【『サウンド・オブ・ミュージック』】みんな知ってる名曲満載の傑作ミュージカル映画のあらすじと見どころ

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「ドレミの歌」や「エーデルワイス」など音楽の教科書にも載るほど有名な歌ばかりのミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)。第二次世界大戦の足音が迫るオーストリアに実在した家族合唱団の物語をベースにした、世代を超えて愛され続けている名作だ。そのあらすじと見どころをご紹介しよう!

『サウンド・オブ・ミュージック』あらすじ(ネタバレあり)

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1938年、オーストリア・ザルツブルクのノンベルグ修道院。修道女見習いのマリア(ジュリー・アンドリュース)は子供のように自由奔放で、他の修道女たちにとっては頭痛のタネ。思い余った修道院長(ペギー・ウッド)は、外の世界に触れさせて人間的に成長させようと、マリアにトラップ家の子供たちの家庭教師になるよう勧め、マリアは不安を抱きながらもトラップ家に赴く。
旧オーストリア=ハンガリー帝国海軍の退役軍人であるゲオルク・フォン・トラップ大佐(クリストファー・プラマー)は数年前に妻を亡くし、7人の子供たちのために家庭教師を雇うがみんな長続きしなかった。大佐は子供たちを軍隊のように厳しくしつけていたが、子供たちは明るくいたずら好き。家庭教師が長続きしなかった原因の一つが子供たちのいたずらで、早速マリアも次々に仕掛けられるが、彼女は巧みにごまかす。
夕食の最中、大佐に電報が届き、翌日からウィーンに出かけることになった。長女リーズル(シャーミアン・カー)はこっそり家を抜け出し、恋人である電報配達員のロルフ(ダニエル・トゥルーヒット)と密かに会う。しかし、家の出入口が施錠されてしまったため、雷雨の中締め出されてしまい、マリアの部屋の窓からそっと入ってきた。やがて、雷鳴を怖がって他の子供たちも次々にマリアの部屋に駆け込んでくる。マリアは彼らに、悲しい時や怖い時の乗り越え方を教え、すっかり打ち解ける。
大佐がウィーンへ旅立つと、海軍の制服のような子供たちの衣服に呆れていたマリアは、要らなくなったカーテンを材料にして遊び着を作り、みんなで遠足に出かける。子供たちは父親の気を引くためにいたずらをしていると聞かされたマリアは、歌で気を引くことを提案する。しかし、母が亡くなって以来、家で音楽を奏でることを禁じられていたため、歌い方を知らないと言う。そこでマリアは子供たちに歌い方を基礎から教える。
数日後、大佐が婚約者のエルザ(エリノア・パーカー)と友人で音楽プロデューサーのマックス(リチャード・ヘイドン)を連れて帰宅するが、奇妙な遊び着を着ている子供たちを見て激怒する。子供たちにきちんと向き合うべきと訴えるマリアに、大佐は逆に解雇を言い渡してしまう。だが、子供たちの美しい合唱の声に心打たれた大佐は自らもその輪に加わり、ようやく子供たちと本当に心を通わせることができた。自分の過ちに気づいた大佐はマリアにも謝罪し、解雇を撤回する。マリアと子供たちはエルザとマックスの歓迎会を開くが、それを見たマックスは子供たちを合唱団として売り出そうと提案するが、大佐は取り合わない。
数日後、エルザの提案による舞踏会がトラップ邸で開かれた。出席者の一人である地元の指導者ツェラー(ベン・ライト)はドイツ寄りで、大佐がドイツではなくオーストリアの国旗を掲げていることを批判するが、ドイツのオーストリア併合に反対していた大佐も逆に彼を非難し対立する。一方、ふとしたことから大佐がマリアに恋心を抱き始めていることに気づいたエルザは、そのことをマリアに指摘。その言葉で自分の気持ちの変化にも気づき動揺したマリアは、これ以上この家にいられないと思い、人目を忍んでトラップ家を出て修道院に戻ってしまう。
マリアは修道院の部屋に閉じこもり続け、彼女に会いたい一心でわざわざ修道院に来た子供たちにも会おうとはしなかった。自分は罪を犯したと懺悔するマリアに対し、修道院長は何事にも向き合って自分の道を見つけるよう諭す。迷いが消えたマリアはトラップ家に戻る。大佐は自分の心がマリアに傾いていることに気づき、エルザに婚約解消を告げる。そして、大佐とマリアは互いの気持ちを確かめ合い、結婚する。
二人が新婚旅行に行っている間に、オーストリアを併合したドイツ軍がザルツブルクにも駐屯を始めた。ロルフもナチスの親衛隊員になり、リーズルに対しても冷たくなっていた。母国オーストリアが不穏な空気に包まれつつあることを察し予定を繰り上げて新婚旅行から戻った大佐は、自宅にハーケンクロイツの旗が掲げられているのを見て激怒、引きずり下ろし引き裂いてしまう。
マックスは子供たちを合唱団として売り込むため、大佐の留守の間に歌唱コンクールへの出場を勝手に決めてしまっていたが、大佐はやはり反対する。そんな彼に、ドイツ海軍から新しい任務に就くための出頭命令が届く。命令に従う気などない大佐は、永世中立国であるスイスへ一家で亡命することを決意する。
その夜、旅仕度をした一家が屋敷を出たところに、ドイツの官吏となっていたツェラーたちが待ち伏せていた。トラップ家の執事でオーストリア・ナチス党員のフランツ(ギル・スチュアート)が密告していたのだ。ツェラーは大佐を新たな任地へ護送すると告げるが、大佐はとっさに「歌唱コンクールに出場する」と言う。ツェラーは疑いながらもコンクールが終わるまで護送を待つことを認める。こうして、成り行きから子供たちだけでなく両親の大佐とマリアも含めたトラップ一家合唱団が誕生する。
ザルツブルクの祝祭劇場。コンクールで歌う一家は、ツェラーと親衛隊の監視の目を欺いて脱走に成功、ノンベルグ修道院に逃げ込む。国境が封鎖されたことを知った大佐は、山を越えてスイスに向かうことを決意する。そこへ、親衛隊が捜索にやってきて、墓場に潜んでいた一家は一人で捜索に来たロルフを、一緒に来るよう説得する。一瞬迷うロルフだったが、結局上官に通報する。が、裏口から車で逃走した一家を追って親衛隊も車を発進させようとするが、幹部修道女たちがエンジンの部品を抜き取っていたため車は動かなかった。
途中で車を捨てた一家が、徒歩で山を越えスイスへと向かう姿を空中から捉えた、美しくも雄大なショットで映画は幕を閉じる。

「ファミリー向け」として完璧な魅力が満載

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実際のトラップ一家は最終的にアメリカへ亡命し、そこで合唱団を結成して各地で公演を行なった。そんな中でマリアが1949年に発表した自叙伝がベストセラーになり、1956年と58年に正続二部構成で西ドイツ(当時)にて映画化された。
この自叙伝の前半部を、『王様と私』や『南太平洋』など数々の名作を生み出してきた作曲=リチャード・ロジャース&作詞=オスカー・ハマースタイン2世の名コンビが1959年にブロードウェイ・ミュージカル化したのが『サウンド・オブ・ミュージック』。この時点で事実はかなり脚色されているが、事実との違いはここでは省略する。この舞台は大ヒットし、世界各国で何度も公演が行なわれた。その好評を受けた映画化したのが本作だ。
物語の舞台となったザルツブルクで撮影が行なわれ、その美しい風景の中で物語が展開するのは、舞台版では味わえない臨場感を体験できる。画面が大きく解像度が高いトッドAO方式による70ミリ映画として製作されたが、まさにこのフォーマットにふさわしい題材だ。
また、最初に触れたように、劇中で歌われる歌曲の多くが有名なのも本作の魅力の一つ。『王様と私』の「Shall We Dance?」をはじめ、ロジャース&ハマースタインの作品には今やスタンダード・ナンバーになった名曲が多いが、特にこの作品はそのような曲が多い。「私のお気に入り」や「もうすぐ十七歳」など、数々のアーティストがさまざまなスタイルにアレンジしたり、CMに使われたりして、世代を超えて知られている曲も多い。中でも「エーデルワイス」は、古くから実在するオーストリア民謡だと勘違いしている人が多いほどだ。
さらに、マリアの成長物語、大佐と子供たちの親子の絆、大佐をめぐるマリアとエルサの三角関係、ナチスに対する大佐の抵抗、そして亡命シーンのサスペンス…と、幅広い世代に好まれるさまざまなジャンルの要素が巧みに組み合わされているストーリーも、この映画が広く愛されるポイントの一つだろう。
そして、快活なマリア、堅物だが音楽の才能がある大佐、可愛らしい子供たち…と、個性豊かな登場人物のキャラも印象に強く残る。
これらが見事に融合したこの映画は、子供から大人まで、そして当時から現在まで、世代も時代も越えて愛され続ける、「究極のファミリー映画」の名作になったのだ。アカデミー賞では作品賞や監督賞など5部門で受賞し高く評価された。初公開から空前のヒットを記録して、『クレオパトラ』(1963)の制作費が大幅に超過し経営危機に陥っていた20世紀フォックスを建て直すことに成功。その後も何度となくリバイバル公開され、若い世代にもなじみのある存在になっているのだ。

超一流のスタッフとキャストが集結

当初この映画の企画は、『ローマの休日』(1953)や『ベン・ハー』(1959)の巨匠ウィリアム・ワイラーの監督で動き始めた。ところがワイラーが、蝶の収集が趣味の孤独な青年が生身の女性を“収集”する倒錯サスペンス『コレクター』(1965)にのめり込んでしまい降板、紆余曲折の末にやはりブロードウェイ・ミュージカルの映画化『ウエスト・サイド物語』(1961)を成功させアカデミー監督賞を獲得したロバート・ワイズが登板。この二作でワイズは「ミュージカルの巨匠」と見なされるようになったが、元々はSF『スタートレック』(1979)、社会派『私は死にたくない』(1958)、ホラー『キャット・ピープルの呪い』(1944)、史劇『トロイのヘレン』(1955)…と幅広いジャンルをこなす才人だった。また、『市民ケーン』(1941)などを手がけた編集マン出身でもあることから、「ドレミの歌」のシークエンスでは歌と絶妙にシンクロしたカットつなぎで高揚感を上げるというセンスあふれる演出を披露している。
はつらつとした演技と伸びやかな歌声でマリアを好演したアンドリュースは、初演舞台の『マイ・フェア・レディ』のイライザ役で注目されたものの1964年の映画版ではその座をオードリー・ヘップバーンに明け渡し、皮肉にも同じ年に主演した『メリー・ポピンズ』(1964)でアカデミー主演女優賞を獲得した。本作はその勢いでの大抜擢だったが、これで彼女は人気女優の仲間入りを果たした。
カナダ出身の演技派俳優だったプラマーも本作で大ブレイクし、作家キップリング『王になろうとした男』(1975)やサイコパス『サイレント・パートナー』(1978)をはじめ、さまざまな作品でさまざまな役を演じてキャリアを積み、主人公のゲイの父親を演じた『人生はビギナーズ』(2011)でアカデミー助演男優賞を受賞。演技部門の受賞では最高齢の82歳だった。2021年2月に91歳で不慮の死を遂げるまで、現役で俳優を続けていた。
7人の子供たちを演じた子役たちの何人かはその後も俳優を続け、DVDの特典には後年になって彼らが集まり思い出を語る様子が収録されていることが多い。

製作されてからすでに55年経っているが、その魅力と人気は衰える兆しがない。まさに「エバーグリーン」の呼び名にふさわしい、ミュージカルの枠を越えた名作だ。

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  • 7/15 8:11
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