「蒲田に住んでるって言いたくない」年収550万の女が、引っ越し先に選んだ"穴場"とは…?
住んでいる街によって、人生は変わり、また人も変わる。
2020年、東京の街は大きく変貌した。
店は閉まり、代わりにフードデリバリーの自転車を頻繁に見かけるようになった。また時差通勤やテレワークが導入され、ラッシュ時の人は減った。
では、東京に住む女の人生は、どう変わったのだろうか? エリア別に、その実態に迫る。
今回は品川区大崎在住・麻衣(26)の話。
▶前回:40歳で離婚、子持ちのシングル女に。代官山で家賃30万を支払う重圧に耐えかねて、結局…。
「暇だなぁ…」
木曜18時。特に見たいものがあるわけではないけれど、なんとなく流しっぱなしにしているNetflixをダラダラと見ながら、つい声が出る。
大崎駅から徒歩10分のところにある1K、家賃11万6千円の狭い部屋で、彼氏がいないフリーの私は、暇を持て余していた。
以前ならば、この時間は大忙しだった。
仕事後に連日入っていた食事会やデートの約束、ネイルやエステ…。
だがここ1年でリモートワークにシフトし、出勤がないのでその分時間は余る。
食事会の頻度はガクッと減り、ひとり暮らしで彼氏ナシとなると、外へ出る機会も減る。そうなると着飾る気力がなくなり、自分磨きの時間も減る。
「遼は、今何をしているかな…」
暇で出会いもないせいだろうか。ここ最近、1年ほど前に”低スペック“と見切って別れた元彼のことばかり考えてしまう。
忙しい時には気がつかなかったが、暇になると忙しさは人生の充実度だったと気がつく。
だから低スペックだと見限った男が、実は超優良株だったことにも、後から気づくのだろうか。
自分と向き合う時間が増えた女が新たに見つけたこととは?
同じ年の遼とは学生時代から付き合っていたが、別れたのは私のせいだった。
彼は大学院へ進学したので、私のほうが先に社会人になった。
私の職場は女だらけなので、たびたび食事会に誘われるようになり、東京の楽しい世界を知ってしまったのだ。
食事会の相手は外銀や外コン、商社マンにパイロット、経営者にスポーツ選手…と多岐に渡ったが、すべての出会いが新鮮で、とにかくキラキラと輝いてみえた。
「麻衣ちゃん、まだ25歳なの?可愛いね。」
「社会人になって3年目かぁ。今が一番楽しい時だよね。どこか行きたいお店あれば、連れて行ってあげるよ」
年上の男性からの甘い囁きに、私は酔いしれた。行きたいと言えば高級店に連れて行ってくれる男性たち。デート後にタクシー代をくれる人もいる。
私は、知ってしまったのだ。
この東京には、高収入な男性がたくさんいることを。
そしてハイクラスな男性たちと知り合えば知り合うほど、まだ学生の遼が急に色褪せて見えてくるのは、当然のことだった。
デートもお金がないので遼の家か、私の家しかない。レインボーブリッジも東京タワーも見えない、高田馬場にある狭い遼の家へ行くのがだんだんと嫌になってきた。
「遼。この部屋、引っ越さないの?」
「卒業するまでは無理だよ。今は研究で忙しいし」
もちろん車も持っていないから、遠出もできない。高級店でのデートなんて、夢のまた夢だ。そんな遼が惨めに見えて、1年ほど前に私は別れを告げた。
「ごめん。私、遼よりもっと素敵な人がたくさんいるって気がついちゃった」
「麻衣…。もう少し待てない?卒業したら、僕も追いつくから」
「ごめん、待てないよ。私、幸せになりたいから」
「麻衣の考える幸せってなに…?」
私の考える幸せは、たくさんの愛情に包まれながら高収入の男性を捕まえて結婚し、東京で好きな物を何不自由なく買えるような、人よりいい暮らしをすること。
「私、もっと上を目指したいの」
そして心機一転するべく、蒲田から、ここ大崎へ引っ越してきた。
けれども、これがすべての失敗だったのかもしれない。
以前は出張が多かったので、品川駅にも空港にも近いこの街が非常に便利だった。
街が比較的新しいため全体的に整備されており、綺麗で治安もいい。タワマンも多くて、幸せそうな若い家族連ればかり。
また港区や渋谷区と比較すると家賃相場も少しだけ下がるため、私のようなひとり身でも大丈夫だ。
『ゲートシティ大崎』などの飲食店が入ったオフィスビルも多く、平日昼間は賑わっている。
しかし大崎には、特筆すべきものがない。
基本的にオフィス街のため、自粛期間中は本当に街が静かだった。子どもたちが公園で遊んでいる声は聞こえてくるものの、通勤客が一気に減り、寂しいと感じるほど。
そもそも私が大崎に引っ越してきた理由は、見栄でしかなかった。自分の年収だと住めるところが限られてくるので、港区は高すぎて無理だ。
ただ「蒲田です」と言うのが嫌になってきて、品川区で、しかもタワマンの印象が強い大崎を選んだのだ。
でも今は、この街にいる自分が寂しい。ひとりで暮らすには、あまりにも無機質な街。
「なんとかしないと…」
コンクリートジャングルで、身も心も荒んでいく。焦りだけが募る。
― このまま無駄に年を重ねていくの?そんなのは絶対に嫌だ。何かしたい。でも、その“何か”がわからない…。
そんな時、私の人生が大きく動き始めた。
会社が、副業OKになったのだ。
思わぬ会社の方向転換で、一歩踏み出せた麻衣に待ち受けていた未来とは…
するとタイミングを見計らったかのように、元同期の友人・鈴(すず)から声をかけられた。
「麻衣。よければ、私のアシスタントになってくれない?華やかに見えて結構体力勝負なところがあるんだけど…」
同期だった鈴は早々に会社を辞め、今はフローリストとして活動していたのだ。
「アシスタント…?」
最初は、馬鹿にされているのかと思った。同期だったはずなのに、アシスタントで採用となると、明らかに立場が下になる。
ただそんなくだらないプライドや見栄よりも、お金は大事だ。今私の年収は550万、いくらあっても足りないくらい。それに何よりも人生に刺激と、やりがいを求めている自分がいた。
「やる!鈴、声かけてくれてありがとう」
今までとは、まったく違うジャンルの仕事。
花のことも、花を取引先へ搬入する方法もわからない、ド素人でしかない私。でも気持ちをリセットし、イチからやり直した。
手は荒れるし作業は辛くて大変だし、腰にも来る。鈴の言うとおりまったく華やかではない、ひたすら地味な裏方作業が続く。
でもフローリストのアシスタントをしてみると、とても楽しくて、心が満たされていった。
本業と副業のアシスタントで忙しくしていると、毎日があっという間に過ぎていく。
家で何もせずに、ただテレビをダラダラ見てゲームをしていただけの時間が減り、その分、花の勉強に時間を費やすようになった。時間を無駄にしている暇はない。
毎日の生活に、彩りが蘇ってきたのだ。
◆
「あぁ〜今週も忙しかったなぁ」
久しぶりに何もない、土曜の午前中。家の近くの目黒川を散歩しながら空を見上げると、緑豊かな木々の葉が、ざわざわと音を立てている。
「新緑のいい香りがする…」
何の思い入れもなかった無機質な街。同じ街のはずなのに、今日は違った景色に見えてくる。
大崎は目黒川が流れているため川沿いにはたくさんの優しい緑が溢れている。
いつもは見過ごしていた、大事な景色。
でも日々の意識を少し変えるだけで、同じ景色を見ていても感じるものは全然違うらしい。
そよ風に吹かれながら、ふと考える。
本当の、豊かさとは何だろうか、と。
今まで、私は男性のスペックしか見ていなかった。愛とか恋とか、そんなものはどうでも良かった。
だけど少し見方を変えれば、それよりも大事なものがたくさんある。遼は、学生時代からずっと一途に大切にしてくれていた。
お金がない中で、一生懸命愛してくれていた。
「遼に、会いたい」
自分勝手なことはわかっている。でも、今なら素直に向き合える。そしてちゃんと、まっさらな気持ちで伝えられるはずだ。
— プルル。
2コール目で、遼が出た。
ちゃんと、伝えよう。「ありがとう」と、「ごめんね」を。
自分が満たされていれば、どうでもいい見栄やプライドは消えるらしい。
“特筆すべきものがない”と見切っていたこの街も見方が変わったように、人への見方も、自分次第で変わってゆくのだ。
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