錦織圭もスゴいが大谷翔平もスゴい! 96年前に生まれたベーブ・ルースの記録に挑む! こじ開けろ歴史の扉!!

拡大画像を見る

 テニスの全米オープン男子シングルスで日本人選手としては96年ぶりにベスト4入りを果たした錦織圭。惜しくも敗れたが、シングルスでは日本人選手初のグランドスラムの決勝戦へと駒を進めた。

 プロ野球の世界にも、この錦織圭と同じく96年前に伝説のプレーヤーが生み出した記録に肩を並べた選手がいる。二刀流・大谷翔平(日本ハム)だ。いったい大谷はどんな歴史的な記録を達成したのか。野球といえばこのサイト『週刊野球太郎』編集部に聞いてみた。

     *   *   *

◎アメリカではベーブ・ルースしか達成していない10勝&10発!

 9月7日(日)、日本プロ野球史に新たな歴史が記された。錦織圭が世界ランキング1位のジョコビッチに勝利し、シングルスでは日本人初(アジア出身としても初)のグランドスラムで決勝に進出するという快挙を成し遂げた数時間後、大谷翔平(日本ハム)が今季10号ホームランを放ち、「投手として10勝、打者として10本塁打」を記録した。これは80年に及ぶ日本プロ野球史上、初めての出来事で、「同一シーズン2ケタ勝利&2ケタ本塁打」を達成した選手は150年に及ぶメジャーリーグの歴史でも、あのベーブ・ルース(元ヤンキースほか)だけという大記録だ。また、韓国では、韓国プロ野球が誕生した1982年に金城漢(当時ヘテ・タイガース)が達成している。

◎“野球の神様”ベーブ・ルース、元々は投手だった

 「(ルースは)映画で見たことがある」という大谷。それもそのはず、ルースが活躍したのは今から約100年前のことである。通算714本塁打、打率.342を記録するなど、打者の印象が強いベーブ・ルース。しかし、レッドソックスに入団直後は、投手として活躍していた。1916年、1917年と2年連続で20勝以上をマーク。当時のルースは、投手陣の中でも中心的存在だった。

 ところが、1918年のシーズンは、第一次世界大戦の影響で選手が不足。監督から野手としての出場を懇願されたルースは、5月6日の試合で初めて野手としてスタメン出場を果たす。投手でも野手でも試合に出場していったルースは、投手として出場した試合でも2本塁打を放ち、合計11本塁打を記録。なんと、本塁打王を獲得してしまったのだ。野手出場が増えて、登板機会が減ったものの投手としても活躍し、20試合に登板して13勝7敗という成績を挙げた。

 1920年、ヤンキースに移籍した後は、打者に専念したルース。その後、打者として数々の驚異的な数字を叩き出すわけだが、投手としては通算94勝46敗、防御率2.28の成績を残している。まさに“野球の神様”のニックネームに相応しい選手といえるだろう。

◎大谷は何勝&何本塁打まで積み重ねられるのか?

 そんなルースと肩を並べることになった大谷は、まだ高卒2年目であることも忘れてはならない。たとえば、高卒2年目で2ケタ本塁打を達成した選手を遡ると、12球団では1994年に20本塁打を記録した松井秀喜(元巨人ほか)以来、20年ぶり、パ・リーグでは1987年に29本塁打をマークした清原和博(元西武ほか)以来、27年ぶりだという。1つを成し遂げるだけでも歴代日本人の強打者の仲間入りができるというのに、それを2ケタ勝利も同時に達成するとは、どんな比喩を使えばいいのかわからない。

 世界の野球界でも珍しい偉大な記録を成し遂げた大谷翔平。これから、どこまでこの数字を増やしていくのだろうか。ルースは13勝&11本塁打、金城漢は10勝&13本塁打という記録をそれぞれ残している。日本ハムは残り22試合で、大谷が先発するのは最大4試合とみられ、野手としては10試合程度の出場が予想されている。14勝&14本塁打で2人まとめて上回ることは厳しいかもしれないが、できる限り近づいてほしいと思う。

 テニス界の歴史を変えようとする錦織圭と、野球界の歴史を変えようとする大谷翔平。これからも若き2人のアスリートを応援せずにはいられないだろう。

※『週刊野球太郎』は、auスマートパス、Yahoo!プレミアム、ドコモSPモードでサービス中です。

スマートフォンマガジン『週刊野球太郎』(http://yakyutaro.jp)ではプロ野球終盤戦をいろいろな角度から大特集! これだけで、直近の野球の話はほとんど網羅できます。そして、赤星憲広さん(元阪神)の独占インタビューもスタート!

関連リンク

  • 9/9 12:31
  • Scoopie News

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます