未経験・スキルなしで、月給60万を得た女。その裏に隠された、男との蜜月
東京の平凡な女は、夢見ている。
誰かが、自分の隠された才能を見抜き、抜擢してくれる。
誰かが、自分の価値に気がついて、贅沢をさせてくれる。
でも考えてみよう。
どうして男は、あえて「彼女」を選んだのだろう?
やがて男の闇に、女の人生はじわじわと侵食されていく。
欲にまみれた男の闇に、ご用心。
◆これまでのあらすじ
社長・黒川に抜擢され、秘書として働き始めた秋帆。平凡な人生が一転、贅沢な生活を送るようになると…?
▶前回:上司から与えられる、“無償の愛”。24歳OLの人生が狂い始めた夜の出来事
「ねえ、秋帆。彼氏、何の仕事してるの?」
ある休日。秋帆は、久しぶりに大学時代の友人とのランチを楽しんでいた。
互いの近況報告を一通り終えた頃、友人のひとりが尋ねる。すると他の面々も、「私も思ってた」と、身を乗り出した。
「今、彼氏はいないよ」
秋帆はサラリと事実を答えるが、どうやら彼女たちは納得がいかないらしい。
「それは、表向きでしょ?ぶっちゃけてよぉ」
― なに、その言い方…。嫌な感じ。
「本当にいないってば」
ムッとした秋帆が語気を強めて返すと、友人たちは「そんなはずない」と声をそろえて盛り上がり始めた。
「だって、最近の秋帆のインスタ、すごすぎるもん。恵比寿のタワーマンションに、高級料理店ばかり」
「このレストランだって、会員じゃないと入れないでしょ?びっくりしちゃった」
たしかに今日のランチ会場も、黒川が予約してくれた場所だった。久しぶりに友人に会うと伝えたところ、すぐに手配してくれたのだ。
「転職した先の社長がとっても素晴らしい人で、良くしてもらってるの」
すると友人のひとりが、訝しげにこう言った。
「マンションもレストランも全部、社長からのプレゼントってこと?その社長、大丈夫?絶対何かあるって」
― 何も知らないくせに。嫉妬してるだけでしょ。黒川社長は私のことを信頼してくれてるんだから。
秋帆は、友人の不要な忠告に、「ご心配どうも」と、シャンパンを喉に流し込んだ。
黒川から信頼されている。秋帆がそう思う理由とは…?
才能のある自分
それは2日前、クライアント先に向かうタクシーの中での出来事だった。
「午後の予定ですが、13時から人事とのミーティング。その後、営業役員のプレゼン。それから…」
手帳をめくりながら説明していた秋帆は、途中まで言いかけて止めた。
「どうかされましたか?」
顔を上げると、黒川がまじまじと自分を見つめていたのだ。普段はiPadを眺めながら相槌を打つだけなのに、一体どうしたのだろう。
すると黒川は、「遮って悪い」と断りを入れてから続けた。
「いやあ、白田さんは本当に仕事熱心だなあって。昨日のデータ入力も完璧だったしね。感動した」
大げさなほどの誉め言葉に、秋帆の頬がポッと赤くなる。データ入力なんて、大した仕事ではない。
事実、前に働いていた不動産会社でも毎日のようにしていたが、褒められたことなど一度もなかった。
「いえ、あんな仕事誰でもできますから…」
恐縮しながら答えると、黒川は「そんなことはない」と、顔をしかめた。
「前の秘書は、ミスばかりで大変だったんだ。白田さんの完璧さは、もはや才能だよ。特別な存在だ」
“才能”
その言葉に、秋帆は胸の奥がキュッとなった。これまで、自分は何の才能もない、中途半端な人間だと思っていた。だが、黒川と出会って変わった。いつだって彼は、“才能”を見出してくれるのだ。
クライアント先への秘書の同行も、秋帆が初めてらしい。これまでの秘書は、“使えない”という理由で、どこにも連れて行ってもらえなかったそうだ。
「ありがとうございます…」
そう頭を下げながら、秋帆の脳裏にひとつの疑問が思い浮かんだ。
― そういえば、前の秘書ってどんな人だったんだろう…。
「うわぁ…」
タクシーを降りた秋帆は、目の前にそびえたつビルを前に思わず感嘆の声をもらした。
今日の訪問先は、誰もが知る日本の飲料メーカー。そのビルはとても有名で、観光地になっているほどだ。
まさか仕事でここに足を踏み入れる日が来るとは、思ってもみなかった。感激のあまり、秋帆はビルを写真に収める。
黒川と一緒に、あらゆる大企業を訪れるようになって初めて知ったこと。それは、大企業であればあるほど、オフィス環境にかなり力を入れているということだ。
ある航空会社は、空港カウンターと同じ制服を纏った受付がいた。ある広告代理店の共有スペースは、開放的なスペースにカラフルなソファやバランスボールが置かれていた。
実は秋帆は、それらをこっそり写真に収めて、インスタグラムにアップしていた。
鍵付きのアカウントだし、フォロワー数だって300人程度。ほとんどが知り合いだ。アップしたところで、会社にバレることはないだろう。
“一般の人が足を踏み入れられない場所に、仕事で行っている私”
“仕事でこんなところに行っているの。すごいでしょう?”
そんな優越感が病みつきになり、“仕事で訪問”というハッシュタグとともにアップし続けていた、そんなある日。
『もしかして昨日、うちの会社に来てた?』
先日アップした広告代理店の写真に、コメントが付いた。
― うち?誰からだろう…?
アカウントを詳しくみてみると、それは、高校時代に仲が良かった、ひかりからだった。
― そうだ。ひかり、ここで働いてたんだ…。
秋帆は無性にひかりのことが懐かしくなり、久しぶりにLINEで連絡を取ってみることにした。
久しぶりに旧友に再会した秋帆。“黒川”の名前を出した瞬間、空気が…?
疑念
― あ、普通に乗っちゃった…。
終業後。
タクシーに飛び乗った秋帆は、シートに身を沈めながらハッとした。
レストランまでは、約1km。頑張れば徒歩でも行ける距離だし、地下鉄もバスもある、それなのに。
「まあ、疲れてるし良いよね。それに…」
1週間後は、初めての給料日。
月額60万+残業代。税金などを引かれるにしても、かなりの金額が入ってくる予定なのだ。
黒川のもとで働き始め、贅沢な生活を送るようになったことで、秋帆の価値観にも徐々に変化が出始めていた。
◆
「秋帆、東京で働き始めたなんて知らなかったよ。いつから?」
レストランに到着すると、すでにひかりが席で待っていた。白のジャケットをピシッと着こなした彼女は、いかにもキャリアウーマンという雰囲気を漂わせている。
「ついこの間。まだ1ヶ月くらいだよ」
秋帆が答えると、ひかりが興味津々な様子で問いかけた。
「ねえ、どんな会社に転職したの?うちと取引があるんでしょう?」
彼女と会うのは、実に数年ぶり。高校時代は仲良くしていたのだが、大学に入ってからは会う頻度も減ってきて、就職してさらに縁遠くなっていた。
だがひかりは、まるで昨日も会ったかのように話し始め、すぐ二人に昔の空気が戻ってきた。
「ひかりったら落ち着いて。とりあえず、何か頼もう」
秋帆は、こちらの様子を窺っては出たり入ったりしているウェイターにチラリと目をやった。
「ごめん、つい…!メニューもらおうかな」
◆
「でもびっくりしちゃった。こんなところ、よく知ってたね」
ひかりは、グラスをテーブルに置きながら周りを見渡している。
彼女曰く、このレストランは行きたいと思ってはいたものの予約が取れず半ば諦めていたらしい。
「うちの社長がね。予約してくれたの」
ここもまた、友人と食事に行くと話したところ、先日のランチと同じく、黒川が席を確保してくれたのだ。
「社長?そういえば秋帆、どんな会社で働いてるんだっけ」
秋帆が会社名を口にすると、ぴたり、とひかりの手が止まった。
「まさか社長って、黒川さん?黒川隆?」
「そうだよ」
ひかりが働く会社と比べたら、秋帆の会社は規模も小さいし、知名度は低い。それでも彼女が知っているのは、取引先だからだろうか。
するとひかりは、「ねえ」と訝しげに尋ねてきた。
「秋帆って、その会社で何してるの?」
「秘書だよ」
秋帆が答えると、ひかりの顔が明らかに強張った。
「秘書? 2人体制になったってこと?」
「2人って? 秘書は私だけだよ」
ひかりから向けられる強い視線に、息が止まりそうになる。秋帆は、水の入ったグラスに手を伸ばして一気に飲み干した。
黒川の話を出した途端、こんなに空気がピリつくなんて一体どうしたのだろう。
するとひかりは、声を潜めるようにして尋ねた。
「…大丈夫なの?何かされたりしてない?」
― 何かされる?どういうこと?
ひかりがなぜここまで嫌悪感を表すのか、秋帆にはさっぱり分からなかった。
黒川は、秋帆の恩人。自分の才能を見出し、秘書に抜擢してくれたのだ。彼には感謝しかない。
「特に何も」
秋帆はひかりの様子に苛立ってしまい、つい冷たく返す。
「…そう」
するとひかりはグラスを手に取り、口に近づけたが寸前でそれを元の場所に戻した。
それを見た秋帆の頭の中に一瞬だが下世話な妄想がよぎる。
― まさか、黒川社長とひかりが …?
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ひかりの微妙な反応の訳とは?そして秋帆は、黒川から“ある依頼”を受けることに…。