マスク王子・小林誠司のお手本は誰? 巨人、歴代イケメン伝説

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 巨人のドラフト1位、小林誠司捕手の評価がうなぎ上りだ。正捕手・阿部慎之助のケガもあり、早くもスタメンマスクを任され、強肩や勝負強い打撃など、各解説者陣も絶賛する活躍を見せている。そして何よりも魅力なのはそのマスク。「球界の玉木宏」、「マスク王子」と称されるイケメンっぷりがますます大きく報道されている。人気球団・巨人にとっても、イケメン選手は欠かせない要素だ。そこでスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、巨人歴代イケメン選手について話を聞いた。

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 巨人は定期的にイケメン選手をドラフト指名してきた歴史がある。人気球団だからこそ、名実ともにスターといえる選手を抱えておかなければならないという、編成サイドの思惑があるのかもしれない。OBの中でも、特に人気の高かったイケメン選手3人を振り返りってみよう。

 懐かしいところでは、1974(昭和49)年ドラフト1位の定岡正二の人気はスゴかった。鹿児島実業高時代、2年連続で夏の甲子園に出場を果たした定岡。特に、エースとして出場した1974年夏は、準々決勝で原辰徳のいた東海大相模高と延長15回の死闘を演じ、鹿児島県勢初のベスト4進出を果たした。準決勝では負傷により途中降板で試合もサヨナラ負け。その悲劇性と甘いマスクで、女子中高生を中心に絶大な人気を誇った。

 巨人入団後も2年連続で2ケタ勝利をおさめ、当時の3本柱として優勝に貢献するなど期待通りの実力を発揮した定岡。巨人の選手のまま引退したいと29歳の若さでユニフォームを脱いだのも、人気選手ゆえの去り際の美学だったのかもしれない。現役引退後はスポーツキャスターやタレントとして、とんねるずの番組を中心に活躍のフィールドを広げている。


 東海大相模高から東海大に入学。1980年にドラフト1位指名を受けたのが、ご存知「若大将」こと原辰徳だ。その甘いマスクで女性人気を集めたのはもちろん、高校時代は、父・貢監督との親子鷹も注目され、神奈川県大会から「原フィーバー」を起こしたほど。大学時代も、原を目当てに集まるたくさんの女性を収容するため、東海大の試合だけ大きな球場で行われたという逸話も残っている。

 巨人入団後は1年目に新人王を獲得。2年目に早くも4番に定着すると、3年目には打点王とMVPを獲得と、名実ともにスター選手の座を不動のものに。その人気ぶりから、1982(昭和52)年には現役選手でありながらレコードデビューも果たし、またルーキーの頃からCMに引っ張りだこだった。


 上記2人のドラフト1位選手とは異なり、ドラフト6位から人気選手となったのが、「熊本のプリンス」と呼ばれた緒方耕一だ。盗塁王に輝くほどの俊足とそのイケメンぶりから女性人気がすさまじかった。同期入団(ドラフト1位)の木田優夫(現・BCリーグ石川)によると、本人もその人気と自身のイケメンぶりを自認していたようで、ある日一緒に近藤真彦のコンサートに行ったところ、「俺、アイドルになればよかった……」と緒方がつぶやき、驚いたエピソードを自著『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』の中で紹介している。

 一方で、顔だけでなく「氣の強さ」も男前だったのが緒方。「氣の強さ」が盗塁時における思い切りのいいスタートにつながり、結果として盗塁王をとることができたのでは? と木田は分析している。


 今回はOBを振り返ったが、現役選手の中では、高橋由伸、坂本勇人、藤村大介、宮國椋丞などが「巨人イケメン選手」として注目を集め続ける存在だ。彼らの中に小林がどう割って入り、巨人イケメン史をどう塗り替えていくのか。小林の挑戦からますます目が離せない。

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