日本プロ野球史上初の1球勝利投手は、日本のルールを訂正したいい投手だった!?

 8月30日に行われた楽天vsソフトバンク戦で、プロ野球史上初の記録が生まれた。楽天のドラフト6位ルーキー・横山貴明が、1球投げただけで勝利投手になったのだが、これがなんとプロ入り初勝利でもあり、さらに、プロ初登板で達成したのは横山が初めてだという。

 横山は1-1で迎えた7回表、2死二塁の場面で登板。その初球をいきなりヒットにされ、勝ち越しを許してしまった。しかし、送球間に打者走者が飛び出してアウトとなる。スリーアウトチェンジとなり、横山はベンチに戻る。すると、その裏、楽天打線が打者13人の猛攻で一挙8点を奪って逆転。なんとも幸運なプロ初勝利を挙げたのだった。

 今回はこの「1球勝利」にまつわる話を、プロ野球の記録に詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に聞いてみた。

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◎1球勝利の第1号は?


 日本プロ野球史上、初めて「1球勝利」を記録したのは誰か? 1963(昭和38)年8月21日、近鉄vs南海戦で、その記録は生まれた。3-3の同点で迎えた9回表1死一、三塁という南海のチャンスの場面にマウンドに上がったのは、グリン・ミケンズという外国人投手であった。

 ミケンズは自身のウイニングショットである内角に沈むシュートを1球目から投じ、相手打者をショートゴロ併殺打に打ち取り、あっという間にピンチの場面を抑えた。その裏、近鉄打線もチャンスを作り1死満塁。代打・島田光二の打球はセカンドゴロで万事休すかと思われた瞬間、前進守備の二塁手・森下整鎮(のぶしげ)がエラー。近鉄のサヨナラ勝ちとなり、ミケンズは史上初の1球勝利投手となったのだ。

◎キミは「ミケンズルール」を知っているか?

 このミケンズは、日本の公式野球規則を変更させたことでも有名だ。当時、日本の公式記録では2死後に失策があったケースでのみ、それ以降に投手が失点しても自責点は記録されないと解釈されていた。

 しかし、アメリカのルールではアウトカウントに関係なく、その失策が無かった場合にチェンジになったと判断できる場面、それ以降の失点には自責点は記録されないのだ。つまり、失策で走者が出た場合は1アウトと仮定し、仮定の3アウト目以降の失点は、自責点として扱わないのが正しいルールであった。

 この点をミケンズが指摘して、日本でルールが改正された。指摘したミケンズにちなんで、この規則は「ミケンズルール」とも呼ばれている。


 ちなみに、このミケンズは、史上初の1球勝利投手になった3日前の東映戦にも登板しており、その時もわずか5球を投じただけで勝利投手となっていた。つまり、合計6球で2勝の荒稼ぎをしていたのだ。

 性格的には非常に短気だったといわれるミケンズ。球団側との契約では防御率の良し悪しで決まる出来高制を結んでいたため、前述した自責点のルールについて詳しかったというエピソードも残っている。

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