「元気な赤ちゃん、産んでね!」妊婦への常套句に潜む、危険性とは

2019年。

「令和」という新しい時代を迎えたが、これまでの慣習や価値観がアップデートされる訳ではない。

このお話は、令和を迎えた今年に保険会社に総合職として入社した、桜田楓の『社会人観察日記』。

1996年生まれ、「Z世代」の彼女が経験する、様々な価値観を持った世代との出会いとは…?

◆これまでのあらすじ

これまでに楓は、副業OKとうたっていた会社で「何も会社に貢献していないのに…」と語る人事部の社員を目の当たりにした。

今週、彼女が出会う社会人とは…?


―7月1日。

会社員らしく、楓はこの日朝からソワソワしていた。

そう、人事異動の発表の日だったのである。

異動対象となる本人には、2週間前に内示という形で伝えてあるものの、社内公表は1日というのが決まりであった。とはいえ、入社2年目の楓は、異動の対象とはなっていないようで、内示も特に受けていない。

どんな人がチームに異動してくるのか、あるいは異動していくのか。会社員にとっては一大イベントである。

9時半頃、部長である岩田がチーム全体に聞こえる声でミーティングのアナウンスをした。

「誰か異動してこられるんですかね!なんだかドキドキします。」

会議室で、楓の横に座った麻美が小さい声で話しかけてくる。

「麻美ちゃん、人事異動公表初めてだもんね。」

メンバーが次々と会議室に集まってくる。それを確認し終えると、岩田が開口一番にこう言った。

「大阪支社からの異動者がいる。入社4年目の営業上がりの男性だそうだ。」

―やっぱり異動するのは4年目の人か。

楓は心の中で、そう呟いた。それは、楓の会社では3年間を1つのタームとして、4年目に異動させることが多いと噂で聞いていた通りだったからである。そして岩田が続けた。

「新入社員のOJTまでとはいかないけれど、営業とは業務内容がほぼ違うだろうから、皆、よろしくな。それから、この7月の異動のタイミングで産休に入られる方がいます。岡崎さん。ゆっくり休んでまた復帰してくださいね。」

産休社員にあげる、メッセージカード。そこで“Z世代”が感じたこととは?

異動ではないが、同じ時期に産休に入る社員についても、岩田は発表した。上長から公式に発表されただけであり、岡崎の妊娠については周知の事実であった。

―岡崎さん、産休かぁ。あっという間だわ。

楓が参加した就職活動時の説明会で、「弊社は、子育てサポート企業の証である、くるみんマーク取得企業です」と人事が声高らかに宣言していたように、妊娠している女性が働きやすいような配慮が取られていた。

例えば、岡崎に対して、負担の重い仕事ばかりがいかないように調整が入っていたり、検診には時間単位での有給が使用出来たりといった具合である。

また、中本のような産休・育休を経て復帰している「先輩ママ」がチーム内にいたこともあってか、休憩時間には自然と子供の話題で盛り上がったりと、社内の雰囲気としても、妊娠中や子育て中の人々が働きやすい環境だと感じていた。

この場で改めて、チームメンバー全員に発表されたこともあり、岡崎は「ありがとうございます」と照れ臭そうに答え、会釈をした。

社内の雰囲気としても、妊娠中や子育て中の人々が働きやすい環境だと感じていた。

―会社にはいろいろ思うところはあるけど、やっぱりしっかり産休・育休が取れるのってありがたいわよね。


その日の午後。デスクに向かって、先日行われた決定会議の議事録を作成していた楓に中本が話しかけてきた。

「桜田さん、ちょっといいかしら?岡崎さんが再来週から産休に入られるじゃない?チームでちょっとしたプレゼントと、メッセージボードを用意しようと思っていて…。悪いんだけれど、麻美ちゃんと協力して準備をお願いできないかしら?」

―メッセージボードかぁ。学生のとき、よく卒業式とかでやったなぁ。

楓はそう思いながら、「承知しました」と答えた。

次の日から、楓はメッセージカードをチーム内に配り、趣旨をメールで説明した。もちろん、岡崎には見つからないように、である。

常套句であるメッセージが持つ危うさとは?

楓は、岡崎に対して、「お身体にお気をつけください。また復帰されましたら、お話出来ること楽しみにしております」と書いた。

岡崎とは、仕事上ではお世話になったが特段親しいわけではなかった。そのため変に踏み込んだ内容とせず、彼女自身への労わりの気持ちを込めたメッセージとした。

麻美もまた、「入社して以来、業務で少ししかお話する機会がなかったので、復帰されるのを心待ちにしております。お身体ご自愛ください」と記入していた。



それから1週間程が経過し、楓と麻美はチームメンバーからメッセージカードを回収し、ボードの作成に取り掛かろうとした。

その時である。

「どれも大体似たようなメッセージになっちゃうのは仕方ないと思うんですが、これってどうなんですかね…?」


麻美は、カードを見ながら呟いた。

そこには、「元気な赤ちゃん産んでね!」「元気な赤ちゃんに会えるのを、楽しみにまっています!お大事に」といった激励の文言が並んでいた。

「そうね…。よく聞く言葉だけど」

そう楓が言うと、麻美はちょっとシリアスな表情で、こう話し始めた。

「私、姉がいるんですけど、妊娠中かなり情緒不安定になって…。産休に入る前に同僚から“元気な赤ちゃん産んでね!”って言われるのが逆にプレッシャーになる、って言ってたんです。繊細な時期だから、かける言葉には気をつけないとな、と思って。」

日本において、妊婦に対してかける「元気な赤ちゃん産んでね!」という言葉は、誕生日を迎えた人に「おめでとう!素敵な1年を!」と言うくらい、慣れ親しんだものである。

「そうなんだ…。お姉さま、大変だったのね。」

妊婦は感情の面でも不安を多く抱えている。たとえ順調そうに見えていたとしても、他人から見える部分には限度があり、些細な言葉がプレッシャーを与えてしまうかもしれない。

「はい。皆思いやっての言葉だと思うのですが、職場の人という間柄だと、かける言葉に悩みますよね。」

特に気の置けない間柄とは限らない職場の人から、「元気な赤ちゃん、産んでね」という大量のメッセージは圧力に感じてしまう場合もある。

「そもそも、最初、会社でメッセージボード作るなんてちょっとウェットだなぁって、少し驚きましたけど。」

「麻美ちゃんったら。」

相手の心情や立場は、身内でもない他人が推し量ることはなかなか難しい。例えば妊婦の身体を気遣うといったように「相手自身のみ」を気遣うだけで十分なのかもしれない。

「岡崎さん、お体に気を付けてください。これ皆からです!」

楓は出来上がったメッセージカードとともに、岡崎自身を気遣う言葉をかけながら、改めて自分自身が何気なく発する言葉の一つ一つに気を付けようと思ったのであった。


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この記事のみんなのコメント

3
  • アレックス

    12/11 17:12

    こういう産みの苦しみも不安も怖さもプレッシャーも理解せずに 好き勝手な事を言ってる男を見ると反吐が出るな。何も判っていない。

  • めんどくせぇー。自分で望んで孕んだんだから、覚悟してるだろ。

  • いち(

    12/11 12:57

    めんどくさ!妊娠出産は病気じやないと放っておいたら労ってとか思いやりがないだとか、気を使ってかけた言葉がプレッシャーとかあーめんどくさ!

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