「お前と話してもムダ」話の噛み合わない夫に、有効だった意外な作戦

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 メディアでもよく取り上げられる「発達障害」についてはご存知の方も多いでしょう。ですが、発達障害の一つである「自閉症スペクトラム(以下、ASD)」の夫を持った妻が苦しみ、うつ状態などに陥ってしまう「カサンドラ症候群」のことはまだあまり知られていません。

「カサンドラ症候群」とは、パートナーとの意思疎通ができず、他人からも理解してもらえないことで体調を崩し、身体に顕著な症状が現れた状態を指します。前回記事ではカサンドラ症候群になるきっかけのひとつとして、結婚や妊娠・出産を機に夫の特性が強く出始めるケースを紹介しました。

 カサンドラに症候群に悩んでいる妻が、少しでもラクになれる方法はあるのでしょうか。30年以上に渡って発達障害の研究、治療を続けているどんぐり発達クリニックの精神科医、宮尾益知先生の『発達障害と人間関係 カサンドラ症候群にならないために』にその対処法が書かれています(以下、同書の内容より抜粋・再構成)。

◆周囲に理解してもらうことの絶大な効果

 カサンドラに陥ってしまった場合、脱出するにはどうしたら良いのでしょう。

 ASDの夫から傷つくような言動を受け続けた結果、別居を選択する妻は少なくありません。別居は妥当な解決策のように思えますが、実際には金銭的な問題もあり、そう簡単に夫婦関係・家族関係を断ち切る決心ができないのも事実です。周囲は「早く別れるべき」とアドバイスしても、結婚前に優しく接してくれた姿を忘れることができず、「その感情を取り戻すことができるんじゃないか」と思ってしまう場合もあります。

 自分が「カサンドラ症候群」で、夫がASDだと診断が下され、それが原因だと認知すれば、「自分が悪いのではない」という思いにつながります。しかし、それは一方的に夫が悪であり、自分は善だと認識するのも違います。身内や友人に相談しても「文句や愚痴」とみなされ、「夫をコントロールできていない、力不足だ」「自業自得だ」と言われてきた人たちにとっては、状況を理解してもらうことが、何より回復につながるのです

「夫のASDの特性の影響で苦しんでいる」と、周囲に理解してもらうことで、「決して夫を責めているのではない」「妻の一方的なわがままではない」という理解が広がります。情緒的な支えが必要な妻にとっては、周囲の理解には計り知れない効果があるのです。

◆問題行動を起こす夫の、強い不安感を取り除く

「もしかして夫はASDかもしれない」と、グレーゾーンにいると感じている場合の対処法について考えてみます。

 ASDの人は突然の出来事に弱く、予測することが苦手です。相手の世界を想像することができないので、疎外感を持ちやすい特徴もあります。相手から自分を認める肯定的なメッセージがないと、極端に否定されたように感じ、相手を敵であると判断する傾向があります。問題行動を起こす時の精神状態は、強い不安感からくるものなのです

 不安を取り除く方法の一つとして、スケジュールの視覚化が有効です。例えばリビングのカレンダーに予定を記入し、いつ誰が何をしているか「見える化」しておけば、ストレスが軽減され、怒りの感情が減ってASDの人の言動がやわらかく変わっていくケースがあります。

◆仕事で作るような「稟議書」を夫に出した妻

 夫がASDだったケースですが、偏差値の高い有名国立大学出身の夫が、大学の偏差値で妻のことを見下していました。妻がPTAの会合に行く際、小ぎれいな服を着たいと言っても、夫はPTAには価値がないと思っているので、ユニクロで十分だと言います。妻の同窓会に対しても、「同窓会なんて価値がない。自分だったらわざわざ新しい服を買ってまで行かない」などと言って、一向に話が噛み合わなかったのです。

 日頃、夫は「お前みたいに偏差値の低いやつに文句を言われたくない」と言って、一ヵ月分の生活費10万円だけを渡し、一方で自分の趣味や好きなものについては妻に相談することなく、高いものを買っているのです。妻には生活費として10万円を渡しているし、自分で稼いだお金なのだから文句を言われる筋合いはないという態度です。

 そんな夫に対し、この妻はどう対処したかというと、夫に対して「稟議書(りんぎしょ)」を書くことにしたのです。上司に承認してもらうかのように理由をつけて稟議書を書けば、「なるほど、こういう理由か」と、夫を説得できたそうです。笑い話ではなく紛れのない事実です。そこまでして夫婦生活を続けなければならないのか、という意見もあるでしょうが、ひとつの対処法といえるでしょう。

 ASDの人が「うまくいっている」と感じている時は、すべてを把握し、周囲をコントロールできている時だけなのです。逆に自分がコントロールされていると思うと、怒りを感じます。ASDの人が問題行動を起こした時は、そんなことが頭の中で起こっているのです。

◆独り言のような「つぶやき作戦」も有効

 コミュニケーションの方向としては、「妻から夫へ」という流れが一般的ですが、その際、心からの訴えや要求や意見は、情緒的な性質のものであるため、ASDの人にとっては理解することが難しいのです。感情を含まない「無機質な情報」として伝わってくると受け入れやすくなります。

「○○をして(しないで)ほしい」といった言葉では、ASDの人は理解できません。
 決して感情的にならず、「無機質な情報」という形で伝えるのです。わかりやすく、やさしい言い方を心がけ、くれぐれも感情を抑えて言ってみます。

 具体的には「つぶやき作戦」が効果的です。こちらの意図している通りに行動してもらうべく、独り言をつぶやくように言うのです。その際、相手の目を見て話すのではなく、横に座ってあくまでもさりげなく言葉を発すること。その時に反応はなくても、情報として確実にインプットされています。しばらく時間が経過したとしても、しっかりと対応してくる可能性が高いのです。

 この作戦が成功したある夫婦のケースです。結婚生活に絶望していた妻は、コミュニケーション自体をあきらめていました。診断の際に「何気なく、独り言のように情報として伝えてみてください」と専門医からアドバイスを受けます。「夫は絶対話を聞いていませんから、そんなことをしても無駄です」と、その時はあきらめモードだったのですが、ある日、「この時期は○○にある藤の花がきれいなのよね……」と、以前から行ってみたいと思っていた場所をふと思いついたようにつぶやいてみたそうです。

 すると数日後、日頃から無口で家族についても無関心だった夫が、パソコンでその名所を検索し、プリントアウトしていたことを知ります。妻は何気なく気づいたという素振りをすると、話が具体化し、その場所に二人で出かけることになりました。子どもが生まれてから、夫婦が並んで歩いたはじめての機会だったといいます。

◆不満や要求ではなく「単なる情報」として伝える

 また、別の夫婦の話ですが、夫が玄関のカギをよくかけ忘れるので、何年も前から注意してきたのですが一向に治らず、いつも口論になっていました。そこである時、「空き巣とか怖いわね。カギは注意しなければならないわね……」と独り言のように言ったところ、次の日から夫はカギを閉め忘れなくなったといいます。

 これほどの劇的な効果は、頻繁には起こらないかもしれませんが、不満や要求ではなく、「単なる情報」として伝えると、「自分が主体的に関わらなければならない」と感じて、目的や意味に変わるケースも多いのです。それだけですべてが解決するわけではありませんが、夫に対して「何かが伝わった」ということは、カサンドラに希望と勇気を与えます。

 ASDに限らず、発達障害の当事者と周囲の人との人間関係をよくするためには、これまでの生活に対して新しい考え方や新しい行動の変容が必要です。そして、当事者だけでなく、周囲の人がどのようにしたら楽になれるのか、その方法や意味を一緒に作りあげていくこと。苦痛も伴うし、時間がかかるかもしれませんが、少しずつでも実行していくことが解決法になるのです。

<文/宮尾 益知>

【宮尾 益知】
徳島大学医学部卒業後、東京大学医学部小児科学教室、自治医科大学小児科学教室、ハーバード大学神経科、国立成育医療研究センターこころの診療部発達心理科などを経て、2014年に「どんぐり発達クリニック」を開院。専門は発達行動小児科学、小児精神神経学、神経生理学。発達障害の臨床経験が豊富。近著に『子どもの面倒を見ない。お母さんとの会話が少ない お父さんが発達障害とわかったら読む本』(河出書房新社)などがある。

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