでのあらすじ
オリバーとまた会えるようになり、彼への気持ちを再確認した未央。だが、オリバーから突然ロンドンに帰るという話を打ち明けられ…。
▶前回:離婚して半年。34歳元妻が元夫の恋愛事情に介入してくる驚きの理由
未央が再婚活を本格的に始めてから、数ヶ月が過ぎていた。
7月上旬のじりじりと暑い昼下がり。未央がいるのは、赤坂の蕎麦屋の小上がりだ。
「オリバーが、2ヶ月後にロンドンへ帰ることになったの」
オリバーからロンドンに帰国すると告げられてから、寝ても覚めてもその話が頭の片隅から離れずにいた。
誰かに話を聞いて欲しかった未央は、オリバーを紹介してくれた沙也加に連絡してランチに誘ったのだ。
未央が話を切り出すと、沙也加は興奮したように少し食い気味で質問を投げかける。
「そうなの?それで、ひょっとしてロンドンについて来てってプロポーズされた?」
未央はその言葉を聞き、俯きながら答える。
「週末に話そうって言われているんだけど…オリバーがどう考えているかは、わからないの」
「まさか食欲なくなるほど悩んでる?未央が美味しいお蕎麦食べたいって言ったのに、全然食べないんだもん。伸びちゃうよ」
沙也加のいうとおり、考え込むあまり何も食べる気が起こらないというのが正直なところだ。
「私、9月から今の会社の子会社に異動が決まっているの。新ブランドをスタートするにあたって、上司が推薦してくれて」
1ヶ月ほど前、子育て世代に向けたセルフケアブランドを立ち上げるにあたり、未央が推進チームの一員に抜擢されたのだ。
ちょうど婚活に躍起になっていた時期だっただけに、未央にとっては晴天の霹靂ともいえる人事だった。
「それって、昇進ってこと?すごいじゃん!でも、もしオリバーにロンドンに一緒に行こうって言われたらどうするの?」
「彼のことは好きだけど仕事は辞めたくないし、壮太のこともあるから、すぐには答え出せないな…」
未央は思い悩むように、不安を口に出した。
イギリスへの帰国を控えた恋人の、予想だにしなかった提案とは…
◆
オリバーとの約束の週末。
未央は、ヒルサイドパントリーで買ったバケットやブッラータ、サラダにする野菜を持って彼の家へと向かった。
オリバーはいつものように、未央を優しく迎え入れてくれた。ダイニングテーブルには、グラスやカトラリーが綺麗にセッティングされている。
シャンパンと白ワインも用意してあり、「座って飲んでいて」というオリバーの言葉に甘えて、未央はよく冷えたシャンパンを口に含む。
「ねえ、オリバー。この前のロンドンに帰るっていう話だけど…」
ボードの上で野菜をカットしているオリバーに向かい、未央が唐突に話を切り出した。
その言葉を聞きオリバーは、一旦手を止めて、未央の方に向き直った。そして、未央の近くまで寄ってきて、隣に座ると、真剣な表情で話し始めた。
「未央に考えてほしい。僕と一緒にイギリスに行くか、それともこのタイミングで別れるのか…」
一緒に行こう、という選択もあるということを予想していなかったわけではないが、いざオリバーからその言葉を聞いて未央は複雑な気持ちになった。
「本当ならね、もっと気軽に一緒に行こうって言いたいけど、未央は仕事もあるし壮太もいるでしょ?」
オリバーはもっともなことを言っている。それでも未央は強引に「行こう」と言って欲しかったのかもしれない。
― それに、恋人として一緒についていったところで、向こうで別れることになったらリスクが大きすぎるわ…。
胸にチクチクとした怒りさえも沸いてきた。しかし、自分や壮太のためにオリバーも考えてくれているのだと思い、未央は一度冷静になろうと、グラスを置く。
「私だって、一緒に行きたいと思ってるわ」
未央が持ってきたブッラータと横に添えたアメーラトマトを、器用に取り分けながら彼は話を聞いている。
「でも行くとなれば、私は仕事を辞め、壮太は転校し、両親とも別れて行くわけだから。あなたにも相当な覚悟を持ってもらわないとロンドンには行けない」
自分の率直な不安を、未央はオリバーに打ち明けた。 すると彼の返事は、彼女が予想しないものだった。
「結婚っていう覚悟ならしてるよ。僕は心から未央に一緒に来て欲しいと思ってる」
― 結婚?今、結婚って言った?
未央は呆然と頭の中で次の言葉を探していた。
「これってプロポーズ?」
「ロマンチックなプロポーズじゃなくて、ごめん。僕は、未央と壮太と家族になりたいと思ってる。でも、よく考えてね」
言葉を詰まらせながら、オリバーは続ける。
「コロナも終息していないし、簡単に日本へ戻れないかもしれない。それに、未央は今仕事のチャンスが舞い込んできたところなんでしょ?」
オリバーの言うことがどういうことか、未央にも理解はできた。
仮に未央がOKし、渡英したとしても、お盆やお正月に両親の顔を見に帰国することもままならないかもしれないのだ。
それに彼の言う通り、願ってもなかった仕事の転機を迎えたばかりだった。
壮太や親に対する懸念は勿論あるが、自分にとって何が最善か、未央はまだわからずにいた。
「だからよく考えて。後悔してほしくないから」
イギリスに行くか悩む未央。そんな彼女に待ち受けていた予想外の展開とは…
◆
暑さが収まり、風に秋の匂いを感じ始める9月。
過ぎて行く夏に、寂しさを覚える未央だったが、今年は例年にも増してなおさらだ。
オリバーが日本を発つ日が近づいていると思うと、日に日に悲しくなった。そのせいか食欲もないし、何をしていても体に力が入らない。
― 精神的に参っている上に夏バテかな。
未央は、沙也加たちが企画したオリバーの送別会に向かう準備をしていた。
結局オリバーとロンドンに行くのか、直前になっても決められないままだ。
壮太にもオリバーがロンドンに帰ってしまうことは伝えた。子どもながらに落ち込みはしたが、しばらくするとケロッと立ち直った。
レストランに向かうため、ワンピースに着替えはしたが、未央は気分がすぐれない。
「ママ、大丈夫?」
ソファに横になっている未央を心配して、壮太が声をかけてくる。
「大丈夫よ!」と未央は、無理矢理笑顔を作り、壮太の手を取りレストランへと向かう。
「こっちこっち!」と沙也加がテーブル席から手を上げた。
未央がオリバーの隣の席につくと、早速スペシャリテがサーブされる。
しかし、未央はカラフルで美しい前菜を前に、カトラリーを手にすることすらできずにいた。
その様子は「未央、顔が真っ青よ」と沙也加が気づくほどだ。
「ごめん、ちょっと化粧室に」
未央は立ち上がり、小走りに店の奥に消えた。心配した沙也加がその後を追う。
「未央、まさかそれって…つわりとか?」
沙也加の鋭い指摘に未央は息が止まりそうになった。
「まさか…」
「タクシー呼ぶから、先に帰った方がいいよ。壮太くんは後から家まで送るから」
沙也加の提案に、未央は力なく「ごめん…」と答えた。
2時間後。
気分は幾分か回復し、鏡を見ると唇も血色を取り戻していた。
そのとき、玄関のインターホンが鳴る。モニターを覗くと、オリバーと彼に抱えられた壮太が映っている。
「ごめんなさい、わざわざ送ってもらって」
そう言ってドアを開けると、二人は随分愉快そうだ。その様子に未央も思わず和んでしまう。
「未央、壮太と大事な話をしたんだよ」
オリバーが言うと、壮太が彼の方を見て「ね?」と目配せした。そして、壮太が嬉しそうに、少し恥ずかしそうにしながら未央に言う。
「オリバーがね、僕のパパになってくれるって、そう言ってくれたんだよ!」
未央は驚きを隠せなかった。オリバーの出発直前になっても、まだ決断できていない自分に、彼は歩み寄ってきてくれているのだから。
「壮太、ロンドンへ行くには学校もやめなくちゃならないよ。すぐ日本に帰ってきてジイジたちに会うことだってできなくなるのよ。それでもいいの?」
未央は少し声を震わせながら、壮太に聞く。
「わかってる。でも僕、3人でいるときすごく楽しいんだ!だからママとオリバーと3人がいい」
それを聞いて、未央は肩の荷が下りたような気がした。
― 1人で悩まないで、壮太の想いもちゃんと聞いておけばよかった。
彼女は少し後悔したものの、安堵の気持ちが強く、表情も穏やかになっていく。
それを見たオリバーが、優しく話し始めた。
「未央、結婚してください!未央のパートナーに、そして壮太のパパになりたいんだ」
彼は、未央のお腹にそっと手を置いた。
「ひょっとして沙也加から、私が妊娠しているかもって聞いたの?」
オリバーの仕草に、未央はハッとした表情で彼に尋ねる。その言葉にオリバーは頷き、微笑みながら言う。
「僕が壮太のパパになって、いつか壮太に弟か妹ができたらいいねっていう話を2人でしていたんだ」
未央は嬉しさのあまり、涙ぐむ。
「私も壮太とオリバーと3人で一緒にいたいわ」
「それじゃあ、今日はゆっくり休んで。明日一緒に病院へ行こう」
彼は未央を労るように、優しく言う。
オリバーの言葉に未央は「ええ、そうね」と笑って答えた。
Fin
▶前回:離婚して半年。34歳元妻が元夫の恋愛事情に介入してくる驚きの理由