彼女とのデート中、いきなり手を振りほどかれて…?女が奇行に走った、許されない理由
女といるのが向いていない、男たち。
傷つくことを恐れ、女性と真剣に向き合おうとしない。そして、趣味や生きがいを何よりも大切にしてしまう。
結果、彼女たちは愛想をつかして離れていってしまうのだ。
「恋愛なんて面倒だし、ひとりでいるのがラク。だからもう誰とも付き合わないし、結婚もしない」
そう言って“一生独身でいること”を選択した、ひとりの男がいた。
これは、女と生きることを諦めた橘 泰平(35)の物語だ。
◆これまでのあらすじ
元カノの麻里亜とヨリを戻して1ヶ月。泰平は婚約解消に向けて動こうとしない彼女に対し、次第にモヤモヤを募らせていた。
そこで麻里亜に、きちんと状況を話してもらおうと決めたが…?
▶前回:ベッドの上に腰掛け、俯いた彼女がポツリ。女が唐突に漏らした、ありえない一言
「…そろそろ、きちんと話そう」
ヨリを戻した麻里亜と、半同棲状態になって数週間が経った。これ以上うやむやにしたくないと思った僕は、部屋へ泊まりにきた彼女を問い詰めたのだ。
「婚約者はさ、今の状況についてなんて言ってるの?」
すると彼女は、僕の出したミルクティーに視線を落としながら、表情をひとつも変えずに答えた。
「あのね。『君が本当にそれで幸せなら、そうしたらいい』って」
「…本当に?」
僕は、何か隠されているような気がしてならなかった。でも麻里亜は真顔で言うのだ。
「本当よ。だってあの人、パパの斡旋でしょ?きっと断れなかっただけで、本当は私と結婚したいなんて考えたことないと思うの。婚約してみても仕事ばっかりで、私のことはそっちのけだし」
彼女はニッコリ微笑みながら続ける。
「だから、泰平さんとまた出会えて本当によかったわ。泰平さんがいて幸せよ」
そう言って僕の頬を撫でるように触った。
◆
その翌朝。僕は、麻里亜の深刻そうな声で目を覚ました。
朝からただならない様子で誰かと電話をしているのだ。しばらくして電話を切った彼女は、ベッドに戻ってきて僕の隣に腰を下ろした。
「ねえ大変…。パパがとっても怒ってる」
麻里亜が起こしたトラブルとは…?
「えっ、どういうこと?」
「あのね…」
彼女の説明によると昨日の夜、婚約者が麻里亜のお父さんのもとに出向いて「最近、二人の関係が上手くいっていない」と申し出たのだそうだ。
しかも麻里亜は僕の家に来るとき、お父さんに対して「婚約者の家に通っている」と嘘をついていた。その嘘がバレて「結婚前の娘が、いったいどこで外泊しているんだ」とカンカンなのだと言う。
「困ったことになったわ」
彼女はパジャマ姿のまま、なぜかニコニコしていた。
「…笑ってる場合じゃないよ。僕、今日は早く仕事切り上げるから。一緒にご実家へ説明しに行こう」
「だめよ」
すると麻里亜は、両手を僕の顔の前に突き出して制止してみせたのだ。
「だって泰平さんが勝手に私を奪ったみたいになって、悪いわ」
彼女の頬に、カーテンから漏れる朝日がさしている。
「僕は、共犯だと思ってるよ。非難される覚悟ならとっくにできてる。それでも麻里亜を幸せにするって決めたんだよ」
「…パパに聞いてみるわ。近いうちに時間があるか」
「約束だよ?あと、ご両親が心配するから、帰りづらくても帰ったほうがいい。今日にでも」
麻里亜は伸びをしながら立ち上がる。そして振り返ると、僕の言葉には何も答えず「朝ごはん、お作りしますね」と微笑んだ。
しかし彼女は週末になっても帰らなかったし、お父さんとのアポも取れないまま。
事態が急展開を迎えたのは、その週末のことだった。
日曜の昼下がり。近所のスーパーまで、彼女と夕食の買い出しに出かけたときのこと。
僕らはグラタンの材料がたくさん入った袋を提げ、手を繋いで大通りを歩いていた。すると突然麻里亜に、繋いでいた手を振り解かれたのだ。
硬直している彼女の視線の先には、黒いベントレーがあった。
そのベントレーが、僕たちの横へ静かに停車する。そして中から、育ちの良さそうな背の高い男が困り顔で出てきて、こんなことを言ったのだ。
そして泰平を待ち受けていた、衝撃の展開
「すみません。私は、麻里亜の婚約者です」
僕は状況が飲み込めず、黙り込んだまま硬直してしまう。
「あの、これは…」
戸惑いながら麻里亜を見ると、なんと笑っていた。そして男の前に歩み寄り、こう言ったのだ。
「やっと来てくれたのね」
すると目の前の男は、決まり悪そうに僕に頭を下げる。
「…麻里亜がご迷惑をおかけしました。このまま連れて帰ります」
僕はわけがわからず「すみません。少しだけ二人きりにさせてもらえますか?」と頼みこむ。すると目の前の彼は、静かに車へと戻っていった。
男の姿が見えなくなってから、震える声で彼女に尋ねる。
「ねえ麻里亜…。これって、どういうこと?」
「…ごめんなさい。試していたの。あの人を」
彼女は眉をハの字にして説明した。なんと「婚約者と上手くいっていない」というのは半分本当で、半分は嘘だったという。
「知りたかったの。あの人が本当に私と結婚したいのか。だから、気を引きたくて浮気しちゃった」
お父さんからの紹介でトントン拍子に婚約したはいいものの「彼がどれだけ自分のことを想ってくれているのか」を試したかったのだそうだ。
「不安だったの。私が他の男性のところに行ったりしても、もしかしたらあの人は嫉妬すらもしないんじゃないかなって」
僕は、麻里亜の話の続きを待つことしかできない。
「でも、あの人は私を探して迎えに来てくれた。安心したわ。だって嫉妬してくれたってことだもんね?…だけどここがわかるなんて、探偵とかつけられてたのかな」
彼女は冗談っぽく、周囲を見回してから笑ってみせた。
「本当にごめんなさい。許してね?あ。荷物は後で、お手伝いさんに取りに行ってもらうわ。…じゃあ、もう行くね」
早足で男の車に乗り込もうとする彼女に、僕は聞かずにはいられなかった。
「待って。…麻里亜は、その人といる方が幸せなの?」
すると彼女は振り返って、ゆっくりと頷いた。
皮肉なことにその笑顔は、今まで見た中で一番幸せそうに見えた。
そうして車は走り去っていき、僕の手にはずっしりとしたグラタンの材料だけが残った。
― そんな、嘘だろ…。
“麻里亜に利用されていた”なんて信じたくなかった。とぼとぼと自宅に帰るとソファになだれ込み、すがるような思いで樹に電話をかける。
「樹…。今何してる?」
「え?今から食事会だけど」
「…そっか、そうだよな。じゃ」
電話を切った僕は途端に泣きそうな気持ちになり、慌ててソファから立ち上がった。
こんな気分のときは、せめて身体を動かさないとさらに沈んでいくのだ。そのことは、麻里亜に“1回目の失恋”をしたときに学んだ。
余っても困るので、すべての食材を使って丁寧にグラタンを作っていく。それをオーブンに入れたとき、チャイムが鳴った。
― お手伝いさん、もう荷物を取りに来たのか?
そう思いながらインターホンを見ると、なんと樹が立っている。
「お前、電話出ろよ。5回もかけたぞ。泰平の方から電話かけてくるなんて珍しいから、心配で来たんだよ」
見慣れた顔。僕はまた泣きそうな気持ちになる。
― ああ、グラタン二人前作っていてよかったな。
ぼんやりした頭でそんなことを思いながら、オートロックの解錠ボタンを押した。
▶前回:ベッドの上に腰掛け、俯いた彼女がポツリ。女が唐突に漏らした、ありえない一言
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2回目の失恋。途方に暮れる泰平を笑顔にさせたのは…?