上司から与えられる、“無償の愛”。24歳OLの人生が狂い始めた夜の出来事
東京の平凡な女は、夢見ている。
誰かが、自分の隠された才能を見抜き、抜擢してくれる。
誰かが、自分の価値に気がついて、贅沢をさせてくれる。
でも考えてみよう。
どうして男は、あえて「彼女」を選んだのだろう?
やがて男の闇に、女の人生はじわじわと侵食されていく。
欲にまみれた男の闇に、ご用心。
◆これまでのあらすじ
埼玉で地味な日々を送っていた秋帆は、ひょんなことからwebの広告代理店に採用される。社長の黒川にデパートに連れていかれ、大量のプレゼントをもらうが…?
▶前回:出会って3分、IT社長に見初められた地味女。彼に与えられた「衝撃の仕事」
― なんて気持ちが良いんだろう…。
広々としたバスタブで、秋帆はつい眠ってしまいそうになった。首を振って意識を取り戻す。
ミストサウナ付きの浴室なんて初めてだった。どんなものだろうとスイッチを入れてみると、まるでエステのような気持ち良さ。すっかり虜になってしまい、かれこれ1時間以上もお風呂に入っている。
サウナの合間に、すでに浴室に用意されていたジョンマスターオーガニックのボディソープで身体を洗う。
さわやかな香りがバスルームいっぱいに広がった。
― ちょっと浸りすぎちゃったかな…。
1時間以上も入っていると、さすがに頭がぼんやりしてきた。鏡を見ると、顔もかなり上気している。
浴室から出た秋帆は着替えると、ぼんやりした頭を夜風で冷やそうと、窓を開けてバルコニーに出る。
「わぁ…。なんて綺麗なんだろう」
思わず感嘆の声が漏れてしまう。視界いっぱいに、吸い込まれそうなほど美しい夜景が広がる。
時間も忘れてうっとりと見つめていた秋帆だが、「そうだ」と、あることを思いつく。
― 久しぶりにインスタにでもアップしようかな。
ここ半年は、アップするほどの出来事もなかったので更新していなかった。
だが今、こんなにも”映える”景色を前に、投稿しないわけにはいかない。秋帆はパシャパシャと夜景を写真に収めた。
― ついでに、黒川社長が連れて行ってくれた鉄板焼きも載せちゃお。
”自宅マンションからの夜景!きれいでずっと眺めちゃった”
”歓迎会で、銀座!アワビもお肉も超美味しかった”
こんなコメントをつけて、何の気なしにアップしたのだった。
遡ること半日。黒川と買い物を終えた秋帆に起こった予想外の出来事とは?
超リッチな社員寮
遡ること、半日。秋帆は、与えられた“社員寮”に、初めて足を踏み入れた。
「こちらでよろしいですか?」
タクシーがゆっくりと減速したのと同時、運転手が声をかけた。
「え?」
窓の外に目をやった秋帆は、立派なマンションのエントランスに言葉を失う。慌てて業務用のスマホを確認すると、黒川から新たなメッセージが届いていた。
『黒川隆:部屋の鍵はコンシェルジュに預かってもらっています。話はしてあるので、後から送る番号に電話して、鍵を受け取ってください』
― コンシェルジュ…?
秋帆の頭は混乱する。マンションにコンシェルジュとは、一体どういうことだろう。ここはホテルなのだろうか。
そんなことを考えていると、運転手が、「メーターを止めても良いでしょうか?」と、おずおずと尋ねてきた。
「あっ、ごめんなさい…。ここで良いです」
タクシー代の2,500円を取り出そうとすると、運転手は「タクシーチケットで頂いてますから」と、制止した。
秋帆は、この世にはタクシーチケットなるものがあり、事前に支払いができると知る。
「それより、お荷物どうしましょうか…」
運転手が、トランクと後部座席を指差す。
黒川に買ってもらった大量の買い物袋は、一人で運び出せる量ではない。
「ちょっと待っててください…!」
台車を借りるなりしないと。秋帆は、小走りでマンションへと飛び出した。
「この部屋が、社員寮…?」
つい本音がこぼれ出た。エントランスや外観にも驚いたが、部屋に足を踏み入れてその驚きは増した。
いわゆる1LDKなのだが、とにかく広い。
正直なところ、会社の“寮”というもの自体にあまり期待していなかった。大企業でさえも郊外にあると聞いていたから、まさかこんな都心の高級マンションが与えられるとは。
大きな窓から、眩しいくらいの光が差し込む。その開放感に、秋帆は再び言葉を失った。
リビングには、座り心地抜群のソファやおしゃれなローテーブルが置かれている。
ダイニングテーブルは、4人分のチェアが用意されていて、中央にはセンス良くフラワーアレンジメントが飾られているのだ。
キッチンにも、一通りの調理器具や食器、ワイングラスも置かれている。
うっとりと部屋の中を眺めていた秋帆が、ふと壁にかけられた時計に目をやると、時刻は15時。
「やばい!会社に戻らなくちゃ」
黒川からも、買い物袋を置いたら会社に戻るよう言われている。秋帆は慌てて家を出た。
「行ってらっしゃいませ」
恭しく頭を下げたコンシェルジュに軽く会釈し、秋帆はスマホを取り出して地図アプリを起動させる。
「ちかっ…」
ぐるりと見回すと、確かに見覚えのある風景だった。会社までは、たったの100メートル。このマンションは、通りを2回曲がっただけのところだったのだ。
秋帆は急ぎ足でオフィスへと戻った。
◆
「新居はどうだった?気に入ってくれたかな」
息を切らせながらオフィスに戻ると、黒川が声をかけてきた。
― 黒川社長、すでに戻っていたなんて…。
マンションの美しさに気を取られてのんびりし過ぎたと、秋帆は焦る。
「す、すみません…!」
初日からやらかしてしまった。秋帆が何度も頭を下げて謝罪すると、黒川は予想外のことを口にした。
「白田さん、足が速いんだね」
「…?」
秋帆は何を言われているのか分からず、首を傾げた。
「だって、家からここまで走って来たんだろう?近いとはいえ、2分で到着するとは驚いたよ。
仕事はマイペースにやってくれれば良い。必要な時には、僕から適宜、”確認”させてもらうからね」
たしかに、マンションからオフィスまで、ヒールやスカートを履いていることも忘れて暴走してきた。まさかその姿を見られていたのだろうか。
「お見苦しいところ、失礼しました…」
秋帆の言葉に、黒川は「お見苦しいところ?」と聞き返したが、すぐに話題を変えた。
「そうだ。この後、ささやかだけど歓迎会をしたいんだ。よろしく」
そう言い残して、黒川は立ち去ってしまった。
秋帆を採用した黒川。彼の思惑とは一体…?
マイドール
社長室に戻った黒川は、iPadを眺めてニヤリとほほ笑んだ。
画面には、秋帆の位置情報が履歴とともに映し出されている。
彼女に渡した”業務用スマホ”は、行動をすべて監視できるように設定してあるのだ。
”業務上必要”ならば、プライバシーの侵害には当たらない。社員寮を与えたのも同じ理由だった。
”コンコン”
窓の外に見える秋帆のマンションを眺めていると、誰かがドアをノックしたのが聞こえた。
“コンコン”
「どうぞ」と言いながら、黒川は履歴書を裏返した。人事部長がヘラヘラとした様子で入ってくる。
「白田さん、やけに嬉しそうに帰ってきましたけど。どうしたんですか?」
「さぁ。なにかいいことでもあったんじゃないか」
黒川がそっけなくいうと、彼は「へえ」と、笑った後、用件を告げた。
「“彼女”の手続きは、特に問題なく終わりました。手切金も渡しましたし、問題を起こすようなことはないでしょう」
「ありがとう。君には感謝しかないよ」
黒川は頷きながら、指で数字の8を示す。これは、良くやってくれた社員に黒川が出す合図だ。
来月は、給与とは別に特別賞与の80万を与えるという意味だ。
その貢献度に応じて、1〜10、つまり10万〜100万までのあいだで報いている。
頭を下げた人事部長は「どこまでも黒川社長について行きますよ。地獄の果てまでも。ハハハ」と笑った。
「これからもよろしくな」
◆
その夜。
秋帆は黒川とともに、銀座の鉄板焼きを訪れていた。これまでの人生で銀座に来たのはほんの数回。それなのに、今日一日だけで2回も来るなんて。
数寄屋橋交差点にほど近い、外堀通りに面した雑居ビル。
「今日は、特別に個室を用意したから」
黒川に促されて個室に入ると、カウンター席に半月盆が2つ用意されている。
「いらっしゃいませ。今日はどうぞよろしくお願いいたします」
なめらかな鉄板の前で頭を下げたシェフが微笑んだ。
― こんな世界もあるんだ…。
秋帆は、少々面食らってしまう。
「お祝いだからね、なんでも好きなものをオーダーするといい」
「そ、そんな、こんな素敵なお店に連れてきていただいて恐縮です…。仕事中ですので、社長がお好きなものを召し上がってください」
すると黒川は、大笑いした。
「白田さんは本当に“真面目”だな。そういうところが、良いと思ったんだよ。
僕の目に間違いはなかったよ」
◆
「わ、なにこれ」
翌朝。目を覚ました秋帆は、スマホの画面を見て驚いた。ホーム画面に大量の通知が届いている。
昨晩アップした、鉄板焼きと夜景の写真は、思わぬ反響を呼んだらしい。
“ここ、大物政治家とかスポーツ選手も来る有名店だよね?すごい!”
“秋帆、すごいところに住んでるね!今度遊びに行かせて!”
興奮した友人のコメントが、ずらりと並んでいる。
”すごい”
どのコメントにも付けられたこの表現。
「すごいのは、黒川社長。別に私は…」
最初はそう思っていた。だが、ここ最近の出来事や黒川の言葉を思い出してみると、新たな感情が芽生え始めた。
面接初っ端から、社長である黒川に”君、いいね”と言わしめて、内定を即決させた。
「僕が見抜いた才能だから」と、未経験なのに秘書に抜擢された。
こんなこと、なかなか起こることではない。普通の人間には。
黒川は、web広告の世界ではそれなりに有名な人物。地位も財力もある。そんな彼に見初められたのだ。
― 私には、もしかして特別な何かがあるの…?
秋帆は、生まれて初めての感覚に戸惑いを隠せなかった。
▶前回:出会って3分、IT社長に見初められた地味女。彼に与えられた「最初の仕事」
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黒川からの寵愛にはまっていく秋帆。すると、ある人物から連絡が…?