<純烈物語>「観客の前で演る楽しさ」後上翔太を成長させた御園座の舞台<第94回>
―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―
◆<第94回>純烈ライブにとっても大きかった御園座 後上を成長させた「観客の前で演る楽しさ」
マネジャー・山本浩光の病状報告のあと、8曲目となる『失恋ピエロ』の途中だった。急に酒井一圭がモゴモゴ言い出し、曲のオケが進む中で「歌詞、忘れたわ」と苦笑を浮かべた。
久々にやる曲だったこともあるが、直後のMCコーナーでは「山本のおっさんのせいや。今日、ライブ前に取材が入ってるなんて聞いておらんかったし、それがあってこの曲のリハもできんで案のじょう、これや」と責任転嫁の達人ぶりを遺憾なく発揮。そしてこのド忘れムーブは、10年後あたりから始まる予定の「ボケ純烈」の予兆と位置づけた。
そうした発言でオーディエンスを笑わせる一方、現実的な部分とも向かい合っていた。じっさいのところライブ活動が点となり、線で結びつけることができなかった昨年の態勢のまま臨んでいたら「ヤバかった」と酒井は振り返る。
◆体力的にも精神的にも大きかった御園座公演
「今年に入って有観客を10本ぐらいやってきて感じたのは、御園座が本当に大きかった、あってよかったということです。僕個人としても、あそこで毎日稽古してやれたことと、グッチャグチャの体調でなんとか乗り越えられたことによって自信というか、どんなステージでも大丈夫だと思えた。
去年のライブができなかったブランクから渋公(観客1人ライブ)までの時期は頭と体が合致しない、体が純烈仕様ではなく普通の人というイメージになっていて。純烈のリーダーって、どんなだったっけかな?と思い起こしながら演じる感覚だったんです。それが今はマスクして、お客さんの人数も絞ってやりながらいろんなケースを経て、どんとこい!な純烈に戻ってきた感触がつかめている」
スポーツもそうだが、試合勘というものは継続しなければ身につかないし戻らない。2020年6月に無観客、11月に生配信でライブをおこなったものの、いずれも“単発”だった。
そのたびに肉体的、体力的な課題はメンバーも口にしていたが、4人が一本の線でつながった状態でのパフォーマンスという点ではそれぞれの“ライブ勘”が同じゲージにないとズレやほころびが生じてしまう。その意味で、歌とは違う形ながらも御園座の舞台は大きかった。小田井涼平も実情を明かす。
「この1ヵ月、みんなが同じことをやってきたのは、本当に失礼な言い方ですけどグループとしていいリハビリになりました。もちろん、リハビリのつもりでなんてやっていなかったけど、ライブをやる上でお芝居的要素が入ってくる可能性もあるし7月の明治座の公演も控えていたので、あのタイミングで全員が一つのものを作る場があったのはよかった。
どっちかというと去年から今年に入っても純烈はバラ売りが続いていたから、久しぶりにみんなが集まって一つの何かをやれるというのを、ここはこうだよとディスカッションしながら作っていけたのはありがたかったんです。それも自分たちだけじゃなく、ほかの役者さんたちがいたからよけいによかった。自分たち本意に転がらないから」
小田井の言葉を補足すると、そこにオーディエンスがいるという前提が加えられる。4人の共同作業ならば、配信ドラマや映画の撮影でもやってきた。
そこに観客の顏と気持ちがあるかないかで、パフォーマンスをする上での勘どころも変わってくる。ましてや小田井の場合、常に体力との勝負という現実もまとわりつく。
◆実はヘバっていた、2回公演の夜の部
「純烈を組む前にけっこう舞台はやっていて、もっと長い公演も経験はありました。ただ、今回の御園座は第2部に歌謡ショーも入っていたので、そことのバランスというか。(一日)2回公演の日はどこまでやれるかと探りながら、かといって手を抜きたくないので、午後のことも考えて午前の方は軽くしようということは考えずにやると課していました。それで夜公演は、けっこうフラフラだったんです。
ステージの上では見せないけど、はけた時はヘバっていましたね。里見浩太朗さんが『君たちは歌だけじゃなく、踊りもやらなきゃいけないから大変だね』と言ってくださったんですけど、その里見さんがあの御年齢でお芝居も歌もやっていらっしゃるんですから。純烈のライブもまだフル尺ではやっていないけど、45分の尺でやることに関しては自分の体にGOを出せるようになった。(今日の)60分も大丈夫だと思います!」
言うまでもなく、御園座は7月の純烈初座長公演・明治座に向けての大きなステップとなった。ただ、それにとどまらず“本業”の方にもプラスの影響を及ぼした事実がメンバーたちの証言から伝わってきた。後上翔太は「役者経験がない中での大舞台」というテーマと向き合った。
国民的超メジャー作品の水戸黄門とあれば、俳優や舞台役者であれば誰もが羨むチャンス。その価値がわかるからこそ、後上は「そこを直視しないように」と、持ち前の合理的発想でとらえたという。
本物の黄門様による座長公演ポスターの中で、自分が目立つ位置にいる。その現実をどう受け取ろうとも、起こり得る現象に変わりはない。
◆芝居の住人にギリギリでも引っかかっておけば客に届く
プレッシャーと感じることで魔法のように自分の演技力が上がるのであれば、いくらでも「ヤベー、ヤベー」と念仏のように唱える。けれどもじっさいはそうならないのだから、硬くなるよりも観客に楽しんでもらうのが大事という、基本スタンスに戻る方へ舵を切った。
「そう思えるようになったのは、稽古も終盤に入った段階でした。お芝居を見て水戸黄門の世界っていいな、歌を聴いて楽しかったなって思って帰っていただく。あの世界の中で、そこの住人にギリギリでも引っかかっておけばお客さんに届くと思っていました」
後上が時代劇をライブで演るのは、前川清座長公演で少しばかり経験した程度。それが今回は、自分に合うかつらを作ってもらったり衣装も着付してもらったり、身の周りの世話をしてくれる若い役者もついた。
その分、よけいにプレッシャーも膨らむ。ましてや村人という役どころは、時代劇っぽさがダイレクトに出る武士やなんらかの役職に就く登場人物よりもある意味難しい。
◆毎日の積み重ねは歌で学んできたこと
「和服の所作とか歩き方とか、ずっとやっているベテランの役者さんからすれば全然足りないとなる。歩き方からまず直さないと……という話です。村人には村人の立ち振る舞いがあって、時代劇的なスッと立つというような動きはやるな、それは武士の動きだからということを言われました。
威風堂々とゆっくり歩くとか、大股の方が時代劇っぽいのにそれはやっちゃダメなんですよ。現代よりも身分制度がハッキリしている時代だから、そこをキッチリとやらなければならないという話をやさしく、ていねいに教えてくださるんです。だから朝決められた時間にいってお芝居して唄を歌ってという枠組を全うすることを意識したし、その積み重ねが大事なんだなと。歌で学んできたことを、改めて実感しました」
スーパー銭湯ライブも営業のミニコンサートも、ステージの大小に左右されずやるべきことをやってきたのが純烈。それは水戸黄門の舞台になっても同じだった。エンターテインメントの根幹に必要な姿勢をこのタイミングで思い起こせたのは大きかったと、後上は頷く。
現代語と違う慣れぬ昔の言葉によるセリフは難しくなかったかと聞くと「そこはダメだったからよかったんです。ダメなら習ったことをそのままやろうという意識になれるじゃないですか。それでも忠実にはできてないんでしょうけど、今の言葉と違うから難しいとはならなかったですね」。こういった課題と、役者経験が豊富でなくとも向き合い、成長できた1ヵ月だった。
◆後上は俳優を目指したわけでないのにドラマ、舞台、そして映画に出演する役者に
気がつけば後上は、俳優を目指したわけでないのにドラマと舞台、そして映画に出演する役者となっていた。このあたりにも、酒井がメンバーに選ぶさい決め手となった“運”が発揮されている。
「いつか演じることが楽しいなと思えるようになればいいなとは思います。ただ、ドラマや映画と比べて舞台における楽しいというは、お客さんのリアクションがじかに味わえること。そこはお芝居がということより、純烈のライブで育ってきたので、舞台もライブだからお客さんが目の前にいるありがたさが楽しんでしょうね。同じシーンで同じことをやろうと心がけているけど、日によって反応が違う。そういう部分の楽しさ。
それが、お芝居が楽しいということなのかステージでやることが楽しいのかは、どちらかというと後者だと思うんです。(撮り直しが効かないのと効くのはどちらが得意か)現状はお客さんの目の前の方がいい。自分が多少やっちゃってもそこの世界観こみであって、お客さんは初見ならば比較対象がないじゃないですか。映像だと台本が頭に入っていて、目の前の見ている人がみんな玄人ですから」
役者経験が浅い分、演技やセリフがうまくいかなくてもやり直せるドラマや映画の方が比較的楽だろうと思われたので、後上の答えは意外だった。「もう一回!」が重なると、スタッフから「あー……頑張ってよ」という雰囲気が伝わってくる。
そこは「大丈夫、もう一回いってみましょうと」と気遣われるよりは「てめえ、フザケんなよ!」と怒鳴られた方がいいのだという。さらに、録ったあとも編集や音楽によって「助けられている」のが自分でもわかる。いや、そう受け取ってしまう。
それらを含めて一発勝負となるライブの方が合っていると後上は思うのだ。これをして“役者魂”と呼ぶのかどうかは、まだ自分でもわからないが。
東京お台場 大江戸温泉物語のステージから眺める風景と、御園座で水戸黄門の世界観に酔いしれる観客の顔がつながった。後上はオーディエンスの前で表現できる喜びを感じつつ、歌詞を忘れたことを他人のせいにするリーダーへ楽しげに突っ込んでいた。
撮影/ヤナガワゴーッ!
―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―
【鈴木健.txt】
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売
◆<第94回>純烈ライブにとっても大きかった御園座 後上を成長させた「観客の前で演る楽しさ」
マネジャー・山本浩光の病状報告のあと、8曲目となる『失恋ピエロ』の途中だった。急に酒井一圭がモゴモゴ言い出し、曲のオケが進む中で「歌詞、忘れたわ」と苦笑を浮かべた。
久々にやる曲だったこともあるが、直後のMCコーナーでは「山本のおっさんのせいや。今日、ライブ前に取材が入ってるなんて聞いておらんかったし、それがあってこの曲のリハもできんで案のじょう、これや」と責任転嫁の達人ぶりを遺憾なく発揮。そしてこのド忘れムーブは、10年後あたりから始まる予定の「ボケ純烈」の予兆と位置づけた。
そうした発言でオーディエンスを笑わせる一方、現実的な部分とも向かい合っていた。じっさいのところライブ活動が点となり、線で結びつけることができなかった昨年の態勢のまま臨んでいたら「ヤバかった」と酒井は振り返る。
◆体力的にも精神的にも大きかった御園座公演
「今年に入って有観客を10本ぐらいやってきて感じたのは、御園座が本当に大きかった、あってよかったということです。僕個人としても、あそこで毎日稽古してやれたことと、グッチャグチャの体調でなんとか乗り越えられたことによって自信というか、どんなステージでも大丈夫だと思えた。
去年のライブができなかったブランクから渋公(観客1人ライブ)までの時期は頭と体が合致しない、体が純烈仕様ではなく普通の人というイメージになっていて。純烈のリーダーって、どんなだったっけかな?と思い起こしながら演じる感覚だったんです。それが今はマスクして、お客さんの人数も絞ってやりながらいろんなケースを経て、どんとこい!な純烈に戻ってきた感触がつかめている」
スポーツもそうだが、試合勘というものは継続しなければ身につかないし戻らない。2020年6月に無観客、11月に生配信でライブをおこなったものの、いずれも“単発”だった。
そのたびに肉体的、体力的な課題はメンバーも口にしていたが、4人が一本の線でつながった状態でのパフォーマンスという点ではそれぞれの“ライブ勘”が同じゲージにないとズレやほころびが生じてしまう。その意味で、歌とは違う形ながらも御園座の舞台は大きかった。小田井涼平も実情を明かす。
「この1ヵ月、みんなが同じことをやってきたのは、本当に失礼な言い方ですけどグループとしていいリハビリになりました。もちろん、リハビリのつもりでなんてやっていなかったけど、ライブをやる上でお芝居的要素が入ってくる可能性もあるし7月の明治座の公演も控えていたので、あのタイミングで全員が一つのものを作る場があったのはよかった。
どっちかというと去年から今年に入っても純烈はバラ売りが続いていたから、久しぶりにみんなが集まって一つの何かをやれるというのを、ここはこうだよとディスカッションしながら作っていけたのはありがたかったんです。それも自分たちだけじゃなく、ほかの役者さんたちがいたからよけいによかった。自分たち本意に転がらないから」
小田井の言葉を補足すると、そこにオーディエンスがいるという前提が加えられる。4人の共同作業ならば、配信ドラマや映画の撮影でもやってきた。
そこに観客の顏と気持ちがあるかないかで、パフォーマンスをする上での勘どころも変わってくる。ましてや小田井の場合、常に体力との勝負という現実もまとわりつく。
◆実はヘバっていた、2回公演の夜の部
「純烈を組む前にけっこう舞台はやっていて、もっと長い公演も経験はありました。ただ、今回の御園座は第2部に歌謡ショーも入っていたので、そことのバランスというか。(一日)2回公演の日はどこまでやれるかと探りながら、かといって手を抜きたくないので、午後のことも考えて午前の方は軽くしようということは考えずにやると課していました。それで夜公演は、けっこうフラフラだったんです。
ステージの上では見せないけど、はけた時はヘバっていましたね。里見浩太朗さんが『君たちは歌だけじゃなく、踊りもやらなきゃいけないから大変だね』と言ってくださったんですけど、その里見さんがあの御年齢でお芝居も歌もやっていらっしゃるんですから。純烈のライブもまだフル尺ではやっていないけど、45分の尺でやることに関しては自分の体にGOを出せるようになった。(今日の)60分も大丈夫だと思います!」
言うまでもなく、御園座は7月の純烈初座長公演・明治座に向けての大きなステップとなった。ただ、それにとどまらず“本業”の方にもプラスの影響を及ぼした事実がメンバーたちの証言から伝わってきた。後上翔太は「役者経験がない中での大舞台」というテーマと向き合った。
国民的超メジャー作品の水戸黄門とあれば、俳優や舞台役者であれば誰もが羨むチャンス。その価値がわかるからこそ、後上は「そこを直視しないように」と、持ち前の合理的発想でとらえたという。
本物の黄門様による座長公演ポスターの中で、自分が目立つ位置にいる。その現実をどう受け取ろうとも、起こり得る現象に変わりはない。
◆芝居の住人にギリギリでも引っかかっておけば客に届く
プレッシャーと感じることで魔法のように自分の演技力が上がるのであれば、いくらでも「ヤベー、ヤベー」と念仏のように唱える。けれどもじっさいはそうならないのだから、硬くなるよりも観客に楽しんでもらうのが大事という、基本スタンスに戻る方へ舵を切った。
「そう思えるようになったのは、稽古も終盤に入った段階でした。お芝居を見て水戸黄門の世界っていいな、歌を聴いて楽しかったなって思って帰っていただく。あの世界の中で、そこの住人にギリギリでも引っかかっておけばお客さんに届くと思っていました」
後上が時代劇をライブで演るのは、前川清座長公演で少しばかり経験した程度。それが今回は、自分に合うかつらを作ってもらったり衣装も着付してもらったり、身の周りの世話をしてくれる若い役者もついた。
その分、よけいにプレッシャーも膨らむ。ましてや村人という役どころは、時代劇っぽさがダイレクトに出る武士やなんらかの役職に就く登場人物よりもある意味難しい。
◆毎日の積み重ねは歌で学んできたこと
「和服の所作とか歩き方とか、ずっとやっているベテランの役者さんからすれば全然足りないとなる。歩き方からまず直さないと……という話です。村人には村人の立ち振る舞いがあって、時代劇的なスッと立つというような動きはやるな、それは武士の動きだからということを言われました。
威風堂々とゆっくり歩くとか、大股の方が時代劇っぽいのにそれはやっちゃダメなんですよ。現代よりも身分制度がハッキリしている時代だから、そこをキッチリとやらなければならないという話をやさしく、ていねいに教えてくださるんです。だから朝決められた時間にいってお芝居して唄を歌ってという枠組を全うすることを意識したし、その積み重ねが大事なんだなと。歌で学んできたことを、改めて実感しました」
スーパー銭湯ライブも営業のミニコンサートも、ステージの大小に左右されずやるべきことをやってきたのが純烈。それは水戸黄門の舞台になっても同じだった。エンターテインメントの根幹に必要な姿勢をこのタイミングで思い起こせたのは大きかったと、後上は頷く。
現代語と違う慣れぬ昔の言葉によるセリフは難しくなかったかと聞くと「そこはダメだったからよかったんです。ダメなら習ったことをそのままやろうという意識になれるじゃないですか。それでも忠実にはできてないんでしょうけど、今の言葉と違うから難しいとはならなかったですね」。こういった課題と、役者経験が豊富でなくとも向き合い、成長できた1ヵ月だった。
◆後上は俳優を目指したわけでないのにドラマ、舞台、そして映画に出演する役者に
気がつけば後上は、俳優を目指したわけでないのにドラマと舞台、そして映画に出演する役者となっていた。このあたりにも、酒井がメンバーに選ぶさい決め手となった“運”が発揮されている。
「いつか演じることが楽しいなと思えるようになればいいなとは思います。ただ、ドラマや映画と比べて舞台における楽しいというは、お客さんのリアクションがじかに味わえること。そこはお芝居がということより、純烈のライブで育ってきたので、舞台もライブだからお客さんが目の前にいるありがたさが楽しんでしょうね。同じシーンで同じことをやろうと心がけているけど、日によって反応が違う。そういう部分の楽しさ。
それが、お芝居が楽しいということなのかステージでやることが楽しいのかは、どちらかというと後者だと思うんです。(撮り直しが効かないのと効くのはどちらが得意か)現状はお客さんの目の前の方がいい。自分が多少やっちゃってもそこの世界観こみであって、お客さんは初見ならば比較対象がないじゃないですか。映像だと台本が頭に入っていて、目の前の見ている人がみんな玄人ですから」
役者経験が浅い分、演技やセリフがうまくいかなくてもやり直せるドラマや映画の方が比較的楽だろうと思われたので、後上の答えは意外だった。「もう一回!」が重なると、スタッフから「あー……頑張ってよ」という雰囲気が伝わってくる。
そこは「大丈夫、もう一回いってみましょうと」と気遣われるよりは「てめえ、フザケんなよ!」と怒鳴られた方がいいのだという。さらに、録ったあとも編集や音楽によって「助けられている」のが自分でもわかる。いや、そう受け取ってしまう。
それらを含めて一発勝負となるライブの方が合っていると後上は思うのだ。これをして“役者魂”と呼ぶのかどうかは、まだ自分でもわからないが。
東京お台場 大江戸温泉物語のステージから眺める風景と、御園座で水戸黄門の世界観に酔いしれる観客の顔がつながった。後上はオーディエンスの前で表現できる喜びを感じつつ、歌詞を忘れたことを他人のせいにするリーダーへ楽しげに突っ込んでいた。
撮影/ヤナガワゴーッ!
―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―
【鈴木健.txt】
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売
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