武田鉄矢の役者デビュー作! 高倉健、桃井かおりがピシャリとハマった奇跡のキャスティング山田洋次監督『幸福の黄色いハンカチ』
こんばんは! 宮下かな子です。
4月もあっという間に過ぎてしまいそうですね。今年はなんだか例年以上に、春がざわめいているような感覚があります。昨年(2020年)のこの時期、緊急事態宣言が発令されて社会が停滞していたせいかもしれません。
まだまだ余談を許さぬ状況が続いていますが、新しい季節はやっぱりワクワクします。とは言いつつ私の生活は特に変化はないのですが。穏やかに春を満喫している今日この頃です。
そして皆さま、この「宮下かな子と観るキネマのスタアたち」が、今回で第10回目の配信となります!
ようやく10回目ーーー! いつも読んで下さっている皆さま、本当にありがとうございます。隔週で配信させて頂いていますが、「次は何を観ようかなあ」とか「来週バタバタしそうだから今のうちに書かないとなあ」だとか、毎日何かしらの形でこの連載のことを考える日々を送っています。
連載が始まってから、1つの映画を何十回も見直すようになり新しい発見ができたりだとか、雑誌やウェブサイトの記事等も隈なく目を通し、言葉や文章の書き方に目を向けるようになりました。成長するきっかけの場を頂けて、本当に感謝しています。自分の表現の乏しさに心折れそうになることもしばしばありますが、コツコツと、長く、この連載を続けていけたらいいなと考えておりますので、皆さま、今後もお付き合いよろしくお願い致します。
さて、そんな記念すべき10回目は、〝名作だけど実は観ていない映画〟に挑戦してみようと思い立ちました。この作品を観ていないと公表するのは相当お恥ずかしいのですが……今回は、山田洋次監督『幸福の黄色いハンカチ』(1977年松竹)を選びました!
「これを観ずに、あんたは何を語ってたんだ!」って誰かに叱られてしまいそうですね……(誰に)。
この年のキネマ旬報ベスト1位をはじめ、第1回日本アカデミー賞をずらりと総なめ、ブルーリボン賞や毎日映画コンクール等、数々の賞を受賞した、山田洋次監督の不朽の名作。今回を機に、じっくり鑑賞させて頂きます!
〈あらすじ〉失恋した花田欽也(武田鉄矢)は、勢いで車を購入し、東京から北海道へ降り立った。街で声をかけた小川朱美(桃井かおり)とドライブを始めると、刑期を終え出所したばかりの島勇作(高倉健)に出会い、彼も車に乗せることに。偶然出会った3人の旅が始まる……!
あぁ……何故こんなにも素晴らしい映画を、女優という仕事に就いておきながら今日まで観てこなかったのか……私は反省しなければなりません。
まず圧倒されたのは、やはり、島勇作を演じた高倉健さん! 登場早々に、街の食堂でビールを飲む姿がもう最高。ビールが注がれたコップを両手で包むように丁寧に持ち、一気飲み干すこの時の、ビールが全身に行き渡ったような美味しそうな表情といったら……! もうたまらなく感動しました! ビールを飲むこのシーンから、島勇作という男がただの一般人ではないぞとはっきり分かるんです。
勇作は6年間の殺人罪からようやく釈放された身。そんな男が久々に飲むビール、どれだけ味わい深いことか。ビールの飲み方ひとつで、彼のバックボーンがひしひしと感じられるとは、やっぱり高倉健! すごい!!!
この後勇作は、醤油ラーメンとカツ丼も注文し、夢中で頬張る後ろ姿が映し出されるのですが、これまた良い背中で。健さんはこの食堂での撮影シーンのために、2日間絶食したとのこと。少しは食べたほうが良いのでは、と心配するスタッフに「エサを与えると仕事をしなくなるんです」なんて言葉を返していたそうです。
そんな男と対極に描かれているのが、物語を動かすおちゃらけ男、武田鉄矢さん演じる花田欽也。不器用だけど誠実な主人公勇作と真逆なこの凸凹感。欽也の自由奔放な性格が、とても伸びやかなお芝居で表現されていて、笑いのセンスも当然ピカイチ。武田さんにハマり役だなと納得の愛されキャラなのですが、これが、武田さんの役者デビュー作なんですねぇ。
この作品で欽也を演じていなかったら、あの金八先生もなかったかもしれない……そう思うととても感慨深いです。
そこに、桃井かおりさん演じる小川朱美の存在があって、欽也と朱美、この2人のお騒がせコンビ感が視聴者を楽しませてくれます。朱美のはじめにちょっぴり影のある要素には、「え! あれが桃井かおりさん!?」と驚いてしまうのですが、旅を経て少しずつ朱美の心が解れていくと、徐々に本来の桃井かおりさんの自由さしなやかさが解放されていくようでとても愛らしい!くるくると変化する表情は、画面を鮮やかに豊かに彩っているよう感じられます。
失恋をした欽也と朱美のお騒がせ男女と、欽也とは真逆な性格の勇作が、偶然この旅という形だからこそ出会い、時間を共にできたという設定と3人のキャラクターバランス。これを、山田監督ならではの喜劇要素を体現できる、今回役者デビューの武田鉄矢さんがいて、映画界のスターであり、人情ものを演じられる高倉健さんがいて、そんな2人の男性をしなやかに支えながら自身を解放できる桃井かおりさんがいて。この演じる役にぴしゃりとハマった3人の奇跡のキャスティングが、名作を生み出した1つの要因だろうと私は思います。
そしてこの作品、「異色だなぁ」と思うのが、視聴者に完全にネタバレをしているところ。物語終盤、勇作は出所してすぐ、妻に〝もしまだ一人暮らしで、お前が俺を待っててくれているんだったら、家の前竿に黄色いハンカチをぶら下げていてほしい〟とハガキを送ったことを2人に明かします。それを聞いた欽也と朱美は、3人で夕張へ向かうことを決意し車を走らせるのですが、果たして黄色いハンカチがぶら下がっているのか否か、その答えはもう映画のポスターで描かれているんですよね。
ポスターの、あの沢山の黄色いハンカチがはためく風景を思い浮かべながら観る人のほうが、多いのではないかと思います。物語の結末が分かる場面が、思いっきりポスターになっていることって、あまりないですよね? よくよく考えてみるとタイトルに「幸福の」と入っているし、ハッピーエンドであることは予想がつきます。
その黄色いハンカチを見つける感動の場面もですが、まず初めに見つけるのが欽也、その後朱美が見つけ勇作に声をかけると、空にはためく沢山の黄色いハンカチが遠くに映し出され、視聴者が見た後ようやく勇作が見つける構成になっているんですよ! 誰よりも後に当事者が見つけるという見せ方、視聴者は先に分かっているのに! それなのに心揺さぶられるのです! 勇作が車から降り立ってハンカチを見た後、カメラが荒いズームで黄色いハンカチにググッと寄るカットも、ハンカチを見つけた勇作の心情を物語っているようで、私の好きなカット。ハンカチを見つめながら少しだけ眉を寄せ、顔をしかめるような表情は、勇作の不器用さが感じられて、何度見ても胸が熱くなります。
このように敢えて〝見せる演出〟をしている山田監督ですが、一方終盤の感動の場面で、〝見せすぎない演出〟をしているのも粋な見どころ。
例えば、勇作が妻と再会を果たす場面。遠くで車内からこっそりと見守る、勇作を送り出した欽也と朱美の引きの視点で、再会の2人が映されています。寄りで表情を撮るのではないんですよね。再会した2人も、きつく抱きしめあったりするのではなく、涙している妻の肩をそっと支え、2人で家の中へ入っていく……なんと美しい切り取り方なのでしょう! この奥ゆかしさこそ、日本人の心を揺さぶる、日本の美徳なのではないかと私は思います。きっとこれが、何度観ても感動がある、結末を知っていても楽しめる魅力。
見せるところと見せすぎないところ。そのメリハリから、山田監督のユーモアさと気品が感じられるのです。
『男はつらいよ』シリーズをはじめ、数々の作品を今も世に送り出している山田洋次監督。愛される作品を生み出しているのには、長年映画を撮り続けている山田監督ならではの視点と、日本の心がありました。
今回初めて『幸福の黄色いハンカチ』を鑑賞しましたが、まだまだ語り足りないくらい、魅力が沢山詰まった作品です。人のあたたかさとエネルギーが感じられる街並みの切り取り方。思わず口ずさみたくなる陽気な音楽。広大な北海道を舞台に、その中で役者たちの個性が輝きを増し、それぞれが物語を生きています。これが、何度観ても楽しめる不朽の名作なのだと確信しました。
かなり物語の終盤部分を語ってしまいましたが、ネタバレしていても夢中で楽しめる作品なので、ご安心を。皆さまも是非、ご覧ください。
