金曜の夜。疎遠になっていた女から突然呼び出され…?そこで告げられた、驚きの一言
女といるのが向いていない、男たち。
傷つくことを恐れ、女性と真剣に向き合おうとしない。そして、趣味や生きがいを何よりも大切にしてしまう。
結果、彼女たちは愛想をつかして離れていってしまうのだ。
「恋愛なんて面倒だし、ひとりでいるのがラク。だからもう誰とも付き合わないし、結婚もしない」
そう言って“一生独身でいること”を選択した、ひとりの男がいた。
これは、女と生きることを諦めた橘 泰平(35)の物語だ。
◆これまでのあらすじ
麻里亜への“二度目の失恋”を経て「生涯、独身貴族として生きていく」と改めて誓った泰平。そんなことを考えていた頃、ある1本の電話がかかってきて…?
▶前回:「他の男と同時進行されていた。それなのに…」最低な元カノから届いた、ありえないメッセージ
ある金曜の夜。
自宅から参加していたオンラインミーティングが思いのほか長引き、もうすぐ19時をまわりそうだ。
麻里亜がいなくなってから最近はなんだか食欲もなく、シャワーを浴びて寝てしまおうかと思っていたとき。突然、電話が鳴った。
スマートフォンに表示されている『灯』という名前。…もはや懐かしいものにすら思える。
「…おう。どした?」
「泰平さん、久しぶり!…今、何してる?」
声を聞くのは、1ヶ月以上ぶりだった。相変わらず明るくてハキハキと響く声だ。
「え?風呂入ろうかと思ってたけど」
「じゃあちょうどいい!今からさ、代々木公園走ろうよ」
僕は「えぇ…」と返事を濁しながらも、その明るい声に塞いでいた気持ちがわずかに晴れるのを感じる。気づけば、どんな服装で行けばいいのかを考えていた。
結局、ストレッチパンツにTシャツという適当な服装を選ぶ。そうしてスマホに送られてきた現在地に向かうと、ランニングウェア姿でベンチに座っている灯が見えた。
僕が片手をあげると、彼女は立ち上がって「久しぶり」と手を振る。
「久しぶり。いきなり何なんだよ」
灯に近づきながら自分の口から出たフランクな言葉に、少し驚く。麻里亜にはこんな口、聞けなかったからだ。
灯が突然誘ってきた理由とは…。
「いいじゃん、近所なんだからさ」
灯の大きな目が僕を見据える。それから彼女が準備運動を始めたので、僕もそれに倣ってストレッチを始めた。
「…灯は、元気だった?」
「そりゃあもう」
彼女はそう返事して長い髪を束ねると「行くよ!」とハツラツとした声で言った。
夜の公園を結構なスピードで走り出した灯は意外にも健脚で、並走して走るだけでも僕は必死だった。3分も走ると全身がポカポカしてきて、腹の底からエネルギーが湧いてくるような感じがする。
どのくらい走っただろう。
気づけば僕らは汗だくになっていて、最初にスタートしたベンチまで戻ってきた。それを合図に僕は、倒れ込むように座る。
灯はすぐそばの自販機で冷えた水を2つ買い「どうぞ」とこちらに差し出してきた。
「足、速いのな」
「ええ。陸上部のエースだったからね」
まだ息が上がったままの僕を見て、悪戯っぽくそう言った後、彼女は僕の方をまっすぐに見た。
「泰平さん。発散できた?」
その目を見て、麻里亜と僕に何があったのか知っているんだなとわかった。樹のやつがあれこれ細かく話すことは、容易に想像がついていたけれど。
「ちょっとは発散できた。でも、走って吹っ切れるほど単純構造じゃないわ」
そう言うと、ふふっと小さく灯は笑った。
「だってまだ麻里亜が夢に出てくるし、何かの間違いで戻ってこないかなーとかも思うよ」
灯には、素直になんでも話せる。彼女はペットボトルを握りながら神妙な面持ちで頷いていた。
「麻里亜はきっとな、自分で自分を愛せないから、必死に誰かの愛を探すんだろうな。もっと頑張って愛を伝えられてたらよかったのにって後悔してる。今さらだけど」
僕がそう言うと、灯は黙って月を見上げながらしんみりと言った。
「でも、必死だったでしょ?麻里亜ちゃんといるときの泰平さんは、無理してるような感じだった」
「うん。だからわかってたよ、どうせ長くは続かないって。だけど失いたくなかったんだ」
麻里亜が去った後、僕の心にはしっかり麻里亜の形に穴が開いた。寝付きの悪い深夜や、休日の暇な夕方なんかに、ふとそれがうずくときがある。
例えばもし僕がもっと魅力的な人間で、彼女の寂しさを満たしてあげられていたら。そしたら今頃も…。こんなのは、たられば話だ。けれど、どうしても考えてしまう。
「麻里亜に2回もフラれたよ。失恋しかしてないな、僕」
灯は結んでいた髪を解きながら、ゆっくりと首を横に振った。
「…でもね。泰平さんは、ただ愛してくれない子を失っただけなのよ。愛してくれる人を失ったという意味では、麻里亜ちゃんの方がよっぽど惜しいことをしてる」
「うん」
「本当にもったいないよ、麻里亜ちゃん。もったいない」
その言葉は、傷を撫でるように優しく響いた。
「ありがとう」
そう言いながら灯の横顔を見ると、彼女は小さく笑いながら泣いていた。僕は泣いていないのに、自分のことのように。
灯の様子に、泰平は思わず…?
「あー。なんか悔しくて泣けちゃうね」
そう言った灯。彼女は自分最優先で生きているようでいて、こういう柔らかな温かさがある。
…そんな灯を、好きだと思った。
本当は抱きしめたいような気持ちになったけれど、僕は遠慮してしまって、精一杯の気持ちで手を握る。何も言わないまましばらく経って、彼女が「ねえ」とつぶやいた。
「30歳になってからさ、恋愛って言葉がよくわからなくなったの。だけど代わりに、この人と一緒に生きてみたいっていう気持ちがわかるようになった」
雲が切れて、月がじんわり周囲を明るく染める。
「…私たちさ、もっと一緒に生きてみない?」
僕は少しびっくりしながらも、彼女の言葉に大きく頷いた。
◆
どこからか、蝉の声が聞こえてくる。
僕の城であるこの部屋には、いつの間にか灯の服やアクセサリーが置かれるようになった。
週末は、彼女がこの部屋へ泊まりに来る。それがお決まりのパターンになったのだ。
灯が来ている日も来ていない日も、僕の暮らしはそんなに変わらない。もちろん気を使うこともあるけれど、お互いがお互いの人生を同じ場所で進めているという感じだ。
今だって、彼女は自分の会社のカタログを見ているし、それを横目に僕はスパイスからカレーを作っている。
それでもドキュメンタリーの鑑賞は、共通の趣味になった。
今日のテーマは、婚活に勤しむ40代女性の話だ。ああだこうだと意見を言いながら見るドキュメンタリーは数倍面白いことを初めて知った。
すると番組を見終わってから、灯はあっさりとした様子でこう言ったのだ。
「私はさ、結婚したいってそもそも思わなかったけど。泰平とこういう感じで過ごせるなら、いいかもなって思うけどね」
それは、ちょうど僕も思っていたことだった。こういうのはちょっと奇跡だと思う。
「灯。一緒にいてくれて、ありがとうな」
「なにそれ」
彼女は楽しそうにケラケラと笑う。
「私の方が、随分感謝してるわ」
僕は幸せを噛み締めた。
一人は楽だ。でも二人は楽しい。楽してばかりより、楽しい方がいい。
どうせ人は、究極は一人だ。でもそんな当然の真理にすがって怠けていないで、せっかく楽しい人がそばにいるのだから、一緒に生きてみたらいい。
「泰平、ごちそうさま。美味しかった!洗い物は任せてね」
僕は、キッチンに向かう灯にうなずいた。
そしてその背中を見つめながら、どんなふうにプロポーズしたら彼女が喜んでくれるかを、こっそり想像していたのだった。
Fin.
▶前回:「他の男と同時進行されていた。それなのに…」最低な元カノから届いた、ありえないメッセージ