映画『この世界の片隅に』 “生”を通して戦争を描く、リアルだけど優しいタッチの傑作のあらすじと解説

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こうの史代が『夕凪の街 桜の国』に続いて「戦争と広島」を描いたベストセラー・コミックを劇場用アニメ化した『この世界の片隅に』(2016)。軍港都市・呉を舞台に、広島市から嫁いできた18歳の少女・すずの目を通して、戦時下に生きる人々の姿を温かく丁寧に描いた秀作だ。この作品のあらすじと魅力をご紹介しよう。

『この世界の片隅に』あらすじ(ネタバレあり)

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昭和8(1933)年、広島市。想像力が豊かで絵を描くのが得意な少女・浦野すず(のん)は、自分が体験した出来事に創作を交えて絵物語のようにするのが得意だった。ある日彼女は、お使いに行く途中で「ばけもん」にさらわれ、背負っていた籠の中に入れられる。そこで同じようにさらわれた見ず知らずの少年・周作と出会ったすずは、ばけもんを気絶させて周作と一緒に逃げ出すことに成功する。
翌年の夏、祖母の家に遊びに行ったすずが昼寝から目を覚ますと、目の前に見知らぬ少女がいた。少女は食べるに困っていた様子だったが、すずがその場を離れた間に姿を消していた。
太平洋戦争が始まって2年経った昭和18(1943)年、18歳になっていたすずに突然縁談が持ち上がる。相手は呉に住む青年・北條周作(細谷佳正)。数ヶ月後、すずは周作と結婚し、呉の北條家で新しい生活を始めた。すずは、見ず知らずのはずの周作と昔どこかで会ったような気がするが、はっきりとは思い出せなかった。
周作の姉・径子(尾身美詞)は夫が病死したため嫁ぎ先から離縁され、跡取りである息子を嫁ぎ先に残して娘の晴美(稲葉菜月)を連れて北條家に帰ってきていた。不器用ですぐにぼんやりしてしまうすずは家事でも失敗続きで径子から毎日のように小言を言われたが、晴美はすずに懐いた。戦況が次第に逼迫し、物資が不足して配給もだんだん乏しくなる中で、すずは知恵を絞って食料不足を乗り切り、持ち前のユーモアも手伝って次第に北條家や近所の人々に受け入れられていく。
闇市からの帰り道に遊郭街に迷い込み遊女のリン(岩井七世)と知り合いになるなど、不自由ながらもさまざまな出来事が起こるすずの毎日。ある日、彼女の幼なじみの哲(小野大輔)が北條家を訪れる。海軍に入隊した哲とゆっくり話せるように、周作はすずと哲を二人きりにする。すずは話に花を咲かせながらも自分が周作を真剣に愛していることに気づくが、同時にここまで余計な気を回した周作との間に心の溝を感じ始める。
日本の戦況が悪化するに従って、軍港都市である呉もアメリカ軍の空襲をたびたび受けるようになる。昭和20(1945)年6月、空襲に遭遇したすずは目の前で晴美を亡くし、自分も右手を失ってしまう。晴美を守れなかったことを径子に責められ、いよいよこの家での居場所がなくなったことを実感したすずは、見舞いにきた妹のすみ(潘めぐみ)から地元の夏祭りが行われる8月6日に実家に帰るように勧められる。思い悩んだ末、すずは北條家を出て広島の実家に帰る決心をする。
8月6日の朝、所用で出発を遅らせたすずは径子と和解し、北條家を出ることを思い留まる。だがその直後、彼女たちを閃光と衝撃波が襲った。爆心地から約20km離れた呉の北條家へも、広島市に投下された原子爆弾の影響が感じられたのだ。そして8月15日、ラジオで終戦の玉音放送を聞いたすずは、今までの苦難が何のためだったのかという悔しさから泣き崩れる。
翌年。すずの両親は死去し、すみは祖母の家に身を寄せていた。ようやく広島市内に行くことが出来たすずは、原爆症になっていたすみを励ます。その帰り、焼け野原となった広島の街の中で、すずは「この世界の片隅で自分を見つけてくれたこと」への感謝の気持ちを周作に伝える。その直後、二人の前に戦災孤児の少女が現れ、すずにまとわりついて離れない。二人は少女を北條家に連れて帰った。一家に心からの笑顔とぬくもりが戻った。

「生きること」を描くことで戦争の悲惨さを浮き彫りに

日本の戦争映画、特に広島や長崎の原爆投下を扱った作品は、大半が重苦しく陰鬱だ。もちろん、戦争というものの本質や犠牲になった人たちのことを考えたら、そのような作りになるのは当然と言えるだろう。しかし、この作品(原作も)は、従来のそうした作品のイメージとは若干違っている。戦時下の一般市民の生活を、徹底したリサーチに基づいて丁寧に描くことが中心になっているのだ。そこにはユーモアすら漂う瞬間があるが、これこそまさに戦時下でも変わることのない「人間の日々の営み」だ。そして、それをきちんと描いていくことを積み重ねてこそ、そんな日常に、家族や親しい人たちの死が徐々に増えていく様子も描くことで、「市民にとっての戦争」が表れてくる。これが、戦争を体験した世代にも、戦争を知らない世代にも本作が受けた理由の一つかも知れない。
監督の片渕須直から映画化の請願を受けたこうのは、実は片渕が以前手がけたテレビアニメ『名犬ラッシー』に深い感銘を受けていて、大喜びで快諾したと言う。映画化にあたってクラウドファンディングが募られたが8日で目標達成、最終的には3ヶ月弱で目標の倍近い資金が集まったという。
また、片渕はさらに膨大で細かな調査を行なって考証を徹底させた。空襲シーンでは迎撃の高角砲に着色弾が使用されていたことも再現し、色彩豊かな空襲シーンというまさに従来の戦争映画では見られなかった(でも史実に忠実な)描写が行なわれた。また、途中で登場する戦艦大和の入港シーンでは甲板にいる水兵の手旗信号まできちんと再現されたが、孫に連れられて鑑賞した海軍在籍経験者のおじいさんがそれを(ちゃんとした文章として)解読したという逸話がSNSに上がるなど、その調査力と再現力の高さはさまざまな形で話題になった。
ヒロインの声を担当したのんは独立に関するトラブルで1年近く休業状態だったが、片渕からの熱烈なオファーを受け、見事にその期待に応える好演を披露した。

SNSと口コミが一大センセーションを巻き起こす

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』DVD(発売元;バンダイナムコアーツ)

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公開を前にしてもあまりマスコミには取り上げられなかったものの、試写を観た有名人や有識者がSNSなどで絶賛したことから徐々に話題になり、当初は小規模の公開ながら東京を中心に異例の大ヒットで発進した。一般公開で観た人々がさらにSNSや口コミで高評価を発信したことから全国的に話題になり、数ヶ月前から公開されていて社会現象を起こしていた『君の名は。』に迫る勢いを見せ始めた。
作品に感銘を受けた人が熱心なリピーターになったことに加え、それらの人々が家族や知人を連れて来たことが、異例のロングラン・ヒットの原動力になったと見られている。また、前述のように、戦争を経験した祖父母などが描写のリアルさから当時を思い出し、自分たちの体験を話して孫たちに「語り継ぐ」機会を生むということも多数あったと言う。
本作は国内だけでなく海外でも多くの国で上映され、数多くの映画賞を獲得した。2018年には若手人気女優・松本穂香の主演でテレビドラマ化されるなど。本作のブーム的な流れは数年にわたって続いた。そして、空前のヒットを受けて、予算の都合などで製作できなかったシーンなど約40分を追加した『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(2019)が製作・公開された。

原作の志を尊重し、さらに映画としての質を上げるために気が遠くなるような手間暇をかけた作り込みが行なわれた。そのような努力と志の高さ、そしてそれを応援する全国のファンの支援によって、まさにこの映画も「語り継がれる」存在になったのだ。

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