地味な記録? 二塁打に迫る~“とりあえず二塁打”でみんな落ち着く?

拡大画像を見る

 先週の6月14日に札幌ドームで行われた日本ハムvsヤクルトで、岩村明憲(ヤクルト)が1試合4二塁打のプロ野球タイ記録をマークした。

 2010(平成22)年、日本ハムに在籍していた糸井嘉男が達成して以来11人目の快記録で、セ・リーグでは1951(昭和26)年の藤井勇(大洋)、1979(昭和54)年の基満男(大洋)、1981(昭和56)年の渡辺進(ヤクルト)に次ぐ4人目となった。このうち、今回の岩村のように4打席連続で打った選手は、糸井に次いで7人目だ。

 一見、地味な記録のような気もする二塁打にまつわる話を、野球の記録に詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に聞いてみた。

     *   *   *

◎えっ? バントが二塁打に!?

 なんとあの「世界の本塁打王」王貞治(元巨人)は、バントをしたのにもかかわらず、それを二塁打にしてしまったケースがあった。

 1964(昭和39)年7月16日の広島戦。三塁手が二塁ベース付近まで寄り、三塁ベースから三遊間はガラ空き状態の極端な「王シフト」が敷かれていた(「王シフト」はこの年の5月に広島が初めて試合で用いた)。王はこれを見て、セーフティーバントを試みた。打球は三塁線に転がって、三塁手が二塁ベース付近から急いでボールを捕りにいくも、掴んだ時には王は二塁に到達する寸前だったという。

◎何かあったら“とりあえず二塁打”

 6月8日、東京ドームの巨人vsロッテで、中井大介(巨人)の飛球を右翼手・角中勝也(ロッテ)がフェンスに体をぶつけながら捕球。アウトが宣告された。しかし、原辰徳監督が抗議した結果、打球はフェンスに当たってからグラブに収まったとして二塁打に変更された、という場面があった。

 このように、本塁打かどうか、外野手が捕ったかどうか微妙なケースが生まれると、“とりあえず二塁打”になることが多い。

 1961(昭和36)年5月14日、川崎球場で行われた大洋vs国鉄では、佐藤孝夫(国鉄)が大飛球を放ち、そのままスタンドインしたように見えた。ホームランが宣告され、ダイヤモンドを一周した。しかし、この打球は外野ネットの隙間を抜けてスタンドに入ったことが判明し、二塁打になってしまった。

 今度は1987(昭和62)年5月9日、山形県野球場で行われた日本ハムvs南海。山本和範(南海)が放った打球は本塁打と一時は判定されたものの、金網を突き破ったことがわかると、二塁打に変更されたケースがあった。

 これらのように、外野フェンスの網目にボールが挟まったり、外野スタンドの応援旗にからまりグラウンドに落ちたりした場合も、規則で二塁打になる。

◎エンタイトルツーベースで得点ならず……

 もどかしいのも二塁打の特徴だ。外野フェンスが低い球場でたまに遭遇するエンタイトルツーベース。打球がバウンドしてスタンドに入った場合は二塁打と判定され、どんなに足が速い走者だとしても2個の塁しか進塁できない。

 1976(昭和51)年に初めて人工芝が導入された後楽園球場ではエンタイトルツーベースが増加。9月5日、巨人vsヤクルトの1回裏2死一塁の場面、ジョンソン(巨人)が放った打球は左中間を破った。しかし、打球がよく弾む人工芝の影響で、大きくワンバウンドしてスタンドに飛び込み、ジョンソンは二塁でストップ。2死で打った瞬間にスタートを切っていた一塁走者はもちろん三塁止まりとなり、この回は結局、無得点に終わった。

 その後、試合は進み、巨人は松岡弘(ヤクルト)に抑えられ、0-1で敗れてしまった。野球に“たられば”は禁物だが、ジョンソンの打球がエンタイトルツーベースにならなければ……と、なんとも巨人にとってはもどかしい試合になってしまった。



 現在では12球団の本拠地球場の外野フェンスは高くなり、エンタイトルツーベースはあまり見かけなくなった。その代わりに、せり出してきたフィールドシートに入るエンタイトルツーベースがたまに見られる程度で、珍しくなったと言えるかもしれない。

 ちなみに、現在、セ・パで二塁打王はともに20本で山田哲人(ヤクルト)と糸井嘉男(オリックス)だ。

※『週刊野球太郎』は、新シーズンを楽しむネタが満載。auスマートパス、Yahoo!プレミアム、ドコモSPモードでサービス中です。
『週刊野球太郎』は毎週火曜日に更新! NPB記録の通算二塁打数を誇る立浪和義氏のインタビューを掲載中! 二塁打王の理由も明かされる?

関連リンク

  • 6/17 16:42
  • Scoopie News

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます