「意外と誰も見抜けないのよ…」三十路女が、男性の気を引くためにつく嘘

Vol.6 物にまつわるストーリー


名前:ハルカ(34)
職業:大手IT企業勤務


最近はタブレットを渡されて客が好きな雑誌を読む方式のお店が多くなったけど、ちょっと前まで、美容院でどんな雑誌を渡されるかは、結構試されている感じがしたものだ。

できれば、自分の実年齢より若い層向けのハイクラスなファッション誌がいい。

それがかなわないなら、年相応のファッション誌。

最悪なのは、節約術がテーマとなっている生活情報誌を手渡されることだ。鶏むね肉や鯖缶の活用法なんて、美容院で知る必要はない。私ってそんなに所帯じみてる…?と内心ムッとしたこともある。

さて、ここ数年通っている美容院もタブレット方式に切り替えたので、そんな緊張感はなくなった。

会社帰りの私は、座り心地のいい椅子に疲れた体を沈め、店内に響くリズミカルなはさみの音を聞きながら、のんびりファッション誌を眺めることにした。

― あ、『ファビュラス レディ』の最新号が出てる!

タップして、毎月必ずチェックしているコラムまでページを進めた。

『トーコのWhat’s New?』というその連載は、人気スタイリストのトーコが私物を紹介するコーナーだ。スマホで撮ったっぽい素人くさい写真が、逆にリアルで好評を博しているらしい。

謎めいたスタイリスト・トーコの正体は…?

今月のコラムは、こんな文言で始まっていた。

『20歳のときに、母から受け継いだシンプルなパールのネックレス。

祖母から母へ、そして私に。背伸びをして買ったハイブランドのジュエリーもいいけれど、MIKIMOTOのパールを身に着けると、2人に見守られているようで、背筋もしゃんと伸びます。

大一番の仕事の日、大切な記念日、上質なパールの艶が私の未来まで照らしてくれる気がして、ついつい選んでしまうお守りジュエリーです』

ほっそりとした指にパールのネックレスを絡ませた写真が掲載されていた。

私が読んでいるページに気が付いて、担当の若い美容師が話しかけてきた。

「あ、トーコのコラム、私もいつも読んでます~。憧れちゃいますよね」

「そ、そう?」

「トーコって生活にゆとりを感じさせるけど、プロフィールはちょっと謎めいてますよねぇ。どんな人なのかなぁ」

美容師はそんなことを言いながら、生え際についたカラー剤を手際よくふきとると、「じゃ、このまましばらくお待ちくださいね~」と去っていった。



「ちょっと!コラム読んだわよ。いくらなんでも図々しいんじゃないの?」

「あ、もうバレちゃった?」

帰宅後、苦情を言うと、妹は大げさに舌を出して笑いながら、「まあ、飲みなよ」と缶ビールを渡してきた。

そう、人気スタイリスト・トーコの正体は、私の4つ下の妹なのだ。

北関東の実家から2人とも上京しているのだが、半年前、彼氏と同棲を解消したフユコは、私の1LDKのマンションに転がり込んできた。

お金はあるだろうに、のらりくらりと言い訳して出ていかないものだから、手を焼いている。

「あれは私がおととしのボーナスで買ったネックレスじゃない。勝手に写真撮ったでしょ。何が『代々受け継がれてきたお守りジュエリー』よ!」

「いや~、持つべきものは一部上場企業で働く高給取りの姉だわ。ご協力、ありがとう」

大体、妹の名前はトーコではない。冬子と書いて、当たり前にフユコと読む。春生まれの私はハルカ、冬生まれの妹はフユコ。コンビの漫才師みたいだと、子どもの頃はよくからかわれた。

「あんただって自分のお金でいろいろ買ってるんだから、それを載せればいいじゃないの。なんで嘘を書くのよ」

「お姉ちゃん、わかってないなぁ」

昔からそうなのだが、この妹は成績こそ振るわなかったが要領は抜群によく、私のことを何かと世間知らず扱いする。

「あのね、ヴィトンのグループがコロナ前の売上高を抜いたんだって」

― それと私のネックレスと何の関係があるの?

「つまりさ、ブランド品は憧れだけど、その分、持っている人も多いっていうこと」


ちょっと前まで、俗にいうキラキラアカウントが入手したブランド品をSNSに誇らしげにアップしていたが、ああいうのはもう古いらしい。

「手に入れるだけなら、百貨店で買おうが、ネットで並行輸入品を買おうが、どこかのオジサンに買ってもらおうが、同じことでしょ。今大切なのは、そこにどんなストーリーがあるかよ」

ジュエリーひとつにしても、自分で買ったものより、「一家で代々受け継がれてきた」というストーリーがあるもののほうが、価値があるってことか。

「そういうこと。パールはデザインでいつ買ったかバレないからいいよね。助かっちゃった」

「…でも、それって何だか嫌な感じ」

一応姉として、苦言を呈した。自分をちょっとした良家の出のように見せかけるという嘘は、聞いていて気持ちのいいものじゃない。

フユコは軽く肩をすくめた。

「仕方ないじゃない。憧れのトーコで居続けるのも、いろいろ工夫が必要なの」

それにね…、とフユコは続ける。

「お姉ちゃんも試してみるといいよ。バッグとか洋服でも、母から譲り受けたモノなんです、って男の人に言ってみて。インスタでも結構使われてる手だよ。驚くほど好印象を与えられるから!」

フユコによると、何げない一言に、「実家の裕福さ」「良好な親子関係」「いいモノを大切に使う品の良さ」など、イメージをぐんと上げるポイントが詰まっているのだという。

「ママから借りたバーキン」なんてのが、その最高峰にあるのだそうだ。

そんなに単純なものかしら、と思いつつも、私も今度その手を使ってみることにした。

そんな、フユコが一番大切にしているものとは?



フユコが突然「家を見つけた」と報告してきた。ようやく居候生活を終える気になったらしい。

その日、家に帰ると、リビングにはいくつかの段ボール箱が転がっていた。

フユコはアフリカンプリントのバンダナを使って無造作にまとめた髪形で、せかせかと荷造りをしている。この妹はすごい美人ってわけじゃないけど、そうした格好も何とはなしに魅力的だなぁ、とちょっと見惚れてしまった。

荷造りといっても、元カレのマンションを出てうちに引っ越してきたフユコの荷物といえば、服や化粧品といった身の回りのものだけだ。まあ、職業柄、それがかなりの量なんだけど。

「いい機会だから、断捨離しようと思って」

「ときめく」か、「ときめかない」かで断捨離していく有名なメソッドを採用したらしいフユコは、服やバッグ、靴を一つひとつジャッジし始めた。

「ときめく」場合は荷造り用の段ボールに詰め込み、「ときめかない」場合は床に積み上げていく。

私もアイスを食べながら、「似合う!」「いまいち!」など適当に声を上げた。


フユコときたら、ハイブランド品を惜しげもなく「ときめかない!」と宣言して、不用品にしてしまう。後でリサイクルショップに売るんだそうだ。

― こういうところがやっぱりスタイリストっていうか、おしゃれに命をかけてるのよねぇ。

私だったら、あのとき〇〇万円出して買ったのに、売っても〇〇円くらいにしかならない…と思って、ずるずると使い続けてしまいそうだ。

さくさくとジャッジは進み、最後に残ったのは淡いピンク色のハンドバッグだった。

それは、イヴ・サンローランやロエベといった、フユコがお気に入りでよく使っているハイブランドのバッグとは、かなりテイストが違った。

社会人になったばかりの女の子や女子大生が持つような庶民派ブランドのものだ。

― あー、これは「ときめかない」だろうなぁ…。

ところが、予想に反して、フユコは何も言わずに、そのピンク色のバッグを段ボール箱に入れた。

「え?それ要るの?」

思わず声が出てしまった。振り向いたフユコの顔は少し赤い。

「これはいいの。持っていく」

「なんで?」

フユコは私のその言葉には取り合わないで、段ボール箱にガムテープを貼って封をしてしまった。

「あんまり似合わないと思うけどなぁ」

「……から」

蚊の鳴くような声でフユコが何事かつぶやいた。

「え、なあに?」

聞き返すと、フユコはやけくそのように大きな声を出した。

「それ、ナオキにもらったやつだから!」

呆気にとられてしまった。ナオキというのは、フユコが半年前に同棲を解消した元カレの名前だ。

「…だからさ、物の価値は、そこにどんなストーリーがあるかで決まるって言ったでしょ」

フユコはふくれっ面で言う。

― なるほど。恋愛の思い出がバッグの価値を上げてくれたってわけね。それにしても、フユコのほうから別れたとばかり思ってたわ…。

「あーあ、ナオキの好みって、そういうバッグが似合う女だったんだろうなぁ…」

そうつぶやくフユコは、子どもの頃と同じ顔をしていた。

そうだった。この妹はちゃらんぽらんなようで、案外負けず嫌いだし、情が深い。まあ、でもこの家を出ていくってことは、少しは立ち直ってきたんだろう。

「へえ…あんたも可愛いところがあるのねぇ。そうだ!次のコラムはそれ書けば?」

我ながら名案だと思ったが、フユコは私の提案を一笑に付した。

「トーコは、フユコとは違うの。こんな思い出が詰まったバッグは、きっぱり捨てちゃうタイプの女よ」

すがすがしい顔をして新生活の準備をするフユコに、何だか言いそびれてしまった。

最近、あのパールのネックレスを、「母から譲り受けたもの」だと周りに言いふらしていることを…。



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