「夫を奪った、女が来た?」女社長のトラウマをえぐる、不吉な一本の電話

“夫婦”

それは、病めるときも健やかなるときも…死が二人を分かつまで、愛し合うと神に誓った男女。

かつては永遠の愛を誓ったはずなのに、別れを選んだ瞬間、最も遠い存在になる。

10年前に離婚した園山美月(35)は、過去を振り切るように、仕事に没頭していた。

もう2度とあの人に会う事はないと、思っていたのに―

念願だったモデルプロダクションを立ち上げ、長年の夢をようやく掴みかけていたそのとき。

元夫との思わぬ再会に、美月は辛い過去を思い出し、苦しんでいた。

“元夫の子供”という複雑な関係ではあるが、小春を一流モデルに育てる決意をした矢先、ロケに向かう飛行機に急病で遅れてしまったと連絡が入る。裕一郎の機転で、何とか乗り切ったものの、今度は2人が元夫婦であることがバレてしまい―。


その夜、美月と裕一郎は、小春に真実を伝えることにした。

まだ起きていた小春に向かって、裕一郎が言いにくそうに切り出す。

「小春、もう気づいているかもしれないが…」

すると小春は、平然とした顔で答える。

「パパと美月さんが昔結婚してたってこと?それならとっくに知ってる」

「えっ…」

過去を知られてしまったとは思っていた。ただ、その言葉は予想外で、思わず美月は聞き返す。

その表情は、毅然としていて、小春の強い意志を持つ瞳が星空の下で美しく光っている。美月はその迫力に圧倒されそうになりながらも、もう一度問いかけた。

「小春、とっくに知ってるってどういうこと?」

「ママから聞いてたから」

「優香子から?本当か?」

驚いたのは裕一郎も同じだ。

「そう。だからママは『Chel-sea』に入ることを反対していたの。今でももちろん認めてくれてない。でも、私は美月さんと一緒に頑張っていきたいの。はじめて私のモデルになって世界で活躍したいって夢に真剣に向き合ってくれた大人だもん」

しっかりとした口調で話す小春は、とても大人びて見えた。

「だからパパ、勘違いしないで。美月さんにもわかってほしい。2人が昔、どんな関係だったとしても、私は気にしない。

2人も普通にしててほしい。無理に隠そうとしておどおどするのも、不自然によそよそしくするのも、私情を持ち込んでるのと一緒だと思う」

小春は、誰よりも大人だった。美月はこれまでの自分の振る舞いを恥ずかしく思い、申し訳なさと情けなさでいっぱいになる。

そして、ここまで自分を慕ってくれる小春のために、なんとしてでも結果を出そうと強く思ったのだ。

「というわけで、話はもう終わりだよね。おやすみなさい」

コテージに戻る小春の後ろ姿を、美月と裕一郎は言葉をかけることもできず、ただ見送ることしかできなかった。

再び訪れた2人きりの時間。美月は疑問に思っていたことを尋ねる…

結局、再び元夫婦はその場に2人きりになってしまった。

仕方なく、ワインボトルとグラスを持ち出しガーデンデッキへと戻る。

「あの子の方が、よっぽど大人だったわね…」

小春がいかにしっかりしているか、自分たちが愚かだったか、ぽつりぽつりと言葉を交わし合う。

暗闇と静寂の中で、それぞれが小春の言葉について想いを馳せる。美月が「私、頑張るわ」と自らに言い聞かせるように呟くと、裕一郎は静かに頷いた。

ゆっくりと酔いが回ってきて、ふと疑問に思っていたことを口にする。

「ねえ、裕一郎。優香子さんとうまく行ってないんでしょう?」


「なんでそう思うんだよ」

「それくらいわかるわよ。ここまでの状況から考えて」

すると、裕一郎は肩をすくめて苦笑いする。

「まあな。因果応報かな」

「それ、私に言う?そんな無神経だったら、優香子さんに捨てられても文句言えないわね」

「本当にすぐつっかかってくるな」

「刺されないだけありがたいと思ってほしいわ」

裕一郎は、呆れたように笑い、つられて美月も笑った。

料理研究家のアシスタントをしていた優香子は、長年の夢であった料理教室を自宅で開いていたと、裕一郎は語った。しかし、それも最近やめて専業主婦になったものの、家庭内別居のような状態が続いているという。

裕一郎は我に返り「おまえに言うことじゃないな」と言った。

「その通り。甘えないで」と、美月はきっぱりと拒絶する。

世界で一番自分を傷つけた相手だ。許さないという気持ちは絶対に一生持ち続けるだろう。

ただ一方で、家族でも恋人でもない不思議な距離感がどこか気楽で、友情のような気持ちは生まれつつあった。

お互いの仕事の話や懐かしい知人たちの話で盛り上がる。

結局深夜になるまで、2人は星空の下でワインを飲みながら過ごした。酔った体に夜風が心地よい。

しかし、美月はプライベートについて語りたいとは思わなかった。

不倫された末に捨てられた女が、その後生涯独身を誓って仕事に没頭しているのだ。自ら選んだ道だけれども、元夫に話したいとは思えなかった。

結婚や出産という未来がなくても、キャリアも財産も築き、社長にもなった。

それでも時折、バツイチの独り身という記号に、惨めな気持ちになることは事実。

美月にその称号を押し付けた当事者に甘えるほど落ちぶれてはいない。

「まあ、とにかく小春のことは頼んだよ。俺は、応援してるんだ。あの子がやりたいことを、精一杯やるべきだ。彼女の人生は彼女のもの。俺はその権利を守りたいと思ってる。

優香子には俺が説得するよ」

こうして小春へのカミングアウトは、予想外の形で終わった。

ー無理させてしまった小春の心にさらに寄り添って、この先ずっと共に歩もう。

改めて、美月は心を決めたのだった。

いよいよ撮影が始まるが、またしても新たなトラブルが美月に襲い掛かる…

翌朝は清々しく晴れ、まさに撮影日和だった。撮影は二日にかけて行われるので、初日の朝は遅い。

木漏れ日の美しさ、鳥の鳴き声、心地よいそよ風…。普段、都心から出ない美月にとって、自然の力で心が洗われるとはまさにこのこと。

ウッドデッキには、モデルとスタッフ向けの朝食が用意され、まるでガーデンパーティーのようなセッティングがされていた。

使われているテーブルセットから食器や雑貨の一つ一つにいたるまで、すべてが今回の広告とコラボレーションされたタイアップ商品だ。

焼きたてのパンやスコーン、手作りのジャム、たくさんのフルーツがテーブルいっぱいに並べられ、小春も上機嫌でつまんでいた。

細やかな気遣いが行き届いている現場に感心しながら、ハーブウォーターを飲んでいると、亜紀が笑顔で近づいてくる。

「乾さんは撮影に立ち会うのかしら?」

「いえ。もう東京に戻ったみたいです。今さっきもう新幹線に乗ったと連絡がありました」

「それは残念。もっとゆっくり話したかったわ」

「そうですよね。本当に奇跡的な再会でした」

裕一郎との再会は美月にとってありがたくない奇跡だったけれど、そろそろ自分の過去を受け入れて、消化することで次のステージに進みたいと、素直に思えた。

そうすることで、次に繋がる再会も増えていくような気がする。きっと、すべて今後のステップに活かせるはずだ。


準備が整い、いよいよ小春の初仕事が始まった。

BBQやアスレチックでの遊びを自然に楽しんでいる様子を捉える形で、撮影は進んでいく。

実際の小春は一人っ子の中学生だが、今の役割は、弟思いの女子高生だ。

大きな声で笑ったり小さな男の子や犬と走り回って遊んだり、自然体に振る舞いながらも、きちんと役を演じているのが見て取れる。

セリフがないという難しい状況の中で、表情や仕草でしっかりと演技をしていた。

小さな頃からずっと仕事をしてきたプロ意識は、しっかり根付いているのだ。

親の反対を押し切ってまで厳しい道を選んだ小春のことを、美月は素直に尊敬していた。

病み上がり直後の撮影ではあるけれど、小春の実力に間違いはない。

美月は安心して、遠巻きに撮影を見守っていた。

―きっと、素晴らしい作品になる。

しかし、ほっとしたのもつかの間、ポケットの中でスマホが鳴った。慌てて着信名を確認すると、東京の事務所にいる里沙からだ。

「もしもし、里沙。どうしたの?」

「み…美月さん、大変です!!」

里沙の口調から焦っていることが伝わる。それどころかパニック状態だ。何のトラブルが起きたのかと、美月は身構える。

「小春ちゃんのお母さんが事務所に来ています」

「え!?」

衝撃的な報告に、一瞬で血の気が引いているのがわかる。

「今、たまたま打ち合わせにきていた高岡さんが相手をしてくれていて…」

「わかった。ありがとう。とにかく高岡さんになんとか対応してもらいましょう。状況を随時報告して」

「はい」

冷静になろうと一度電話を切ると、美月は天を仰いだ。

こういうことが起きる覚悟は、できていたつもりだ。

それでも心臓の鼓動はどんどん早くなるばかりで、目眩がしてくる。

どうして、よりによって面倒な高岡が…。いや、業界で場数を踏んでいる高岡の存在こそ頼もしいのだろうか。

何はともあれ、小春の所属については誠意ある説明をしなければならない。

しかし、その相手は、あの憎き元夫の不倫相手だ。

名前を思い出すだけで、あの生々しい胸の痛みが蘇り、気が遠くなる。

ーそれでも、私は小春の覚悟に向き合うだけ。

その決意だけは揺るがない。

「私情は挟まない」と小春と交わした約束は、美月を確実に強くさせていた。

美月はしっかり前を見据え、唇を噛み締める。


▶NEXT:7月3日 水曜更新予定
ついに元夫の不倫相手と対峙する日がきた。小春が活躍する未来と引き換えに、美月は再び苦しむことになる。

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