彼氏を裏切ったまま、他の男の部屋で1週間も過ごしたら…。待ち受けていた最悪の状況
輝かしい経歴に、人も羨むようなステータス。そして、安定した恋の相手。
「完璧」に彩られた人生を、決して踏み外すことなく、まっすぐに歩いてきた。
…彼と出会うまでは。
地位もない。名誉もない。高収入でもない。
自由以外に何も持たない男とどうしようもなく激しい恋をした時、迷う女は、平坦な道と困難な道の、どちらの道を選ぶのか。
もし、明日が世界のおわりの日だとしたら─
◆これまでのあらすじ
実は塁は、直人と真衣が付き合っていることを知っていた。さらに、真衣が思っていた以上に、塁は真衣のことを真剣に思っていたのだが…。
▶前回:「うまく隠せてると思ってたのに…」好きな男にとっくにバレていた、不都合すぎる女の事情
―2019年5月―
『Rui:真衣、大丈夫か?そっち行こうか?』
『Rui:まじで心配なんだけど、本当に大丈夫?』
さっきからLINEの新着がうるさいと思ったら、塁が連続でメッセージを送ってきていた。何度も何度も、私を心配する旨のメッセージを。
その文字が視界に入るだけで、心から嬉しさが込み上げる。ついさっき起こった出来事なんて、なんでもなかったかのように洗い流されていく気がする。
果たして、正式な恋人である直人から心配されたところで、こんな気持ちになるだろうか…。
『真衣:心配してくれて、ありがとう!ねえ、塁。お願いがあるんだけど…』
私が、塁にこんなメッセージを打つことになったきっかけは、1時間前に遡る。
真衣の身に降りかかった、とある不運な出来事
「安東さん、ちょっと」
出社するやいなや部長に呼び出されたのだ。誰もいない会議室に2人、重苦しい空気が流れる。
「…何でしょうか?」
「今、安東さんがやっているプロジェクト。いったん、リーダーから降りてもらおうと思う」
「…え」
呼び出された時点である程度の覚悟はしていたけれど、部長から出てきた言葉は、想像以上にショッキングだった。
「最近、仕事に身が入ってない自覚はあるよね。休みも多い」
「…はい」
入社以来、仕事には本気で向き合ってきた。絶対にミスしないように、プロジェクトがうまくいくように、文字通り髪を振り乱して働いた。その甲斐あって、かなりの評価を受けてきた自負もある。
けれどここ最近、塁にうつつを抜かしていたことは事実だ。どうにか仕事をこなそうと努力していたつもりだけれど、どうしてもあらがえない本能に、私は負けていたらしい。
信頼を失うのは一瞬だ。
◆
とてもショックだったけれど、自業自得だと思った。どんなに激しい恋愛に溺れようが、仕事は仕事だ。自分の仕事に穴をあけてしまったのは、自分の責任だ。
「だから、私がリーダーを下ろされるのは仕方のないことなの…」
その日の夜、塁に事の顛末を話した。上司との面談が終わったあと、私は勢いで塁にメッセージを送った。普段とは違う様子の私に、塁は過剰なまでに心配をしてくれていたのだが…。
塁は私を慰めることなく、こう言い放った。
「ねぇ、真衣。その仕事、そんなにやりたいことなの?」
塁は詳しいことなんて聞かず、慰めてくれるかと思った。でも、違う。塁の表情は真剣そのもの。
「…え、うん。仕事は私好きだし、これまでちゃんとやってきた蓄積もあるし、プライドもあるから…」
「いままでだって、相当プライベートを犠牲にしてきたんだろ。そのまま働きつづけていたら、体だって壊しかねない。そこまでするほどの価値があるのか?」
「だって、そうしないとちゃんと評価されないし。上にいけないの」
「上に行ってどうする」
「もっと、規模の大きい仕事ができるの」
「だから、それってそもそもやりたいことなの?」
何も言えなかった。
“今の仕事が、本当にやりたいことなのか?“
この問いについて、考えたことがないわけじゃない。けれど、いくら考えても答えがわからなかった。
明確に他にやりたいことがあるわけでもない中で、目の前の仕事から逃げるなんてこと、私にはできない。そんなことしたら、負け組のレッテルが張られてしまう。せっかく、今まで積み上げてきたものが台無しになってしまう。
だから、目の前の仕事をがむしゃらにこなしてきた。
けれど、塁に冷静に問い詰められると、自分が今までしがみついてきたものの価値がわからなくなってくる。
「まあさ、しばらく休んで考えたら?真衣は、今まで十分働いたんだから、ちょっとくらい休んでもバチは当たらないでしょ」
どうせ、もう評価は落ちた。あともう少し休んでも、何も変わらない気がした。私は初めて、1週間の休暇をもらった。
半ば自暴自棄になった真衣は、さらに…
休暇中、私は塁と24時間ひと時も離れなかった。
「真衣、今日さ、どっか遠く行かね?」
「お店は?」
「今日は休みにする!ほら、行こうどっか!」
そんな突拍子のないことを言いだす塁と、夕方から2人で箱根に行ったこともあった。
お客さんが来ないとき、塁をカウンターに座らせ、私が塁にお酒をふるまったりしたこともあった。塁の見よう見まねで、シェイカーを振った。
「…悪くないじゃん」
塁がそういって飲み干してくれたマルガリータは、私が1番好きなお酒になった。
リーダーから降ろされているというのに、更に1週間の休暇をもらう。自分がそんなことするなんて、昔だったら考えられなかった。
会社に対する申し訳なさも、他のメンバーに対する後ろめたさもあった。
けれど、それでも会社を休んだ。それだけ、塁の言葉には魔力があって、一度仕事から離れて考えてみたくなったのだ。
甘えだと言われてしまうだろうか。でも、それでもいい。
いままで無意識のうちに、正しい道を踏み外さないように、ちゃんと良い子でいられるように、知らぬ間に自分を厳しく律していたのだと思う。
そういう、固定概念とか先入観みたいなものを一旦全部外して、フラットになってみたかった。
塁の生き方を見ていて、そう思ってしまったのだ。
そして、心の赴くままに…、ひたすら愛する人と一緒に過ごしたかった。
別にもう、誰に何て言われても構わないと思った。
◆
けれど、塁との蜜月の時間も一生は続かない。夢みたいな1週間は、体感数時間ほどだっただろうか、もうすぐで終わりを告げる。
ついに、明日から会社に出社しなくてはいけないという日、私たちは2人で映画を見た。
それは、とてつもなく切ないラブストーリーだった。
エンドロールをぼんやり眺めながら、余韻に浸る塁は、薄っすら涙を浮かべる私にこう尋ねたのだ。
「ねえ、真衣。明日、世界がおわるなら何する?」
塁は映画の主人公に自分を重ねているのだろうか。このときはそんな風に思っていた。
「えー、なんだろ…」
「…」
「…塁とこうして、一緒にいるかな」
塁はその言葉を聞くと、嬉しそうに微笑み、私にゆっくりとキスをした。
「…俺もだよ」
「本当に明日世界がおわってくれたら、すごく幸せなまま死ねるのにね」
自分が今していることが現実逃避だと頭ではわかっていたからこそ、私も映画の主人公に自分を重ね、彼との会話が現実になることを妄想したりなんかした。
「死ぬとか言うなよ…」
「ごめん」
「明日からの仕事、気が重い?」
「…うん」
「本当に辛かったらやめていいんだからね」
「でも…」
「せっかく生きているんだから、幸せに笑えてなきゃ意味ないでしょ?」
「…そうだね」
「だから、約束して。本当にきつかったら、その仕事から逃げて」
「…わかった」
そして、長い長いキスのあと、塁は私の目を見つめこう言った。
「愛してるよ」
少しためらいながら、伏し目がちで、小さな声で。
「本当?」
「俺、本当のことしか言わないよ」
塁のその言葉にはなぜか妙な説得力があった。ずっと自分の心に素直に生きてきた塁だもん、嘘をつくはずがないって。
「私もだよ、塁。本当に愛している」
何度も何度もハグをして、キスをして、私たちは言葉と行動で愛を確かめ合った。
そして、とてつもなく甘美な時間に強烈に名残惜しさを感じながらも、残っていた一握りの理性を振り絞り、私は1週間ぶりに自宅へと戻った。
自宅でひとり、夢みたいなひとときの余韻に浸りながら、決意のような感情が込み上げてきた。
―直人と別れよう。塁にちゃんと付き合って欲しいと伝えよう。
直人への愛情、真っ当な人生への執着、塁を選ぶことに対する恐怖心。なぜだろう、この1週間で、そんなものがきれいさっぱり拭い去られた。
もちろん、明日からまた仕事は頑張ろうと思っている。けれど、塁といると、本当に大事なものを、自分の幸せを、ちゃんと見失わないでいられるような気がしたのだ。
ずっと脳内でぐるぐると巻き続けていた渦が、ようやくその動きを止め、スーッと消えていったような清々しい気分だった。
けれど、人生はどこまで行っても予測不能なものだと、このときほど実感をもって思い知ることはなかった。その翌日、想像もしなかったことが起きた。
塁が姿を消したのだ。
▶前回:「うまく隠せてると思ってたのに…」好きな男にとっくにバレていた、不都合すぎる女の事情
▶Next:5月2日 日曜更新予定
塁の行方と、真衣がとった行動とは…
