発達障害の夫をもつ妻の苦悩。“心が通わない違和感”は理解されにくい

 ここ数年でメディアなどの報道により発達障害の認知度は上がりました。不注意が多かったり衝動的な言動のあるADHD(注意欠如多動性障害)、コミュニケーションに難があったり、特定のこだわりやルーティンを好むASD(自閉スペクトラム症)、知的に問題はないのに読み書きや計算が難しいLD(学習障害)についてはご存知の読者も多いでしょう。

 一方で、発達障害特性が見られるパートナーを持ち、その特性に翻弄(ほんろう)された妻(または夫※)が陥るカサンドラ症候群」は、まだまだ認知度が低いのが現状です。(※本記事タイトルに「妻の苦悩」とありますが、男女が逆のケースも当然あります)

◆カサンドラ症候群とは? うつや不眠になる人も

 例えば、妻が夫に何を言っても受け答えが常に「わかりました」だったり、具合が悪くて寝込んでいるのに「大丈夫?」の声すらかけてもらえない、妻が外出をしないといけない際に夫に子どもの世話を頼んだのに夫が面倒を見ずに出かけてしまう……共感力の欠如などの特性からくるパートナーのこうした行動が積み重なり、夫婦関係や家庭生活に影響を与えます。カサンドラ症候群とは、その結果生じる、うつ、無気力、不眠、パニック障害、自尊感情低下などの身体的・精神的症状のことを指します。

 今回は、自身もカサンドラ症候群経験者で、カサンドラの支援団体「フルリール」の代表、『私の夫は発達障害? カサンドラな妻たちが本当の幸せをつかむ方法』(すばる舎刊)の著者でもある真行結子(しんぎょう・ゆいこ)さんに話を聞きました。カサンドラ症候群はどのような状況で起こり、彼女/彼らに対してはどんな支援が必要とされているのでしょうか。(以下、「」内コメントすべて真行さん)

◆カサンドラの悩みは100人いたら100通り

「まず、フルリールでは、カサンドラ症候群当事者が集い、プライバシーが守られる安心・安全な場で、悩みや体験を語り、否定されることなく気持ちをわかちあい、情報と経験と智恵の交流を行うセルフヘルプグループ活動に取り組んでいます。

 その他、個別のサポートを求められる方も多いので、その際は、個別カウンセリングを私が担当し行っています。カサンドラのお悩みで多いのは、パートナーと会話のキャッチボールができない、コミュニケーションが取れない、いたわり合いができず夫婦としてのつながりの実感が持てないというものです」

 カサンドラの悩みは共通する部分はあるにせよ個別性が高く、パートナーの特性の種類や強さ、カサンドラ側の性格傾向、周囲のサポート体制などにより、100人いたら100通りの悩みがあるそうです。

 また、フルリールでは、医師等の専門家による発達障害についての講演会や、カサンドラ症候群からの回復講座などの「学びの会」も実施しています。

「発達障害の特性により、計画や見通しを立てることが難しい方がいて、家計にも影響するケースがあります。そのためファイナンシャルプランナーを招いての家計講座も行っています。また、夫婦関係が破綻して離婚を望む方には法的な知識が必要となる場合がありますので、カサンドラ症候群や発達障害に理解のある弁護士と連携をし、法律講座や個別相談を行っています」

◆「夫婦はそんなもんだよ」他人に理解してもらえない苦しさ

 一般的にカサンドラ症候群は周囲に理解されにくいものだと真行さんは言います。それは「夫が全然話を聞いてくれなくて」「夫が片付けなくて」などと相談をしても「男の人はそんなもんだよ」「うちだってそうだよ」という言葉で片付けられがちで、自分が悪いのだと思いこんでしまい、一人で悩みを抱えてしまうのです。

 フルリールはセルフグループ活動を月3~4回行っており、毎回30名ほどが参加しています。参加された方は、「同じ悩みを抱えている人がこんなにいるとは思わなかった」と驚き感激するそうです。それまでは周囲に話しても理解してもらえないことから孤立感のなかで悩みを深くしていた方が、仲間と出会い、共感の中で安心し、回復にむけて歩みだす力を得る場がフルリールなのです。

◆本人に困り感がない場合、医療機関を受診しづらい

 カサンドラのパートナーの多くは、自分に発達障害傾向があることを自覚していません。仕事や社会に対応できていると、本人は“困り感”を抱えることがなく、自覚にはつながりにくいのです。

「ご相談の中では、パートナー本人に発達障害の自覚がなく、医療機関を受診しないというお悩みを多くいただきます。その場合、医療機関に連れていくことが非常に難しく、無理に連れていこうとしたところで余計関係が悪化して逆効果になってしまう場合もあります。また、医療機関に連れて行ったとしても、本人は困り感を抱えていないので医師としては何もできないというケースもあるのです」

 これらのことから、医療機関に連れていくのが良いかどうかはケースバイケースだと真行さんは言います。発達障害に関する本に掲載されている具体的な事例の中で、パートナーに当てはまる部分を伝えた結果、受診につながったという事例もありますが、数としては少ないそうです。

◆最近は発達障害の当事者による相談が増えている

 このように、非常に難しい問題であるカサンドラ症候群ですが、フルリールには夫婦で相談に来る人もいるのだとか。

「妻に言われて渋々お見えになる方もいらっしゃいますが、妻との行き詰まっている関係を改善したいと前向きな気持ちでお見えになる方もいます。夫婦のみで話し合っても問題解決が難しい場合、カウンセラーという専門家を交えることで冷静に話し合うことができ、専門的見地からのアドバイスにより関係改善の具体的方法が見えてくるのです。

 また、自分のせいで妻がストレスを抱えているようだと悩み、夫ひとりでご相談に来るケースが、ここ一年増えています」

◆「離婚」という選択が幸せな場合も

 カサンドラ症候群が原因で離婚する夫婦もいますが、真行さんはそれを決してマイナスの離婚とは捉えていません。むしろ、プラスの離婚の場合もあると語ります。

カサンドラはジェンダーの問題もはらんでいるんです。2020年の日本のジェンダー・ギャップ(男女格差)指数は156カ国中120位と低く、たとえば、夫からDVやモラルハラスメントを受けている妻が、夫から離れたいと考えていても、経済的に自立していないことで諦めてしまうケースがよくあります。また、必要以上に夫の顔色を伺い、限界を越えた我慢をしている妻も少なくありません。

 私の個別相談のゴールというのは必ずしも一緒にいることではなく、いかにお互いが幸せでいられるかということなのです。そうすると、離婚や別居という選択が幸せな場合もあるのです」

 しかし、妻が離婚を望んでいても夫が離婚をしたくない場合はどうなるのでしょうか。その場合、間に弁護士を入れて対応しているケースが多いと言います。

 なぜ離婚したくないのかの理由は人によって違います。婚姻届を出して作った家族という形にこだわりそれを壊したくない人、子どもに固執(こしつ)している人などじつに様々だそう。

 また、最近ではコロナ禍で在宅勤務が推奨され、夫婦で過ごす時間が増えたことも、カサンドラに影響を与えているといいます。カサンドラは適度な距離を取ることが一つの解決法として有効とのことですが、テレワークによりそれができにくい状況になっています。この解決法としては、難しいところではありますが、コロナ禍でも、外出できる先があるなら少しでも一緒にいる時間を減らしていくことが効果的とのことです。また、家庭内でも夫のエリアを決めて家の中であまり接触しないように工夫することも挙げられます。

◆苦しくても、発達障害者の存在自体を否定しないで

 そして最後に真行さんは、発達障害者とカサンドラ症候群の人の関係性についてとても重要なことを語ってくれました。

「SNSや掲示板などで、カサンドラと思われる方による発達障害者を貶(おとし)めるような書き込みや、カサンドラと発達障害者の対立構造を感じることがあり、とても胸が痛みます。カサンドラ症候群は、パートナー間の関係性の問題です。ですから、発達障害者の存在自体を否定したり、悪者を作らないで、とお伝えしています。

 発達障害に対する理解や社会的な支援制度はまだまだ十分ではなく、そのことがカサンドラに対する理解や支援の不足にも繋がっています。発達障害者が生きやすい世界はカサンドラの人が生きやすい世界でもあるのです。すべての人が尊重され生きやすい共生社会を目指し、私たちは活動しています」

【真行結子】(しんぎょう・ゆいこ)

発達障害特性のあるパートナーを持つ人たちの居場所「フルリール」代表。シニア産業カウンセラー。自身もカサンドラ症候群に陥った体験から、カサンドラ支援団体「フルリール」の活動を開始。著書に『私の夫は発達障害? カサンドラな妻たちが本当の幸せをつかむ方法』。

<取材・文/姫野桂>

【姫野桂】

フリーライター。1987年生まれ。著書に『発達障害グレーゾーン』、『私たちは生きづらさを抱えている』、『「生きづらさ」解消ライフハック』がある。Twitter:@himeno_kei

2021/4/19 8:47

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