日米首脳会談。「ヨシ」「ジョー」の関係でも気がかりな菅首相の存在感の薄さ

4月16日、バイデン政権誕生後初となる対面形式の首脳会談が行われた。そのお相手は、ご存じのとおり菅義偉首相だ。会見ではバイデン大統領がしきりに「対面に勝るものはない」と強調。互いに「ヨシ」「ジョー」とファーストネームで呼び合うなど、信頼関係の構築を印象づける場面も見られた。

◆初の首脳会談は日中外交の分水嶺になった!?

 だが、会談の主役は日本でも米国でも両首脳でもなく、中国だった。

 共同声明には「国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有」「中国の不法な海洋権益に関する主張と活動への反対を表明」などと、これでもかとばかりに対中政策が並んだのだ。

 なかでもメディアがこぞって見出しにしたのは、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」とした箇所だ。台湾が首脳間の公式文書に明記されたのは、佐藤栄作首相とニクソン大統領による’69年の共同宣言以来。半世紀を経て、中国が自国の「核心的利益」と位置づける台湾問題に、日米首脳が力を合わせて“介入”すると表明したのだ。

 なぜ、これほどまでに対中強硬路線を打ち出す共同声明となったのか? 産経新聞ワシントン駐在編集特別委員の古森義久氏は「米国世論の影響」と解説する。

「バイデン大統領は中国の人権弾圧や軍事的膨張、経済的威嚇については徹底的に抗議する一方、習近平国家主席を気候変動の国際会議に招待するなど、自身の目玉政策に関する分野では融和路線をとってきました。いわば、“まだら外交”です。ところが、米国内では中国に対する反発が高まり続けている。州当局や商工会議所などは中国に対してコロナの感染拡大を引き起こした責任を追及するべく損害賠償請求訴訟を起こしています。ウイグル問題を巡っては、上下両院で複数の『’22年北京五輪ボイコット法案』が提出されている。

 極めつきは4月8日に上院に提出された『’21年戦略的競争法案』。中国のやみくもな膨張・活動を抑止するために友好国と連携して取り組むようにと、外交委員長の民主党議員と筆頭委員の共和党議員が連名で提出した法案です。超党派でまとめたので、大多数の支持を得て可決されるのは必至。もはや、中国との良好な関係を築く路線などありえないわけで、バイデン大統領がその姿勢を内外にアピールするのに、日米首脳会談は格好の場となったのです」

◆「一番乗りで会談できただけで成功」?

 では、日本は利用された格好か? かつて米保守系シンクタンク・ヘリテージ財団で上級研究員を務めた横江公美・東洋大学教授は「一番乗りで会談できただけで成功」と話す。

「新大統領と真っ先に会談して日米同盟の強化と良好な関係構築を世界に印象づけることは日本外交における最優先事項なのです。今回、対中強硬路線を鮮明にしたことで日本が不利な状況に立たされると懸念する人もいるようですが、日本は米国とともに対中圧力を強める以外に選択肢はありません。

 バイデン政権では対中融和路線が取られると予想されたにもかかわらず、これほどまでに対中圧力を強めているということは、今後、民主党政権が続こうが、共和党政権に代わろうが、米国の対中姿勢は変わらないことを示しているからです。

 むしろ、G7内で日本だけがウイグル問題をめぐる中国制裁を拒否して半ば孤立していたことを考えれば、今回の日米共同声明は絶好のアピールポイントになったと言えるでしょう」

◆今後の日中関係悪化は必至か

 単なるアピールではなく、日本の外交政策をかたちにした点も評価できるという。横江氏が続ける。

「今回の共同宣言に盛り込まれた『自由で開かれたインド太平洋』は、第一次政権時代の’07年に安倍首相が唱えた『自由で繁栄するインド太平洋』という外交用語に準じて、第二次政権で提唱した戦略。中国の経済的台頭を意識して、インドやオーストラリアなどとの戦略的協力関係の構築を目指しましたが、’15年に突如オーストラリアの首相が交代して親中路線になったため、半ば頓挫していました。

 それがコロナ禍を経てオーストラリアが反中外交に転換し、さらに今回の声明。つまり、菅首相は日本発のグローバルな対中外交戦略を結実させようとしているのです」

 とはいえ、今後の日中関係悪化は必至。日本の経済的ダメージは避けられないとの見方が浮上している。

「日本には人権侵害を根拠とする制裁規定がないため、現状では対中制裁に動く可能性は低く、中国による報復制裁も考えにくい。しかし、ウイグル族に対する人権侵害に反対を表明した外国企業が中国の検索サイト上に表示されなくなるなど、陰に陽に嫌がらせを受けています。

 今後、強制労働に関与した中国企業との取引を停止した日本企業にまで対象が広がるのは避けられません。政官財ともに中国との関係見直しを迫られるでしょう。その点で、今回の首脳会談が日本の対中政策の分水嶺になったとも言えます」(古森氏)

◆現地記者は共同会見で首脳会談の内容をスルー

 先行き不安を駆り立てる会談とも言えそうだが、もう一つ気がかりな点が……。菅首相の存在感の薄さだ。

「共同会見では現地の記者と日本人記者が2人ずつ質問したのですが、1人目の現地記者は4月15日にインディアナ州で起きた銃乱射事件についてバイデン大統領に質問し、2人目はイランが高濃縮ウランの製造を表明したことについての質問でした。日本には興味がないとばかりに、首脳会談とは関係のない質問しかしなかったのです。

 2人目は菅首相に『コロナの感染拡大が抑制できていないなかでの五輪開催は無責任ではないか?』という質問もしたのですが、菅首相は質問を聞き逃したのか、何も答えずに日本人記者の質問を促す場面が見られた。発言はすべてペーパーを読み上げるかたちだし、バイデン大統領と比して格落ち感が際立つ会見でした」(全国紙政治部記者)

 不安とともに課題の残る首脳会談だったようで……。

◆日米共同声明の注目ポイント

●対中政策

・米国は核を含むあらゆる手段を用いて、日本の防衛を支持する

・日米安全保障条約第5条が日本の尖閣諸島に適用されることを再確認し、尖閣諸島における日本の施政を損なおうとする一方的な行動に断固反対する

・東シナ海における一方的な現状変更や、南シナ海における中国の不法な領有権主張に反対を表明

・航行と飛行の自由が保証される、自由で開かれた南シナ海における共通の利益を再確認

・日米はサイバーおよび宇宙を含むすべての領域を横断する防衛協力を深化させることにコミット

・台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す

・香港および新疆ウイグル自治区における深刻な人権侵害に対する懸念を共有し、中国との対話の重要性を認識したうえで直接懸念を伝えていく

●東京五輪

・バイデン大統領は今夏に安全・安心に開催するための菅首相の努力を支持

●対北朝鮮

・北朝鮮の完全な非核化をともに目指すことを再確認

・日本の拉致問題の即時解決に向けた米国のコミットメントを再確認

●気候変動問題

・2050年温室効果ガス排出実質ゼロを目指し、2030年までに確固たる行動を取ることにコミット

・日米気候パートナーシップを立ち上げてインド太平洋などにおける脱炭素実現を支援

●コロナ対策

・日米はパンデミックを防ぐ能力を強化するとともに、WHO(世界保健機関)を改革するために協働する

・日米はパンデミックを終わらせるためにグローバルな新型コロナウイルス・ワクチンの供給および製造のニーズに関して協力する

◆共同会見に課題あり?菅首相の日米外交

 日本人記者との質疑応答でも菅首相はちぐはぐなやり取りを見せていた。

「ワクチンの具体的な供給スケジュールに関する言及はあったか?」「温室効果ガスの削減目標に関する数値目標は出たか?」と問われたのに、「日米で協力していく」「連携強化を確認できたことは有意義」と、答えにならない返答を続けたのだ……

<取材・文/週刊SPA!編集部>

※週刊SPA!4月27日号より

2021/4/22 15:53

この記事のみんなのコメント

1
  • マリン

    4/23 10:17

    個人的には本当かどうかは別として、ファイザーとワクチン外交してきた事は一定の評価な気がします。一刻も早く、このコロナ禍を収束してもらわないと商売出来ないですよ。

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