「こんなんじゃ不完全燃焼だよ…」女がモヤモヤを抱えたまま、帰宅しなければならなかったワケ
知らず知らずのうちに、まるでバンパイアのように男からエネルギーを吸い取る女。
人は彼女のことを、こう呼ぶ。「エナジーバンパイアだ」と。
付き合ったら最後、残された者には何も残らない。それでも自分が踏み台にされていることを分かりつつ、彼女に執着してしまう。
気づけばもう、次なるターゲットのもとに行ってしまっているというのに。
…誰か教えてくれないか。あの子を忘れる方法を。
◆これまでのあらすじ
えりかと付き合い始めた涼太は、仕事も恋愛も順調に進んでいた。しかし彼女の仕事がうまくいき始めると、心の中に“得体の知れない違和感”のようなものが湧いてくる。
そんな複雑な心境でいたとき、えりかに新しい仕事が舞い込んできて…?
▶前回:「自分が何を言ってるのか、わかってる?」彼氏がいるはずの女が持ちかけてきた、ありえない提案
涼太「俺の気持ち、絶対えりかにバレたくない…」
「すごく大きい案件、決まったかも…!」
涼太がいつも通り、えりかとシェアオフィスで仕事をしていたときのこと。パソコンの画面を見つめていた彼女が、小さく叫んだ。
慌ててパソコンの前に駆け寄ると、彼女は驚きのあまり固まっていた。その姿に、なかなか大きな案件が決まったのだろうと察する。
― なんだ、この気持ち。
パートナーでもあり恋人でもあるえりかの仕事がうまくいくのは、涼太にとっても嬉しいことのはずなのに。なぜだか素直に喜べないのだ。
「どんな仕事なの?」
涼太はモヤモヤとした気持ちがバレないよう、平静を装いながらパソコンをのぞき込む。
「知り合いの実家が果樹園をやっていて、和歌山でも結構大きいところなんだけど。新しくぶどうのブランドを立ち上げるみたいで、そのブランディングを一式お願いしたいって言われて…」
えりかは、興奮を抑えきれないといった様子でまくし立てる。
そんな彼女の姿を見つめながら、涼太は腹の底で“あること”を考えていたのだ。
涼太の胸中とは…?
― ハッキリ言って悔しいし、俺を頼りにしてくれなくなるのが怖い。だけどこのままだと、裕紀と同じになってしまう。
個人で仕事を始めてから、こんなにもすぐ外部から認められているえりかの底知れなさに、涼太は少なからず嫉妬心を抱いてしまった。
だがそれだけは、どうしても彼女にバレてはいけないのだ。
なぜならえりかに対する嫉妬心から自分を見失い、すべてを自ら狂わせてしまった裕紀を間近で見ているから。絶対に同じ失敗はしないと、心に決めていた。
「…いいじゃん、よかったね。困ったことがあればいつでも相談に乗るし」
― これで大丈夫だよな?
涼太は、なるべく余裕ある態度で流すようにサラリと言った。しかしこれが、むしろ違和感のあるふるまいになっていることに、涼太自身は気づいていない。
「でも、うまくできるかな…。心配だし一緒にやってくれない?」
広告代理店に勤めているとはいっても、本格的に個人で仕事を始めてからはまだ日が浅い。そのせいか彼女は不安そうだ。
えりかのことだから全部一人でやりたがると思っていた涼太は、少なからず驚く。
「もちろんいいよ。でも、せっかくえりかにきた仕事だから、まずは自分でやってみたら?ちゃんと俺も見ていてあげるし」
えりか「彼には大人の余裕があって素敵!と思っていたけど…」
― やっぱり涼太には、大人の余裕があるからいいな。
えりかは励ましてくれる彼の言葉を真に受け、まずは自分で一度プレゼンまで作り込んでみようと心に決めた。
「何かあっても涼太がいてくれるなら安心して取り組めるし、頑張ってみる!」
それから1週間近くかけ、会社以外で過ごす時間をめいっぱい使って企画書を練り上げたのだ。
そうしてようやく資料を涼太に見てもらい、アドバイスを受けてブラッシュアップしていく、というところまできた。
案件の相談が来てからちょうど1週間後の土曜日。えりかは満を持して、彼にプレゼンをした。
「…どうかな?」
ひと通り話し終えたところで、自分の脚が震えていることに気づく。
「うーん。そうだね…」
涼太は資料をパラパラとめくって、何かを考えているようだ。
― もしかして、全然仕上がってなかったのかな。
何も言わない彼に対して、不安が次々と湧いてくる。心臓はバクバクと早鐘を打っていた。
そして涼太が見せた、まさかの反応とは
「うん、まあいいんじゃない?これで」
涼太はそう素っ気なく言うと、資料をえりかに突き返してきたのだ。
「え?何かアドバイスとか…」
彼から意見をもらって、しっかり議論を進める予定だったから拍子抜けしてしまう。どんなことでもいいからアドバイスが欲しいと、涼太の目を見つめたそのとき。
彼の目が泳いでいることに気づいてしまった。どうやら提案内容に納得しているのではなく「どう指導すれば良いかわからない」らしい。
― あれ。これってもしかして、またいつものパターン?
その瞬間、えりかのなかで彼のポジションがじわじわと落ちていくのを感じる。
― 涼太なら大丈夫だと思ってたのに。
その後も結局、彼からはなんの意見も出てこないまま。えりかは不完全燃焼で帰宅した。
なぜかその夜、涼太から食事に誘われたが気が乗らず断ってしまった。
◆
そんなことがあったせいか、えりかはまっすぐ自宅へ帰る気になれなかった。一杯だけ…と思い、近所のバーに立ち寄る。
大好きな少し甘めのカクテルを頼んでも、自然とため息が出てしまった。
― 私にエネルギーを与えてくれる人じゃないと、意味ないよ。
えりかは恋愛を“自分の活動源”だと考えている。
尊敬できて、自分の知らない世界を教えてくれる人と付き合うことで「もっともっと頑張ろう…!」とエネルギーを沸かせることができる。
そして、互いに成長しあえる関係を築いていきたいのだ。
だから、えりかが「彼氏を超えてしまった」と実感した瞬間、一気に冷めてしまう。
彼氏の能力が自分よりも下だと感じてしまうと、途端に男の存在ををつまらないと思うようになり、恋愛感情など一切なくなって切り捨ててしまうのだ。
― ずっと上を向かせてほしいだけなのに。
裕紀のときも、えりかが頑張れば頑張るほど二人の差は縮まり、最終的には彼を超えてしまった。
こんなことが続くと、もう自分を満たし続けてくれる人と出会うことはできないのかも、という気持ちになってくる。
「そんなため息ばっかりついてたら、せっかくの美人が台無しですよ」
すると突然、背後から声をかけられた。
― このタイミングで声をかけられるなんて、ついてないな。
あしらおうと振り向いた瞬間。えりかは目を丸くした。
「…あれ、智也くん!?」
目の前にいたのは、大学時代に所属していたゼミの後輩だったのだ。
「卒業して以来だから、すごく久しぶりだよね。まさかこんなところで会うなんて」
「そうですよね。俺もよくここ来るんですけどね。で、なんでそんなにため息ばっかりついてたんですか?俺でよければ聞きますよ」
「うーん、まあね…」
最初は久しぶりに会った後輩に愚痴るなんて、と思っていた。しかしお酒の勢いもあって、仕事のことから恋愛の話までペラペラと喋ってしまったのだ。
そんな話に付き合ってくれた彼は、大学卒業後すぐに起業して、今は従業員10名ほどの会社を経営しているのだという。
えりかはその日から時々、智也とも会うようになっていった。
▶前回:「自分が何を言ってるのか、わかってる?」彼氏がいるはずの女が持ちかけてきた、ありえない提案
▶︎NEXT:4月27日 火曜更新予定
「えりかと会う時間が減っている…」それに気づいた涼太が、取った行動とは。