“傷つけない笑い”に立ち向かう海を渡った第7世代―スタンダップコメディアン Saku Yanagawaの闘いとは

 “スタンダップコメディ”をご存知だろうか。

 コメディアンがひとりでステージに立ち、話芸ひとつでオーディエンスを爆笑させる、アメリカのメジャー芸能だ。時に際どいジョークも織り交ぜるのが特徴で、最近では映画『ジョーカー』(2019年公開)の主人公、アーサー・フレックがスタンダップコメディアンを目指していたという設定なので、どんなものかをイメージできる人も多いはず。

 本サイトで「スタンダップコメディの作品を通して見えてくるアメリカの社会」を連載するSaku Yanagawaは、本場アメリカで今注目を集める日本人スタンダップコメディアンだ。

 学生時代に単身渡米し、夢に向かって現地で邁進する28歳の彼が、「スタンダップはアメリカでは人々の生活の一部になっているけど、日本人にとってはなじみが薄い芸能で、まだ体系化された現代の入門書がない」という理由で執筆したのが今年3月に発売された『Get Up Stand Up! たたかうために立ち上がれ!』(産業編集センター刊)。

 彼は、スタンダップコメディを通して世界と社会をどう見ているのか。そして、価値観のアップデートが求められる現代と、人はどう向き合うべきなのか、本書ではそれらシリアスな問題も、スタンダップコメディ目線で語り尽くされている。

話芸で観客を“殴り殺す”――。その真剣勝負こそスタンダップコメディ

「爆笑の中、スポットライトの下にいるのは僕ひとり。サーモグラフィで見たら、背筋だけ赤くなっているような高揚感があるんです。もう普通の生活には戻れませんよ」

 ステージ上で、自らのジョークが“ウケた”時の感覚をそう表現するSaku。ひとり暮らしのアパートでふと目に入ったバラエティ番組。そこでアメリカで活動する日本人スタンダップコメディの姿を見て、翌日にはチケットを持たずに空港へ行き、18時間かけてニューヨークへ飛んだ。「これや!」と思った。年齢は20歳。在籍していた大阪大学では授業真っただ中の時期だったが、奮い立つ気持ちの前にそんなものは問題にならなかった。

「何のコネもない状態から飛び入りでニューヨークのコメディクラブ(スタンダップコメディアンの専用劇場)をまわり、たまたま舞台に立たせてもらった瞬間から僕はスタンダップコメディに恋をしたんだと思います」

 恋は盲目というけれど、ここまでガムシャラに行動を起こせる人間は多くない。本書では、スタンダップコメディアンとしてキャリアを積むために、その後の学生生活や卒業後の行動について詳しく記述されているが、そのあまりの行動力にはただただ驚かされるばかり。スタンダップコメディの何が彼をそこまで駆り立てるのか。

「アメリカのスタンダップコメディって、観客との対峙なんです。英語で『オチ』を“Punch”、『ウケる』ことを“Kill”や“Destroy”と言います。言葉は悪いかもしれないけど、観客を話芸で殴って殺すくらいの覚悟でコメディアンは舞台に上がっている。だからウケれば惜しみない賛辞をもらえるし、その戦いに負けたら有名人でも容赦ないブーイングを浴びる。その観客とコメディアンの間に存在する張り詰めた空間がとてもフェアで、人生をかける価値のあるものだと僕は思ったんです」

 スタンダップコメディを日本に浸透させるのは僕の使命――と豪語する。

 その活動の一環として上梓されたのが本書というわけだ。「スタンダップコメディとは?」「スタンダップコメディアン、Saku Yanagawaとは?」「スタンダップコメディアン、仕事の流儀」「スタンダップコメディアン最前線」「ポストコロナのコメディ」「今後の展望と夢」の6つのキャプチャー(章)で構成されており、Sakuのスタンダップ奮闘劇とともに、スタンダップコメディのイロハとシーンの現状も学ぶことのできる一冊となっている。

「今アメリカにはアジアのスーパーヒーロー映画が必要だと思うんだ。(中略)『チャイニーズ・バットマン』なんてどう? 彼はパワフルできっと君たちを助けてくれる。あ、でも、2週間は隔離しなきゃダメだけどね。うん、このジョークは確実に早すぎたね」

 これはSakuの持ちネタのひとつ。ともすれば炎上問題に発展しそうなジョークだ。

“タブーなき笑い”とも呼ばれるスタンダップコメディだが、過去を含めて差別的発言をした人物や組織は、たとえそれがジョークだとしても、糾弾の対象となり表舞台から抹消させられる。

 今、この「キャンセルカルチャー」の波が大きなうねりを起こして、コメディアンたちに直撃している。それは日本の現状を見ても想像できるだろう。しかし、Sakuやその戦友たちは上記のような際どいジョークを今でも舞台上で堂々と放つ。

「当たり障りがなくて、角の立たない笑いを現代の笑いとするほうが、よっぽど暴力的。出自やジェンダー、人種のような努力によって変えられないものをネタにして笑いを取ることはあってはならないことだけど、スタンダップコメディはネタを通して、視聴者にハッとするよう“気づき”や考えるきっかけを与えられる芸術だと思ってます。だから僕、“傷つけない笑い”という言葉が大嫌いなんです(笑)」

 年代的にはいわゆる“第7世代”にあたる彼には数多の野望があり、そのひとつに「日本に凱旋して武道館で単独ライブを行う」というものがある。海を渡った第7世代がスタンダップコメディで全米に旋風を巻き起こし、逆輸入コメディアンとして日本の笑いに“気づき”を与えられるか。そして、スタンダップという芸能が日本に根付くことができるのか。その可能性をぜひ本書「Get Up Stand Up! たたかうために立ち上がれ!」から探ってもらいたい。

2021/4/25 18:00

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