「男の子なの?」妊娠がわかった途端、義母から痛烈な一言。玉の輿に乗ったと思ったら…
住んでいる街によって、人生は変わり、また人も変わる。
2020年、東京の街は大きく変貌した。
店は閉まり、代わりにフードデリバリーの自転車を頻繁に見かけるようになった。また時差通勤やテレワークが導入され、ラッシュ時の人は減った。
では、東京に住む女の人生は、どう変わったのだろうか? エリア別に、その実態に迫る。
今回は大田区在住・花枝(35)の話。
▶前回:「蒲田に住んでるって言いたくない…」年収550万の女が、引っ越した先に見つけた大切なモノ
「花枝さん。あなた、やっぱり厄病神ね」
田園調布にある夫の実家の広いリビングで、義母の声が響き渡る。夫の大成は、さっきから聞こえぬふりしかしていない。
「すみません…」
今年の春。息子・大樹の受験に、失敗した。
「うちの一家は代々、行く学校が決まっているんです。それなのに、まさか失敗するなんて…。それがどれほど恥ずかしいことか、おわかりなの?」
義母の声は、どこまでも冷たい。
顔を上げると、有名作家のお皿がぎっしり詰まった大きな食器棚が今にも迫ってきそうだ。
私は、この家の匂いが苦手だった。自分の実家とはまた違う、アールデコの家具と庭に咲き誇るバラやシクラメンの香りが入り混じった匂い。
「すみません…」
「うちのほうには何にも問題がないはずなのよねぇ。あなたの学が問題ってことよね?名も知らないような女子大出身の子を嫁にもらったのが間違いだったってことよね?」
今までに感じたことのない、黒い感情が体内を蝕んでいく。でもこれは全て、大成のバックボーンに目がくらんだ自分のせいだ。
「どうして落ちたのよ…」小学校受験に失敗した、田園調布妻の憂鬱
「いやぁ〜。母さん、やっぱり怒ってたな」
家に戻ってくるなり、大成はどさっとソファに座り込んだ。
大成の実家から、徒歩約10分のところにある家。田園調布2丁目に位置するこの4LDKの一軒家は、彼のご両親からのプレゼントだ。
(相続関係の手続きを諸々踏んだようだが、細かいところは私もよく知らない)。
「しかしまさか全部落ちるとは思っていなかったよなぁ。しかも親戚にも顔向けできないことは確かだし…」
“お坊ちゃん”である大成は、恵まれた環境で育ったゆえの優しさがあるのだが、その分私のような一般人とは少しテンポがズレているように感じる。
小学校受験がどれほど大変か。そして大成のような名家を後ろ盾にしても不合格だったということは、よっぽどのことだということもそこまで理解していないようだ。
「やっぱり夫婦揃っての学力が必要だったか…」
彼の一族は全員、大樹が受験した学校に小学校から通っていた。その学校に落ちたということは前代未聞であり、文字通り“一族の恥”でしかなかった。
受験に失敗してから毎日のように義母から小言を言われ、私のストレスも限界値を超えていた。
「なんで落ちたのよ…。私のせい?違うよね?」
行き場のない怒りとやるせなさに、ここ最近ずっと苛まされていた。
— ピンポーン。
しかしため息をついていると、追い打ちをかけるかのように義母がやってきた。
「え?お母さん?さっきお会いしたばかりなのに…」
「お夕飯、まだかなと思いまして。今日は大ちゃんと一緒に食べたい気分なのよ」
— ザワ。
胸の奥が、痛む。夫の実家が、徒歩10分の距離にある。私からすると、苦痛でしかなかった。
最初は成功者の証として、この日本屈指の高級住宅街に住めたことに、かなりの高揚感があった。
静かで住んでいる人たちも上品で、「田園調布憲章」により、建物の高さや最低平米数まで決まっている完璧に管理されている街並み。
まさに“選ばれし者しか住めない街”だ。
だが友達とお茶をするにも遠いし、買い物スポットも遠い。表参道や六本木まで行くのにも、基本的にすべて車移動だ。
しかも最近若い人たちがどんどん街を離れている。高齢化が進み、夜になると街は死んだように静か。
さらに厄介なのは町内会の力が強く、近所付き合いが非常に重要になってくる。また何丁目かによって明確にランクが変わってくるため、“田園調布村”の見えないヒエラルキーとも戦わなければならない。
何より、義実家との付き合いが大変だった。
だから正直、パンデミックになってしばらく義父母に会わなくて済み、ホッとした。広い庭のおかげで息子はのびのびと遊べるし、街に緑が多いので散歩もしやすい。
広い空の下、結婚して初めて感じた自由な時間だった。
だが最近再び義父母と会うようになり、以前のようにしっかりと監視されている。
— ダメだ。もう限界…。
そう思っても、私には行くあてがなかった。それに小さな息子を置いて、家を出る訳にはいかない。
結局私は、この狭い田園調布から逃げることはできないのだ。まるでこの村から出られない呪いにでもかけられているかのように…。
田園調布に囚われた女。だが突破口は意外なところにあった…!
地方から出てきて東京の女子大へ入学した時、私には野望があった。
「東京のお金持ちと結婚する」、と。
三代続く経営者一族である大成とは、25歳の時に食事会で出会った。彼の実家の社名を聞いて、ピンときたのだ。彼こそ運命の人だと。
実際に彼はスマートさと優しさを兼ね備えており、私もそれに見合うように頑張ったら、向こうが私にハマった。
3年間の交際を経て、結婚。彼のご両親も式を挙げた『帝国ホテル』で、豪勢な式を行った。結婚と同時に、彼のご実家に近いこの田園調布に移り住み、最初はうまくやれていた。
すべてが、順調だったはずだ。
ただ結婚してすぐに言われたのが、後継ぎのことだった。しばらく子どもができなかった時は、本当につらかった。人として扱われていなかった気がする。
ようやく妊娠できた時も、義母から真っ先に言われたのは「おめでとう」ではなく、この言葉だった。
「男の子なの?」
無事に長男・大樹を産めた時、重圧から解放されてどれほどホッとしたことだろうか…。
だが子どもを産んでからも、そのプレッシャーは変わらなかった。すぐに大樹の教育の話になり、“希望校の受験に強い、塾に入れるための塾”に通わせるところから始まったのだ。
— 何度も“塾に行きたくない”って駄々こねてたなぁ。
駅前のスーパーまで、散歩を兼ねていつもの道を大樹と手を繋いで歩いていると、ふと思い出す。泣き疲れた大樹を何度も無理やり塾へ行かせたことを。
ため息をついていると、急に大樹が立ち止まった。
「ママ。ごめんね」
「え?」
「僕のせいで、おばあちゃまに怒られて、ごめんね」
まだまだ幼いと思っていたけれど、息子は見ていたようだ。ドロドロとした大人の世界を。
「あのね。僕あの学校に行きたくなかったの。だから今、楽しいよ」
「え!?」
それは、初耳だった。受験は失敗ではなく、大樹からすると成功だったということなのだろうか…。
「ねぇ、大樹は今幸せ?」
「うん!学校も楽しいし、ママもパパもおばあちゃまもいて幸せだよ」
どうしてだろうか。涙がポロポロとこぼれてきた。狭い街に、近すぎる人間関係。そのすべてが嫌だったはずなのに、大樹が幸せでいてくれればそれでいい気がしてきた。
そもそも、体裁ばかり気にしていたのだ。今の夫と結婚したのも、お金持ちになって少しでもいい暮らしをしていると誰かに見せたかったから。
子どもを一流校へ入れるのは、息子のためでもあったけれど、自分のためだった。
子育てはちゃんとしていると、認めてもらいたかった。
でもそれは、ただのエゴだったのかもしれない。受験に落ちたはずの当の本人は、楽しそうだ。
狭い世界に縛られていたのは、自分自身。受験に必死すぎて、私は大事なものを見失っていた。
別に、受験に失敗したって人生が終わるわけではない。本人がのびのびと、楽しく、そして元気に育ってくれれば、それでいい。
顔を上げると、夕日が綺麗に見える。
「大樹。アイス食べようか?」
「いいの?お夕飯の前だよ?」
「うん、いいよ」
「でもママ。近くにコンビニがないから、家に帰ってからね」
いつの間にか、成長している大樹。
これからは、本人の好きなようにさせてあげよう。街にも誰にも縛られないような、自由な生きかたを私自身で体現して、大樹に見せてあげるんだ。
そう心に誓いながら、私たちは駅まで歩いた。
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渋谷区に住む意味って…?
