北陽・虻川“母乳育児”にこだわり過ぎた頃を回想 「育児書が全て」「何が何でも母乳」

2015年2月、40歳の時に第1子となる長男を産んだ虻川美穂子。26日公開のYouTube『北陽チャンネル』“ママ友もいなくマニュアルにとらわれ、どうかしていたあの頃の話“によると、逆子が治らず予定帝王切開で長男を産んだと明かしている。出産した病院は母乳育児を推奨しており、虻川本人も出産前から“母乳の素晴らしさ”を育児書で学んでいたので、手術後の傷の痛みに耐えながら長男に母乳を与えようとした。しかし思うように母乳が出ないので、授乳後すぐに搾乳を繰り返さなければ量が足りず、一日10分くらいしか休む時間が取れずフラフラだったようだ。見かねた助産師から「少し休みましょう」と声をかけられたが、「出ないけど、何が何でも母乳をあげたい」としか頭になく、聞く耳を持たなかったらしい。

だが自宅に戻ると、さらに虻川は追い詰められていく。たとえば育児書にあった「テレビを見ながら授乳せず、赤ちゃんの目を見てあげましょう」という教えを守り、いつも静かな部屋で母乳を与えていたそうだ。しかし出産して日が経っても母乳の出が悪く、授乳タイムは母親の気持ちが影響するのか、空気が張り詰めたような状態だったという。「育児書が全てだった」という虻川は、毎日の睡眠不足も重なり疲労困憊、友人と連絡を取る気力も失せていた。

だがある日、「赤ちゃんの成長の伸びが良くないから、粉ミルクの量を増やしてください」「お母さんもちゃんと寝てください」と小児科医から言われ、「私は何をしていたんだ!」と我に返ったという虻川。実は以前にも粉ミルクの量を増やすようアドバイスされていたのに、自己判断で守っていなかったのだ。この状況に“粉ミルクに頼らず、母乳で育てたい”という自分の頑なさを反省したものの、それでもまだ抵抗があった虻川はやっと友人に相談してみようと連絡を入れてみた。すると「なんでミルクあげないの?」「働くんでしょう? 楽だよ、ミルク」と明るい口調で返されたという。彼女のこの言葉に、サーッと視界が広がり気持ちが楽になった虻川は、「自分だけの価値観で、判断してはダメなんだ」と肝に銘じたようだ。

それでも10月26日の『北陽 虻川美穂子 hokuyou.abukawa Instagram』には「結果、混合になったんだけど、いまだに完母だと聞くと胸がシクッとなるのはなんだろう?!」と綴られている。そんな彼女に「完璧なママはなかなかいないと思います。アブちゃんはアブちゃん! 息子さんには一番のママだから」「育児雑誌や、同時期に生まれた友達の子どもと比べては、不安で落ち込んで、ノイローゼみたいになってたと思う、私。思い出すと、涙出てくるよ」「私も同じでしたよ。当時は、母乳がなかなかでないのが、辛かったなと思い出しました」と、コメント欄には共感の声や励ましが届いていた。

画像は『北陽 虻川美穂子 2021年10月26日付Instagram「息子を産んで0歳1歳の頃はママ友もいなく、」』のスクリーンショット

(TechinsightJapan編集部 みやび)

2021/10/27 16:43

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