【インタビュー】小林勇貴監督が「酒癖50」に込めた想い「批判したいのは個人ではなく“社会”」

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ABEMA新作オリジナルドラマ「酒癖50」が7月15日(木)夜10時より放送される。小出恵介主演、全6話構成のオムニバス形式で酒によってあぶり出される人間の本当の弱さや醜さをリアルに描く。

本作の監督を務めるのは、映画『Super Tandem』、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭グランプリに輝いた『孤高の遠吠』、間宮祥太朗と組んだ商業映画デビュー作『全員死刑』などで知られる小林勇貴監督。直接、本作に込めた想いなどを聞いた。


批判したいのは個人ではなく“社会”の方


――脚本担当の鈴木おさむさんと初めて組まれてみて、いかがでしたか?

大胆な展開や構成が魅力で、自分の演出したいこととも共通するところがあって共感しました。

――本作のキャスティングにも小林監督は関わってらっしゃるのでしょうか?

一部関わっています。第2話では、これまで一緒に演ってもらった前野朋哉さんや山中崇さん、濱正悟さんなどに出演してもらっています。また、最終話でも一部関わっている部分があるので、それは配信を観てからのお楽しみということで。


――本作は「お酒によってあぶり出される人間の本当の弱さや愚かさ」がテーマになっているかと思いますが、監督はどんな想いを込めて本作を作られたのでしょうか?

作ったエンターテインメントが裁きになってはいけないと思いました。物語の構造自体が一見したところ人のことを論っている(あげつらっている)かのような部分もあるので、それが“裁き”に見えないようにと意識しました。お酒にまつわるトラブルって日々類似のニュースが報道されていると思うんですが、実際のニュースを想起させようとか、飲酒トラブルの時事ネタを放り込んで話題にしたいという意図は演出する私には全くなく、それより人が人に対して犯してしまうこと自体を描きたいなと思いました。ただ、それも個人を批判したいのではなく、私がいつも批判したいのは“社会”の方なんです。

第1話で主役の酒野が過ちを犯した人に対して「でもあなたのような方が優れているとされる社会ですよね」という指摘をしていて、人を生きづらくさせている社会について描きたかったです。

――確かに登場人物はみんな積極的に自分の意思で飲んでいるというよりは、仕事のために、場を盛り上げるために、仕方なく飲んでいるケースが多いように見えました。

はい、それを美徳とする社会がその背景にあると思います。


――お酒を強要されるような「アルハラ」は、小林監督自身の世代からするとあまりイメージが湧かないのかなと思いますが、いかがでしょうか?

私自身は、お酒を強要されるというようなことは全く受けたことがありませんね。「お酒」というのはあくまでテーマを抽象化したものであって、「お酒を強要する」という行為自体は減っていたり、私のように世代によっては全くなかったりするかもしれませんが、「人が人に何かを強要する」という行為自体は必ず今もずっと起こり続けていることだと思うので、お酒に限ったこととしてではなく観てもらえると良いなと思います。

――仰る通り、どの登場人物も“お酒”というツールを通して、その裏にあるもっと別の真意を強要させられているように見えました。ちなみに小林監督自身はお酒は飲まれますか?

一人で飲むことはないんですが、皆とお酒を飲むような場では楽しく飲みます。

誠実な人物ばかりの作品に危機感「ダメな人がいてもいい」


――小林監督作品と言えば、嘘がない生々しい描写が特徴の一つかと思いますが、本作では酒癖が悪く醜態を晒してしまうキャラクターたちをどんな風に描くことを意識されましたか?

私は、よく耳にする「作品に罪はない」という言葉が苦手です。それって“過ちを犯さないものものだけがこの世に存在していい”ってことにも聞こえるじゃないですか。罪を犯さないに越したことはないし、もちろん人を傷つけないに越したことはないですけど、どんどん誠実な人物ばかりが描かれるようになっている気がして。

不誠実な社会や人間関係に対抗するために誠実な人物が登場するのはわかるし尊敬もするんです。でも、そんなことばかりを続けていると、今度は“正しい人だけが居てもいい”みたいな選民思想に繋がっていく気がして、それって娯楽の中では一番起きてはいけないことだと危惧しています。“ダメな人がいてもいい、登場してもいい”というのは私の中にずっとある思いで、許されない行為は許されないこととして向き合って描くものの、“でも何でだろう、君はいなくなってはいけない”ということを伝えたいんです。罪について反省したり向き合った上で、“罪を犯した者がいなくなってしまえ”とは絶対に思わないので、そんな思いを込めました。


――撮影中、印象深いエピソードなどがあれば教えて下さい。

第4話は、モラル面で時代遅れなことがどれだけ減らせるか、悩みに悩んで演出も考えました。あの中に「寄り添うくせに無理解な男」が出てくるんですが、自分に向けての戒めの意味もあります。寄り添ったり理解があるキャラクターはここ最近描かれるようになったと思うんですが、まだ描かれていないのは「寄り添おうとしても尚かつどこかに無理解がある不気味さ、心細さ」で、これは当事者側ではない人間、男性である自分だから入れられる演出なのかなと思って敢えて盛り込んでいます。

第4話は撮影しては反省し、撮影しては反省しの繰り返しでしたが、今は撮れて良かったと思っています。“過激に作ってポイ”が一番嫌なので、少しでも何か問題提起が出来ていればいいなと思います。

――全6話のオムニバス形式ということですが、小林監督として第4話以外に思い入れが強いのは何話でしょうか。

第2話に道路を完全封鎖したカーチェイスを取り入れたんですが、自分の5、6年前のインタビューをたまたま読んでみたら「カーチェイスをやりたいです」って答えていたので念願が叶った作品になりました。実際に役者さんが運転してくれていて臨場感あるシーンになったと思います。

あとは全体を通して言えることですが、お酒に酔っ払っている姿を描こうと思えば酒瓶片手に楽しく盛り上がっている姿がイメージしやすいですが、それ以外でどうやってお酒を楽しく飲んでいる姿を見せられるか考え、いろんな要素を取り入れました。むしろ飲酒以外のシーンで演出やカメラワークを工夫していくことで飲酒シーンに繋がり、引き立つようにしました。

――本作を作ってみてお酒との付き合い方や、お酒に飲まれてしまう人への見方に変化はありましたか?

役者さんたちが魅力的だからか、危険の淵にどんどん立っていく姿もまた魅力的で、落下していく直前の人間が持つ独特の色気をみなさん出していて、魔性の力というか、謎の誘惑を感じてしまいました。もちろんトラブルを起こしたいというようなことは全くないんですが。


「社会にある嫌な面や問題を“面白く”取り上げる作品を“ちゃんと”作りたい」


――小林監督と言えば“映画監督”のイメージが強いですが、ドラマ作りと映画作りの違いはなんだと思われますか?

演出上テレビドラマになるとCMが入ることを見越してカットの構成も少し意識する部分があるんですが、ABEMAは尺の長さの自由度も高かったので、そうなってくるともう概念の問題かなと思います。

ただ、本作は視聴者が若者になるのでわずかながらですがカット数が多くなり、自分が普段は撮らないような映像構成になっているかと思います。自分の間口が広がったかなと思います。

――今後どんなテーマを取り上げていかれたいでしょうか?

「寄り添おうとしても尚かつどこかにある無理解」については引き続き考えています。

日本のエンタメ作品のモラル面での時代錯誤なところやモラルの低さが海外からも問われていると思うのですが、その現状は認めざるを得ない部分もある一方で非常に悔しくも思っています。人を傷つけるような作品ではなく、心細い思いをしている人に寄り添える作品でありたいといつも思っています。同じ志を持った人たちと不信感を解いた上で、社会にある嫌な面や問題を“面白く”取り上げる作品を“ちゃんと”作りたいです。


――最後に、本作をどんな方に観ていただきたいか、作品の見どころと一緒に教えてください。

若い人たちに向けて“こんな風になっちゃうぞ”というよりは“あなたもきっとこうなるので、どうするか一緒に考えましょう”というメッセージを込めています。お酒を飲む・飲まないにかかわらず、この中の過ちのうちのどれかはきっと経験すると思うので。

あとはまだお酒を飲めない年齢の方にこそ、未知の世界を探求するような気持ちで観ていただき楽しんでいただきたいと思います。

(佳香(かこ))

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  • 7/16 7:45
  • cinemacafe.net

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