『ザ・フード ~アメリカ巨大食品メーカー』あのケロッグ誕生のウラで兄弟の骨肉の争いが…!

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 ハインツ、ケロッグ、コカ・コーラ、マクドナルド……

 日本でも知られるアメリカの食品メーカーはいかにして誕生し、国民の食生活を変革していったか? に迫るヒストリー・チャンネル製作のドキュメント『ザ・フード ~アメリカ巨大食品メーカー』を観た。

 産業革命の時代、人々は農村部から工業化された都市部に移り住む。都市部では急激に増えた人口に対応しきれず、食糧難の時代がやってくる。

 当時のアメリカの食糧保存技術は低く、腐った肉や魚が平気で売られ牛乳は白く見える染料を混ぜて売られていた。人々は食料品の安全など信じず、食料品を買うことはギャンブルだった。1875年、若き起業家ヘンリー・ジョン・ハインツはホースラディッシュの販売を拡大するため農場を大量に買い取ったが借入金を用意できず詐欺罪で警察に逮捕されてしまう。新聞は彼を「起業家でもなんでもない。ただの詐欺師」と酷評する。彼は後に世界で初めてケチャップを「安全な加工品」として販売したハインツ・トマトケチャップの創業者である。

 一度破産を経験したヘンリーは懲りずに、安全性を追求したトマトケチャップの製造にとりかかる。トマトケチャップがまったく存在しない時代に。

 自宅の台所で苦難の末、絶妙な味わいのケチャップを作り出したヘンリーはさらにこの商品が安全であることを証明するために透明の容器に入れて売ることにする。当時の加工品は中身の見えない入れ物で売られていたので消費者は安全かどうかわからない。「中身の見える」加工品を売り出したのはハインツが初めてだった。1919年に亡くなった時、会社の利益は現在の2億ドルに相当したという。

 またはこんな話。冬はマイナス40度にもなるカナダで暮らすクラレンス・バーズアイは、野生動物の毛皮や魚をとっていた。彼の主食は冷凍食品だった。当時の冷蔵庫の技術は低く、ゆっくり冷凍していたためにすぐに腐った。魚や食料を急速冷凍して長く保存できれば冷凍食品は、安全に食べられるのではないか?

 バーズアイは急速冷凍システムを考案。凍らせた食品を未来に送り出す。誰もそんなことを考えていない時代に。ほとんどSFの世界である。魚、肉、野菜、果物……あらゆるものを冷凍食品にして全国に広めようとするが、これらの商品はまったく売れなかった。なぜなら誰も冷蔵・冷凍庫を持っていなかったから!地元でしか売れない商品としてバーズアイの夢は頓挫。彼が冷凍食品のパイオニアとして君臨するのは家庭に冷蔵庫が普及するのを待たねばならなかった。

 更にはミルクボーイの漫才で注目を集めるあの食品も……。

 療養所を経営する医師・ジョン・ケロッグは、医学博士としてエクササイズのルーツになるさまざまな健康法を考案した人物だが、禁欲を提唱することで変人めいた一面もあった。マスターベーションは健康に悪いと言って禁止。その上奥さんがいるのに40年間一度も性交渉しなかった! そんなことしたら逆に体に悪そうな気がするんだけど……。

 ジョンは自身の健康法の実践と患者のための朝食“グラノーラ”のレシピをつくり、療養所で働く弟のウィルに食事の管理をさせた。幼いころから優秀だった兄ジョンに比べて弟ウィルは、遠視というだけで役立たず扱いされ教育の機会すら奪われた。弟を無能扱いしてこき使う兄に不満を募らせていたウィルは、グラノーラを療養所だけでなく一般の家庭にも売ろうとするが、医師が商品の販売をするなど道徳に反するとジョンは頑なに許可を出さない。

 そうしているうちに療養所の患者だったC・W・ポストがグラノーラのレシピを盗み出し、それに砂糖を加えた独自のシリアル“グレープナッツ”を販売して、巨万の富を築く。盗んだレシピでポストが億万長者になっていくのを歯がゆい思いで見ていることしかできないウィルだったが、うっかり一晩放り出してしまっていたグラノーラをローラーで薄く挽くことを思いつく。偶然の産物によって“コーンフレーク”は誕生した。これを商品化すればポストにだって負けない。

 そんなある日、療養所で出火が起き建物は灰と化した。銀行の融資を受けていたウィルは、療養所再建を目論むジョンの前に小切手をチラつかせる。グラノーラのレシピと引き換えに。

「高校も出ていないお前がビジネスで成功するわけない。一年で会社はつぶれる」

 ジョンと袂を別ったウィルはケロッグ・コーンフレークの製造に乗り出し、巨大看板などを利用した大量の広告、宣伝作戦でポストを蹴落とし、シリアル業界の覇者となる。そんな弟の成功をよく思わない兄ジョンは、自分の姓ケロッグを勝手に使っているとしてケロッグ・コーンフレークを訴える。

「兄貴だと思って揉めたくなかったから手を尽くしたのに」
「お前にあるのは私の名だけ。哀れに思っていたがお前はクズだ」

 兄弟の対立は高等裁判所に持ち込まれ、長年に渡る闘争の末、弟ウィルが勝利。自分を無能と詰り続けた兄についに、復讐を果たしたのだ。以後ジョンは表舞台から姿を消した。

 大成功を収めながら決別した者が他にもいた。ただしこちらは父子だ。

 シカゴで無許可のポスター張りをしていて逮捕されたフォレストは、保釈金を払ってくれる友人がいなかったため、赤ん坊の時以来会っていない父フランクに助けを求める。

 フランクは菓子メーカーのマース社を経営していた。主力商品のチョコバーが地元でしか売られていないと知ると「麦芽入りチョコバーでも売り出せば? 麦芽乳はアメリカ中、誰でも飲んでる」という息子の一言でチョコバー、ミルキーウェイは誕生した。

 チョコバーで年間2000万ドルの利益をあげるようになったマース社だが、父と息子の対立は深まっていた。会社の業績はすべて自分がもたらしたと考えているフォレストが社員を人前で無能呼ばわりする傲慢さに父は「従業員に敬意を払える人間になれ」と説くが成功、それだけがすべてというフォレストはマース社を離れ独立。

 やがて激務に倒れたフランクは心臓発作で死去。父と和解できぬまま今生の別れとなったフォレストはますます野心的になり、マース社の買収に突き進む。

 手で溶けずに口内で溶けるミルクチョコ“M&M’s”の開発に成功したフォレストだが、新商品発売前に世界を一変する事件が起きる。日本軍の真珠湾攻撃だ。

 第2次世界大戦に突入した米軍兵士を支えたのは武器ではない。最前線に惜しみなくつぎ込まれる食糧の山だ。

 ケロッグのコーンフレークが、コカ・コーラが、M&M’sが前線の兵士に届けられ、解放された都市の住民に配られたことでアメリカの食品は世界に広がっていった。

 前線の兵士が飢えていた日本軍が、あの戦争に負けたのもよくわかる。腹が減っては戦が出来ないのだから。陸軍からの発注で莫大な資産を手にしたフォレストは亡き父のマース社を買収し、“仲直り”することもできた。

 一方国内の食生活は貧しくなったが、それに対応したのはバーズアイの冷凍食品だ。10%だった家庭の冷凍庫普及率は60%に伸び、料理の時間が短縮され余裕の出来た母親は働き口を求めて社会に進出していった。

 単なる食品メーカー創業者の立志伝と思いきや、大国アメリカの形成につながっていく。アメリカ産の食品がアメリカ人の食生活を変え、言葉の通じない外国にも広まっていくのだ。アメリカ食品を語らずにアメリカを語ることはできない。その背景には砂漠の中から黄金を見つけ出すがごとく偉業に挑んだ改革者たちが自分の夢のためには血を分けた兄弟や親子であっても対立し成功を手にしようとする姿勢だ。何しろアメリカ人は成功者が大好きだから。

 ほかにもコカ・コーラやマクドナルドなどの誕生秘話があるのだが、個人的に気になったエピソードがケンタッキー・フライドチキンの創業者カーネル・サンダースがガソリンスタンド経営者だった頃、商売敵と縄張り争いになり、相手の肩をショットガンで撃ってしまう!

 ケンタッキーのマスコットキャラになってる「温厚そうなおじいさん」のイメージとは違って荒っぽく粗暴、すぐに噴き上がっちゃう人物で後に圧力釜を使ったフライドチキンを生み出すことができたのも納得!

  • 7/22 12:00
  • サイゾー

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