1日で4試合分をこなしたプロ野球チームがあった? プロ野球最長延長試合はこれだ!!

 4日間で延長50回を戦い抜き、大きな話題を呼んだ第59回全国高等学校軟式野球選手権大会の準決勝。結果はご存じのとおり、中京高が崇徳高に3-0で勝利した。同日行われた決勝も中京高が制して、見事、全国制覇を果たした。

 硬式、軟式を問わず日本で行われた野球の試合のなかで、史上最長の延長戦であることは間違いないだろう。もちろん日本プロ野球界では、これほど長い延長戦はあり得ないという。連日、野球情報をお届けしている『週刊野球太郎』編集部に、日本プロ野球で最も長く戦った延長戦について取材した。

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◎日本プロ野球史上最長は延長28回!

 日本のプロ野球で最長の延長戦は、1942(昭和17)年5月24日に後楽園球場で行われた大洋軍vs名古屋軍の一戦である。

 試合は午後2時40分にプレイボール。大洋軍は野口二郎、名古屋軍は西沢道夫の先発で始まったこの試合は、名古屋軍が2回表と3回表に1点ずつを取り先制するも、大洋軍も負けじと6回裏に2点を取って同点。さらに7回裏には名古屋軍の守備の乱れに乗じて2点を取り、大洋軍が4-2とリードして9回を迎えた。

 ところが9回表2死、あと1人の場面で、野口は古川清蔵(名古屋軍)に同点2ランを浴びてしまう。その裏、大洋軍の攻撃は三者凡退に終わり、ここから長い長い延長戦がスタートしたのだった。

◎その瞬間、大リーグを超えた!

 延長に入ってからも、野口と西沢の投げ合いは続き、イニングは26回に。この26回というのは、メジャーリーグでの最長試合のイニング数である。1920(大正9)年5月1日に行われたドジャースvsブレーブスの試合が、延長26回の末、1-1で引き分けを記録している。

 その大リーグの記録に並ぶ26回表の名古屋軍の攻撃。2死から相手失策で走者を出し、8番打者の西沢が右中間へ大きな当たりを放った。一挙に本塁を狙う走者。待望の勝ち越し点が入るか……と球場全体が騒然となるなか、中継に入った苅田久徳(大洋軍)が本塁へ素晴らしい返球をみせ、間一髪アウト。その裏の大洋軍の攻撃も無得点に終わり、メジャーリーグ記録を超えて27回に突入した。

◎1日で38イニングを戦い抜いたことに……

 27回裏、今度は大洋軍が2死二塁のチャンスを得る。次打者の安打で二塁走者が本塁を狙うも、なんと三塁をまわったところで走者が転倒。アウトになってしまったという。

 28回は両軍とも走者を出すも無得点に終わり、球場を暗闇が包んだ午後6時27分、島秀之助球審の右手が上がり、日没によって4-4の引き分けが宣言されたのだった。

 驚くべきは、両軍の先発投手が2人とも完投した点だ。野口(大洋軍)は99人の打者に対して344球、被安打13、6四死球、13奪三振を記録。西沢(名古屋軍)は94人に対して311球を投げ、被安打15、6四死球、6奪三振と、両者ほぼ互角の投球内容をみせたのだった。

 さらに驚くのは、この日の両軍の試合スケジュール。実はこの延長28回の試合の前、午前11時7分から名古屋軍は別のチームと試合を行い、延長10回を戦って2-3で敗れている。また大洋軍も巨人軍と試合を行っており、25分の休憩時間を挟んで、名古屋軍との試合に臨んだという。つまりこの日の名古屋軍は、午前中の延長10回と午後からの延長28回を合わせて、1日で合計38回も試合をしたことになる。また大洋軍も巨人軍と9回を戦い、その後の延長28回を合わせると、1日で合計37回を戦い抜いたのだ。

 27回裏、三塁をまわったところで転倒した大洋軍の走者も、さすがに疲労は隠せなかったのかもしれない。いずれにせよ、1日で9回×4試合=36回以上も戦った両軍は、4日間で延長50回を戦った中京高と崇徳高と同じくらい、惜しみない拍手を贈りたい。
(参考資料/プロ野球記録大鑑・宇佐美徹也著)。


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