【球界偉人列伝】球界にさまざまな足跡を残した千葉茂の伝説

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 本日12月9日は、球界の偉人・千葉茂の命日にあたる(2002年12月9日没)。今日のプロ野球界に多大な功績を残した千葉の偉業を改めて讃えるべく、球界の歴史に詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、千葉茂伝説を聞いた。

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 名二塁手として活躍し、川上哲治らと巨人黎明期を支えた千葉茂。彼には、いくつもの「初代」「元祖」の肩書きがある。中でも有名なのが、「カツカレーの生みの親」としての「元祖カツカレー」の称号だ。しかし、実は他にも千葉が「球界初」となるものがいくつかある。

 そのひとつが「引退試合」だ。1956(昭和31)年に巨人を退団した千葉は、3年後の1959年2月28日に引退試合を行った。これが、日本プロ野球で初めての引退試合だと言われている。

 「二塁手」としてのイメージが強い千葉は、バッティングでも異彩を放っていた。それが、千葉の代名詞とも呼ぶべき「右打ち」と「ファウル打ち」だ。今年の野球界で話題になった、WBCにおける井端弘和(巨人)の「右打ち」や、甲子園大会での「ファウル打ち」も、さかのぼれば千葉に行き着くのだ。

 そして、千葉がもう一つ打ち立てた偉業が、自身のニックネームがそのまま球団名に採用されたこと。その球団名とは「近鉄バファロー」だ。かつては近鉄沿線の伊勢湾で養殖されている真珠にちなみ、「近鉄パールス」という球団名だったが、1959年、千葉が監督に就任する際、千葉の現役時代からのニックネーム「猛牛」に因んで「バファロー」と名付けられた(のち「近鉄バファローズ」、最後に「大阪近鉄バファローズ」に変更)。

 千葉が亡くなった2002年の2年後、「大阪近鉄バファローズ」はなくなってしまったが、今なお「オリックス・バファローズ」として「猛牛」の名は残っている。


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