「料理できなくて何が悪い!」人気漫画家がワンオペ家事をやめるまでの長い葛藤

 料理ドヘタな崖っぷちアラサーが、生活の中で必要に迫られ料理に挑むマンガ『すみれ先生は料理したくない』が今かなりおもしろい! 料理嫌いなすべての人たちに読んでほしい、共感度100%の新感覚クッキングコメディマンガです。

 作者はドラマ化もされた『人は見た目が100パーセント』や『節約ロック』などの人気マンガ家・大久保ヒロミ先生。本作はスマホ向けコミックサイト『マンガよもんが』で連載中です。

◆簡単レシピは全然簡単じゃない

 主人公の白雪すみれは、溢れ出る品格とその美貌に誰もが憧れるピアノ教師。けれど実生活は常に金欠ギリッギリ、彼氏もいない独身アラサー街道まっしぐら。

 そして破滅的に料理ができないすみれ先生の前に、毎話“料理”という名の壁が立ちふさがり、いつも全力でカラ回り。すみれ先生の魂の叫びが歌となって綴られますが、これがもう料理嫌いには共感しかない! 料理嫌いにとっての簡単レシピって全然簡単じゃないんですよね。

 “料理あるあると、いや、ねえだろ”の絶妙な境目を綴るこの作品、実は作者である大久保ヒロミ先生の実体験から生まれたそうなのです。

◆大人になれば、結婚すれば自然にできると思ってた

――この作品はどのような発想で生まれたのでしょうか。

大久保ヒロミ先生(以下、大久保)「友達と『流行っているしグルメ漫画でも描こうかな』という話をしてたんです。だけど『グルメはいいけど、料理は好きなのか?』っていう話になって、『好きじゃないわ』と。それならいっそ、料理をしないグルメマンガにしようとなったんです」

――すみれ先生のモデルは、ご自身なのですか?

大久保「ある部分ではそうです。結婚して20年になるんですけど、ずっと昭和脳だったから『自分が家事を全部やらなきゃいけない』という気持ちがガチガチにあったんです。10年以上、ワンオペ育児をやっていて、もちろん料理も家事も全部。料理や家事って『難しいことだ』って誰も教えてくれないじゃないですか。大人になれば、結婚すれば自然にできるとか言われていたし、そう思っていたんです。

 でも常にすごいストレスを感じているわけですよ。そのストレスがなんなのか気づかないまま、忙しさに追われて時が流れちゃったんですよね。みんなもこの程度のストレスを抱えながら頑張っているはずで、それができない自分がすごいダメ人間ってことになると思い、直視したくなかったんだと思う。

 でもママ友や主婦の方と話していると、同じようにストレスを抱えている人もいるけど、私ほどではない人もいる。そこで、もともとの能力に差があるのかな?って思ったんです」

◆ただお腹を満たすためだけに作っていた

――料理を楽しめなかったのですね。

大久保「昆布やかつおぶしでダシを取ったってなんの味もしなくないですか? みんなはしてるのかな、私は全然。ダシを取ってる矢先から、カレーくらいいい匂いがしてきて、すごく美味しいものができるとかだったらやりがいがあるけど、そうでもない。

下ごしらえしても成果が見えないから、喜びが湧かない。ただただ日々お腹を満たすためだけに稼働してました。それよりも、どう考えても誰かが作って私の目の前においてくれて、『召し上がれ』って言ってくれるほうがドーパミンがバーッと出るんですよ(笑)」

――1巻ですみれ先生もダシを取るのに苦戦していました。その結果、「愛と平和のインスタントみそ汁協奏曲」が生まれたわけですけど、確かに、インスタントだっていいし、無理に料理しなくていいんですよね。

◆料理ができない自分を認めてあげたらラクになった

大久保「自分が『料理ができない』ってことをもっと早く認められていたら、夫にお願いして楽になれたんだろうなと思うんです。

 仕事が忙しくなってストレスが限界まで達して、『全部放棄する!』って言ってもう3〜4年経ちます。ずっと『料理なんてできない人はしなくていい』と思っていいのか葛藤していましたが、もう壁を乗り越えました。でもきっとまだ超えられない人がいるだろうというのは感じていますね。私が何年ももがいていた時間を、みんなはしなくていいんじゃないかっていう気持ちで描いています。自分を認めましょうってことです。でも、放棄してもやってくれる人がいないとか、様々な問題があるのもわかるので、そこはいろんな話し合いや手段が必要だとは思うんですが……」

◆ワンオペ育児を脱出するまでの、夫婦の長い道のり

――ワンオペ問題は多くの女性が抱えていると思いますが、どうやって抜け出したんですか?

大久保「夫との話し合いの中で、私が忙しいときは家事をして欲しいって言ったんです。そうしたら『いつが忙しいのかわないから、言ってくれないとわからない』と言うんです。そんなの、めちゃくちゃ忙しい時にいちいち全部指示してられないじゃないですか! 『じゃあ、家事を全部自分にまかせてもらったほうがいい』と言うから、まかせました。最初は罪悪感がすごくて、手を出しそうになって引っ込めてってことを数年やりました。

 でも実はその前に、料理以前の問題が山積みで、耐えきれなくなって離婚を前提とした話し合いをしたんです。人間関係って、友達でもなんでも『ここは嫌だな』『別れたいな』って思うことがあるじゃないですか。だけど私は口に出して言うことで争いになったり空気が悪くなったりするのが嫌で言ってこなかったんです。

女同士ならわりと空気読みあって伝わったりもするんですけど。でも本当に言わなきゃダメだというところまできたから、小出しにするようになったんです。でも『これやめて』っていうと『うん、やめる』って言って次の日に同じことをする。その繰り返しで結局ひとつもわかってないってことが続いたんです」

◆悪気はないけど「男が上」と思ってないか?と

大久保「家事も育児も、何を言っても『うんうん』と言いながらスルーするって、どういうことだと。やめてと言ってもやめない。人が嫌がっていることをしてなにも思わない人間性ってどうなのかなと思ったんです。

 悪気はないんですよ。でも『男は酒を飲んで少々面倒くさいことをしても、女はそれを笑って受け入れるものだ』みたいな潜在的な日本の男尊女卑思想が染みついているんですよ。それを言っても夫はポカンとして『何が悪いのか』って言うんです。だから、女の人は我慢を求められて、男の人は許されるっていう感覚のまま会社でも同じように行動しないようにとか、すごく言ったんです。女の社員さんに対してそういうことをしたら、今は大問題だと思うから、『自分は何をやっても許される』っていう考えから脱して欲しいとかなり説明しました。これは男女だけの問題ではありませんが。

 例えばこちらが何かを話していても、相づちもなくすぐ違う話を始めたりするんです。『そういうときはまず返事をして欲しい』とか、小さいことから全部指摘していきました。すべてにおいて、自分が上に立っているという意識がないかってことをずっと言いましたね。こういうと私、すごくうるさい人みたいですけど!」

◆小さなことからひとつひとつ言っていった

――旦那さんは嫌がらなかったんですか?

大久保「それが、嫌がらなかったんですよね。とにかく、とことん言ってもらわないとわからないから、言ってくれと。でも、話をするときはすごく悩みました。最終的には、小さなことからひとつひとつ直して私が求めることを聞いてもらえるのか、でも強制はしたくなかったので、自由にやりたいなら離婚して別々に生活するか、どちらか選んでくれって言いました。夫は『そこまでの話?』みたいな反応でしたけど……。でも、私もこれまで積み重なっていたものがあったので。離婚という言葉を出した時に、夫にとって初めて現実味が出たみたいなんです。それくらいのパワーワードだったみたい。本当に離婚しようと思ったし、そのつもりで動いてもいたんです。でもそこから夫がすごく変わってきたので、今に至るって感じですね」

◆世間体や葛藤から開放されてほしい

――離婚の話になってようやく夫の態度が変わるのも、あるあるですよね。ところで、すみれ先生はすごく完璧主義ですよね。みんなの“憧れのすみれ先生”のイメージをなんとしても崩さないように必死なところが気になりました。

大久保「そこがテーマでもあります。すみれ先生の世間体との葛藤とか真面目さ。解放されれば楽なのにって客観的にはわかるんだけど、自分のことになるとなかなか気づけない。

 私の中にずっとあったことなんですよね。『ダメな母親ではいけない』という気持ちがすごく大きかったんです。結婚して妻になったからには、夫に幸せになってもらわなければいけないとか、子どものために尽くさないといけないとかプレッシャーがすごく大きかった。だから料理がうまくできない時は、すごく彼が不幸なんじゃないか、後悔してるんじゃないか、悲しませているんじゃないかと思ってしまってつらかったんです。でもそれは勝手に私が思っていただけで、夫も子どもも何も気にしちゃいなくて(笑) 私はすごく自己肯定感が低かったんです。

『そこまで頑張らなくてもいいんだよ』『あなたのことを嫌いにならないよ』『むしろそうやってゆるんでいるあなたの方が魅力的です』ってくらいの思いがみんなの中にあれば手を抜けるし、楽になれますよね。サボってもそれでいいってなれば、お互いに認め合えるじゃないですか。自分に厳しいと、なかなかそうなれない、自分がゆるめられたら、すべて平和なんだと思うんですよ

 作品を読んでる読者さんは、『そんなたいそうな話じゃねえだろ』って思ってる気はしますけど、けっこう本気です(笑) まあギャグで笑ってもらえればそれでいいんですけど、単純にゆるんでもらいたいし、ゆるむことが世界平和かな、みたいな感じで」

【大久保ヒロミ】

1995年、『別冊フレンド』よりデビュー。大阪在住、2児の母。著書に『すみれ先生は料理したくない』(ぶんか社)、『人は見た目が100パーセント』(講談社)、『節約ロック』(講談社)などがある。

<取材・文/和久井香菜子>

【和久井香菜子】

ライター・編集、少女マンガ研究家。『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。英語テキストやテニス雑誌、ビジネス本まで幅広いジャンルで書き散らす。視覚障害者によるテープ起こし事業「合同会社ブラインドライターズ」代表

2021/5/3 15:45

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