「年収900万なら離婚して」自分より低収入の夫を”クビ”にしたハイスペ妻。予想外の代償とは

キャリアが欲しい。名声を得たい。今よりもっとレベルアップしたい。

尽きることのない欲望は、競争の激しい外資系企業では必要不可欠なもの。

しかし、ひとつ扱いを間違えると身を滅ぼしかねないのも、また欲望の持つ一面なのだ。

貪欲に高みを目指す、ハイスペックな外資系オンナたち。

その強さと身を灼くほどの上昇志向を、あなたは今日、目撃する──

File1.佳奈子(32)外資系証券会社のエグゼクティブディレクター 「私ほどすべてを手に入れた女は、他にはいない」


「佳奈子さん、本日はありがとうございました」

「こちらこそ。掲載前には念のためチェックさせてくださいね」

女性向け経済誌の取材を終えた佳奈子は、慣れた笑顔で編集者とライターに別れを告げる。

泉ガーデンタワー内のカフェを出て、足早に六本木一丁目の路上でタクシーに乗り込むと、連日の激務で凝り固まった首を大きく回した。

こうした取材を受けるのは、もう何回目になるだろう。似たような質問ばかりの取材にうんざりする気持ちもなくはないが、それでも佳奈子は他人からの注目を浴びることが嫌いではなかった。

― まぁ、義務みたいなものよね。私ほどすべてを手に入れた女は、そうそう他にいないだろうし。

東大工学部を卒業し、新卒で外資系証券会社に入社。

32歳ですでにエグゼクティブディレクターの地位を得て、年収は3,000万以上。

大学時代の同級生である夫との間には2歳の娘もいて、さらには、生まれながらの華やかな容姿まで持っている…。

謙遜するのが嫌味なほどに、女性が望むすべてのものを手にしていている完璧な女。

それが、佳奈子だった。

しかしそんな佳奈子にも、たったひとつだけ我慢のならないことがあった。

後部座席で一息ついた佳奈子は、おもむろにバリーのハンドバッグの中からスマホを取り出し、LINEを見るなり小さく舌打ちをする。

― 全く…。ほんとに使えない男。

佳奈子をいらつかせる存在。それは…他でもない夫・雄介だった。

何不自由のない完璧な生活を送る佳奈子。そんな彼女をいらつかせる、夫の欠点とは…

隣にいるべきなのは“私に相応しい男”


<雄介:やっぱり、離婚は考え直してもらえないかな?>

スマホに浮かび上がる、夫からの未練がましいメッセージ。内容は先週末に佳奈子から切り出した離婚についてだ。

<佳奈子:弁護士を通してください>

佳奈子は冷めた感情のまま機械的に返信を打つ。そして、心の中で悪態をついた。

― たった900万しか稼がない男のくせに、図々しい…。

雄介と結婚するときにわずかだった給与の差は、年月を重ねるほどにみるみると大きくなっていった。

夫として、娘の父親として、人として、雄介にはまったく非がないことは分かっている。

しかし、自分はメディアから取材を受けるようになるまで上り詰めた女。「給与が自分よりも格段に低い夫」という事実は、雄介に男性的魅力な魅力を感じなくなるのに十分すぎる理由だったのだ。

こんな物足りない男じゃなくて、私にはもっと他に相応しい相手がいるはず。

そう確信した今、慰謝料も養育費もいらないからとにかく早く別れたい。

取り付く島もない佳奈子の態度に雄介がついに離婚を承諾したのは、それから半年後のことだった。



「じゃあ、お母さん。今夜も凛の面倒よろしくね。立場上、仕事の会食とか色々あって。私1人だし大変なの」

晴れて独身となった佳奈子は、軽やかな足取りで玄関に行き、ジミーチュウのパンプスを履く。

何かもの言いたげな実母の視線を背中に感じたが、振り切るようにしてドアをバタンと閉め、オフィスへと向かった。

平日の夕方から娘の面倒を見てくれていた雄介はもういない。そのかわりに実母が面倒を見るのは、佳奈子にとっては当然のことだった。

― だって、私はもっといい男と再婚するために雄介と離婚したんだもん。

もちろん、本当に仕事や会食で忙しい夜を過ごすこともあった。だが実のところ、ここ最近佳奈子の帰りが夜遅くなる理由は、再婚に向けた出会いの場に積極的に参加するためでもあったのだ。


しかし、それからの日々は、佳奈子にとって大きな誤算ともいえるものとなった。

― 雄介よりもハイスペックな相手なんて、すぐに見つかるわ。

そう思っていたのに、再婚相手探しは全くといっていいほど進まなかったのだ。

「へぇ〜。佳奈子さん、外資証券のディレクターなんだ!年収もすごいでしょ?自立していてカッコいいねぇ…」
― コイツ、発言からして頭悪そう…。

「佳奈子ちゃん。日曜日にクルージングするんだけど、一緒にどう?」
― だから、子どもいるから無理だって…。話聞いてなかったのかな。

どんな男たちも、佳奈子の求めるレベルには届かない。自分を理解してくれて、一緒にいて楽しいと思える男性は、たったの1人もいなかった。



― 思うような男っていないものね…。ほんと、世の中のレベルの低さったら。

激務と婚活の日々が始まり、一年半ほどの月日が経った頃。不本意なデートから帰宅した佳奈子に、母親が言った。

「佳奈子、本当に毎日仕事なの?少しは早く帰れない?」

思わずイラッとした佳奈子はどうにか憤りを飲み込むと、感情を抑えた声で答えた。

「お母さんに迷惑をかけているのはわかってる。でも、私だって忙しいのよ」

しかし、母親から返ってきたのは辛らつな反論だった。

「もちろん、忙しいあなたのことも応援してるわ。でもね、私はなにより凜ちゃんのことが心配。離婚してパパがいなくなって、その上ママは忙しくて全然帰ってこない。寂しいと思うわ。少しは時間作ってあげたら」

母親はそう言うと、諦めたようにため息をついた。

「…まぁ、ちょっと考えてみなさい。それからこれ、届いてたわよ」

そう言い残して帰っていった母親の背中を見ながら、佳奈子もため息をつく。確かに正論。でも、全く心に響かない。

― もっと高みを目指して、何が悪いのよ。外資系企業の第一線で働く女には、向上心が必要なの。お母さんには分からなくても、凛は分かってくれるに決まってるじゃない…。

うんざりした気持ちで母親の言葉を頭の中でゴミ箱に入れると、ウォーターサーバーから冷たい水を注ぎ、一気に飲み干した。

「ふぅ…」

一息ついた佳奈子の目にやっと、母親が置いていったものが目に入る。

オフホワイトのシンプルな封筒。

差出人欄には、去年別れた夫「金井 雄介」の名が記載されていた。

「はぁ…、しつこい男。今さらなんなのよ」

水滴のついたコップをテーブルに置くと、乱暴に手紙の封を開ける。

そこに書かれていた内容は、佳奈子にとって信じがたいものだった。

別れた元夫からの手紙に書かれていた、信じられない内容とは

― どうせ「ヨリを戻したい」とか書いてあるんでしょ…。

そんな気持ちで手紙を読み進めはじめた佳奈子の心臓が、早鐘のように打ち始める。

簡素な挨拶のすぐ後に書かれていた内容。それは、雄介が再婚するという報告だったのだ。

『再婚はしたけれど、もちろん凛の父親としてはこれからも…』

そこから先の文章が、全く頭に入ってこない。

― なんで、あんな低スペックな男が私より先に…。

佳奈子の頭は、そんな考えと動揺でいっぱいになってしまったのだ。

信頼する友人からの、思いもよらぬ言葉


数日後。『オークドア』のテラス席に里奈の姿を見つけた佳奈子は、柄にもなく小走りで駆け寄り、向かいの席に座った。

「里奈、突然呼び出してごめんね。どうしても聞いて欲しい話があってさ…」

ウエイターに手早くランチのステーキサンドとアイスティーを注文すると、待ちきれずに里奈に向かって雄介の再婚についての愚痴を吐きはじめる。

雄介からの手紙を読んだあの夜。どうしても動揺が収まらなかった佳奈子は、久しぶりに昔からの友人である里奈に連絡を取り、今日のランチの約束を取り付けたのだった。

中高の同級生である里奈は、慶應大学を卒業後、商社の総合職として活躍している。才色兼備でもある彼女は、佳奈子にとっては数少ない“同レベル”の人間だ。

ともすれば自慢話にもなりかねない佳奈子の愚痴や悩みも、里奈なら理解して共感してくれる。そう思っていた佳奈子は、堰を切ったような勢いで、思い通りにいかない近況についてこぼし続けた。

「雄介から再婚するって連絡があったの。あんなに私との離婚を渋ったくせに、あっさり再婚するなんて信じられなくない?

私も色々頑張ってはいるけど、なかなかいい人っていないよね。私と同じくらい稼ぐ同年代の男ってどこにいるのかしら」

食事とともに愚痴が進む。“同レベル”の友人に気の置けない話ができる楽しさ。

黙って話を聞いている里奈の表情が浮かないことにも気づかずに、佳奈子はどんどん饒舌になっていった。

しかし…。

「でもね、やっぱり凛のことが大切だから。やっぱり弟か妹を生んであげたいなぁって。だって、1人じゃ可哀そうじゃない?」

そう佳奈子が口にした、その時だった。

ずっと俯き加減だった里奈が、急に顔を上げたかと思うと、憐れむような眼差しを向けて言った。

「あのさ、佳奈子。ずっと話聞いていたけど…。私、佳奈子の言っていること、全然理解できない」

「え…?」

里奈の口から飛び出した、これまで聞いたことのない冷たい声。あまりの驚きに、佳奈子はただ凍りつくしかなかった。

「佳奈子、人を何だと思っているの?年収が高いのがそんなに偉いことなの?雄介さんは、収入はあなたが望むレベルではなかったかもしれないけど、堅実で優しい人だったじゃない」

何も言えずにいる佳奈子に向かって、今度は里奈が堰を切ったように話し始める。

「年収、年収って、バカみたい。年収が高いパパがいいって凛ちゃんが言ったの?雄介さんから凛ちゃんを奪っておいて、自分は母親に凜ちゃんを預けて男とデート。挙げ句の果てに凜ちゃんに弟か妹か、なんて笑わせないでよ。凜ちゃんのために婚活しているかのように言っているけど、結局自分が遊びたいだけでしょ?」

「里奈…」

人のことを叱責することはあっても、叱責されることなど佳奈子には皆無だ。

“同レベル”であるはずの里奈の、見下すような目。生まれて初めてとも言える状況に、ただ佳奈子は混乱していた。

固まってしまった佳奈子に向かって、里奈はため息をつく。

そして、すっかり帰り支度を整えて伝票を手に取ると、言い聞かせるように佳奈子に語りかけた。

「佳奈子。向上心が高いことと、小さな幸せに満足しないことは全然違うよ。パパを奪っておきながら、男遊びに夢中だなんて、私が凜ちゃんなら心底軽蔑する。近い将来、娘にまで見捨てられないようにね…」

そう言って里奈は、振り返りもせずに店を後にしてしまった。

「娘にまで見捨てられないように」

その言葉が意味するのは、佳奈子がたった今、里奈に見捨てられたということだった。

誰もいなくなった席を前に、佳奈子はただ茫然とする。

― 向上心が高いことと、小さな幸せを不満に思うことは違う?私がもっとハイスペックな夫を求めたことは、間違いだったっていうの…?

そんなことはない。私は間違っていない。私には、もっと相応しい世界がある。

いつもならそう簡単に切り替えられるはずなのに、呪文はまったく効かなかった。

向上心を持つことで、もっと多くを求めることで、外資系オンナとしての全てを手に入れてきた佳奈子。

そんな佳奈子が今、心の底から求めていることは、優しい雄介の胸で泣き、娘を力強く抱きしめることだった。

― 私、もっと多くのものを欲しがった結果、全てを失ってしまったの…?

いつの間にか、アイスティーのグラスが目の前で倒れている。

赤く滴る雫が、血のように、涙のように、取り返しがつかないほどテーブルを濡らしていた。


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この記事のみんなのコメント

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  • 仮に同じ価値観の男が居たとしても、自分よりも稼ぎが少なければあっさり捨てられる事も分からないのかねぇ…てか、同じ価値観持っててもこぶ付き女と結婚する気になる奴は居ないと思うんだが。

  • 当たり前に当然な話し。面白くない。

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