【球界偉人列伝】33試合連続安打を達成した男、髙橋慶彦挑戦記

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 今から35年前の今日、1979(昭和54)年7月31日にある日本記録が生まれたのをご存知だろうか? その日本記録とは、広島の髙橋慶彦が樹立した「33試合連続安打」だ。そこで、以前に髙橋慶彦氏の連載コーナーもあった『週刊野球太郎』編集部に、「33試合連続安打」のことや素顔の髙橋慶彦氏について教えてもらった。

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 大記録は6月6日のナゴヤ球場からスタートしました。もっとも、この頃の髙橋氏は前年にようやくレギュラーを獲得したばかりの、いわばまだまだ“ヒヨッ子”。この後、何試合も連続してヒットを打つようになるとは誰も予想できなかったはずです。

 ところが、7月下旬になっても、まだ連続試合安打が続く状況に、徐々に周りも注目するようになっていきます。7月27日の大洋戦で30試合連続安打のセ・リーグタイ記録を達成。28日の大洋戦でリーグ新記録を樹立。29日の大洋戦で二塁打を放ち、1971(昭和46)年に阪急の長池徳二がマークした32試合連続安打に並んだのです。

 そして31日、ホームの広島市民球場での巨人戦。1回の攻撃でレフト前に安打を放ち、33試合連続安打の新記録をあっさり樹立。高橋氏の場合はスランプになりにくい「足」という武器もあったので、記録はいったいどこまで伸びるのか、と注目を集めました。

 ところが、この試合の2回表の守備で一塁手と交錯し、右足首を痛めてしまいます。結果、翌日から5試合に欠場します。これでリズムが崩れたのか、復帰戦となった8月8日の試合は、阪神の江本孟紀に抑えられ、記録は「33」でストップしてしまいました。

 しかし、この偉業によって「髙橋慶彦」という名とともに当時まだ珍しかった「スイッチヒッター」が注目されるようになりました。髙橋氏もスイッチヒッターへの挑戦こそが、プロで生き残る道と考え、寝る間も惜しんでバットを振って習得しようという原動力につながっただけに、この記録は大きな自信になったのは言うまでもありません。この年は盗塁王も獲得し、さらには日本シリーズでMVPも獲得。一気に、球界を代表する選手へと登り詰めることになりました。

 『週刊野球太郎』での連載企画「赤の時代」の中で、髙橋氏自身が当時のことを振り返りながら、挑戦することの意義を次のように語っています。

「だから言うの。やればなんとかなるんだって。今の世の中って、失敗=命取りという考え方の方が多いでしょう? だから、リスクを回避して『やらない』ことを選択することがよくある。でも、覚悟を決めて挑むこと僕は必要だと思う。それが結果的に失敗になってしまったとしても、得るものは必ずあるよ。みんなそこまでやってないよな。自分が納得のいくところまでやったことは、絶対に無駄なことはないからね。僕はそう思うよ」


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スマートフォンマガジン『週刊野球太郎』(http://yakyutaro.jp)は最新のプロ野球情報や、盛り上がる高校野球情報が満載! 髙橋慶彦さんのほかには立浪和義さんのインタビュー記事も過去に掲載しました。8月からは「熱闘甲子園」の番組制作秘話を語っていただいたインタビューを掲載してく予定です。お楽しみに!

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