【球界初めて物語】7月1日、王貞治が一本足打法に初挑戦!【その後、王に一本足を辞めるよう進言?】

 今日、7月1日はプロ野球史を語る上で欠かすことができない、王貞治の「一本足打法」が生まれた日だという。球界の歴史に詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』に、「一本足打法」誕生秘話を聞いた。

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 「世界のホームラン王・王貞治」が一本足打法に初めて挑戦したのが、1962年の今日、7月1日のことです。川崎球場で行われた巨人vs大洋のダブルヘッダー、その第一試合のことでした。

 王はこの年、プロ4年目。素質は誰もが認めるところでしたが才能が開花せず、「三振王」とも揶揄されていました。一方で、プロに入ってから夜遊びと酒の味を覚え、毎晩のように寮を抜け出しては朝帰りを繰り返していました。しかし、1961年の冬、ある人物が巨人入りしたことで状況が大きく変わります。その人物とは、少年時代の王に野球を教え、早稲田実業学校入りのキッカケとなった荒川博です。

 再会した荒川は「野球のボールじゃあ無理だな。ドッジボールでも投げなきゃ打てんな」、「遊びは上手になったらしいが野球は下手になったな」と王にプレッシャーを与えます。そして、ここから、王と荒川による二人三脚の猛特訓が始まったのです。

 この特訓の中で、内角打ちが苦手だった王に対して、「内角で詰まるのはバットの始動が遅いからだ。最初からバットを後ろに引きつけておいたらどうか」と相手投手が足を上げるのに合わせ、こちらも足を上げてタイミングを計ろうと生まれたのが一本足打法でした。

 ただ、この一本足打法はあくまで練習でタイミングを計るためのもの。実戦でも取り入れようという狙いは当初ありませんでした。しかし、6月30日の試合で王が2三振し、途中交代させられたこと。そして7月1日の試合前、スタッフミーティングで「王は一体なんだ!」と別所毅彦コーチから叱責されたことにカッとなった荒川が「王に本塁打を打たせる」と宣言。王に「今日は一本足で打て!」と指示したのです。それまで実戦球では一度も一本足を試したことはなく、まさにぶっつけ本番の賭けでした。

 この試合、王は一本足打法で5打数3安打1本塁打4打点。そして、この日が契機となったように7月だけで10本の本塁打。シーズンを通して38本塁打を放ち、初の本塁打王を獲得したのです。

 ちなみに、あくまでも一時的なキッカケ、として王に一本足打法を奨めた荒川をはじめ、周囲はその後、王に一本足を辞めるよう進言します。しかし、王はこれを断固拒否。この年以降、13年連続、計15度も本塁打王を獲り続けることで周囲を黙らせました。一本足打法誕生の背景には荒川の助言が大きかったものの、それを王が自分のものにしたのは、本人の確固たる信念があったからこそでしょう。

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  • 7/1 13:37
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