難病・奇病を乗り越えて...復活したプロ野球選手たち!

 去る11月29日、巨人の球団事務所で契約更改が行われ、越智大祐投手が5000万円でサインした(金額は推定)。越智投手は山口鉄也投手とともに巨人のセットアッパーとして活躍していたが、2012年の春に厚生労働省指定の難病「黄色靱帯骨化症(おうしょくじんたいこっかしょう)」を発症した。現在はリハビリを経て、1軍復帰を目指している。

 過去に活躍したプロ野球選手で、越智投手のような難病を克服して見事、復活した選手もいるという。オフシーズンでもプロ野球情報のすべてがわかる、スマホサイト『週刊野球太郎』に取材した。

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【巨人・越智大祐投手の場合】

 冒頭の越智投手が患った「黄色靱帯骨化症」とは、背骨付近の靱帯が硬直し、神経を圧迫する病気。昨年6月に手術を受け、今シーズンは実戦復帰を果たした。イースタンで15試合に登板し、0勝1敗、防御率10.64ながら、再びプロ野球の世界で投げるまでに回復したということは、すごいことだ。過酷なリハビリを経て、やっとここまでたどり着いたに違いない。来シーズンこそ、1軍での復活登板を果たせるように頑張ってほしい。

【オリックス・宮本大輔投手の場合】

 越智と同じ難病を患った選手として思い出されるのが、1999年に近鉄からドラフト1位指名を受けた宮本大輔投手だ。

 150キロ超の力強いストレートが武器で、2002年には1軍で35試合に登板するなど、主に中継ぎとして活躍した。しかし、2006年のキャンプ中に左足に違和感を覚え、診断の結果、黄色靱帯骨化症を発症ということに。手術直後は痛みで寝返りもうてないほどで、その後1年以上をリハビリに費やしたという。

 支配下登録から育成選手になったが、懸命なリハビリを経て、2007年春には投球できるまで回復。ストレートのスピードは140キロまで戻ってきた。その後、2008年7月に約4年ぶりとなる1軍昇格。ソフトバンク戦で復帰後初登板を果たし、2イニングで3者連続を含む3奪三振1失点に抑えるなど、見事にカムバック。2009年まで現役を続けた。

【近鉄・盛田幸妃投手の場合】

 ほかにも大洋(現DeNA)や近鉄で活躍した盛田投手も、難病と闘ったプロ野球選手として忘れることができない。
 1988年にドラフト1位で入団した盛田投手は、1992年には佐々木主浩投手とのダブルストッパーで大活躍。最優秀防御率のタイトルを獲得した。

 その後、近鉄へ移籍した1998年のシーズン中に脳腫瘍が見つかった。手術に成功しても、再び野球ができるようになる確率はよくて3割、最悪は車椅子の生活になる可能性もあったという。しかし手術後、地道なリハビリを続けて1999年10月に392日ぶりの1軍復帰を果たした。さらに2001年には34試合に登板して2勝をあげ、チーム12年ぶりのリーグ優勝に貢献。引退した今でも「奇跡のリリーバー」とよばれ、プロ野球界の伝説となっている。

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 ほかにも、ソフトバンクの大隣憲司投手も越智投手と同じく黄色靭帯骨化症を今春に発症したが、早期発見だったため、すでにブルペンでのピッチングもできるまで回復したという。

 また現在、巨人(育成)の柴田章吾投手は中学3年生時に「ベーチェット病」を発症。原因不明の慢性疾患で、口唇や舌などに痛みを伴う潰瘍ができてしまう病気で、現在もその症状と闘いながら、支配下選手登録される日を夢見て、練習に励んでいる。来シーズンこそ、越智投手とともに1軍で活躍することを祈りたい。

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