「金のためならなんでもするのか?」エリート男が夢中になった、女の裏の顔

”ドクターK”と呼ばれる男は、ある失恋をきっかけに、憂鬱な日々を過ごしていた。

彼はかつて、医者という社会的地位も良い家柄も、すべてを忘れて恋に溺れた。

恵まれた男を未だに憂鬱にさせる、叶わなかった恋とは一体―?

◆これまでのあらすじ

愛子から話があると言われ、2人で湘南へドライブに出かけた影山。彼はそこで彼女の思いを知り、次は週末を一緒に過ごそうと約束する。

▶︎前回:「もう一度、真剣に恋愛してみたい」離婚調停中の人妻に芽生えた、恋心と躊躇い


僕は愛子さんと湘南へドライブに出かけ、2人でランチを済ませたところだった。

「こんなところで先生にお会いするなんて!今日はどうされたんですか?」

電話をしに席を立った愛子さんを待っている僕のほうに、見覚えのある女性がやってきた。

僕に声をかけてきたのは、愛子さんの店の女の子、聖菜だ。彼女は、明石と一緒に店に行った時、卓についていた子だった。

「あ、聖菜ちゃん?いつもと雰囲気が全然違うから、わからなかったよ」

こういう時の答えをまったく準備していなかった。口ごもっていると背後から明るい声がした。

「あら、聖菜じゃない!こんなところで会うなんて」

愛子さんの姿を捉えた時、聖菜は驚き、動揺しているようにも見えた。

「え?ママと先生?こんなところで二人でデートですか?」

その言葉に対し、愛子さんは思わせぶりな様子で笑う。

「そうよ。うちの女の子たちに大人気の先生とデートなの。聖菜こそ大人数みたいだけど何の集まり?」

「私は同じ会社の人たちと…」

少し後ろの様子を気にしながら答えた。

彼女は、昼間は会社で普通にOLをしながら、銀座で週に2日ほど働いているらしい。

「私たちは、朝から釣りに行った帰りなのよ。今日のメンバーは、年配の方が多かったから、カゲヤマにはお医者様として同行してもらったの」

愛子さんのとっさの嘘を聖菜はその通り受け取ったようだ。

「やだぁ、もうびっくりしたー!本当にデートなのかと思っちゃいましたよ」

「友達待ってるんじゃない?」

愛子さんに促されて聖菜が仲間の元に戻って行くと、僕らは店を出た。帰りは手を取り合うことなく、それぞれゆっくりと階段を下りていった。

「大事な話をしているところを見られなくてよかったわ」

彼女は首をすくめる。

僕らがいくら真剣でも、赤の他人から見れば単なる不倫。それに僕も愛子さんも、信用がものを言う職業だ。これから始まろうとしている僕らの関係は、決して他人には知られてはならないのだと、この時身をもって実感した。

そのあと愛子さんの提案で、七里ガ浜を離れて葉山まで足を伸ばし、都内に戻った時にはすっかり夜になっていた。

彼女を自宅マンション近くまで送った時の、名残惜しそうな彼女の瞳を僕は忘れないだろう。

路地に停めた車の中で、僕が彼女を抱き寄せキスをした時、言葉では伝わらない何かを感じていた。

それは抗えない流れで関係が深まることへの躊躇いと、優しくて穏やかな感情の往来のように思えた。

次の約束まで待ちきれない男。平日の夜、彼女に会いに行くが…

愛子の裏の顔


愛子さんとドライブに行ってから1週間。普段となんら変わらない日常が始まっていた。

いつものように午前の診察を終え、食堂で遅すぎる昼食をとっていると、トレイを手にした明石が隣にやってくる。

「影山、久しぶりじゃん!最近どうよ?」

「おう、久しぶり。特に変わりないよ」

たしかに明石と会うのは、愛子さんの店に行った日以来だ。

「最近銀座は行ってないの?もうママは諦めたのか?」

聞きたかったのはそこか、と思いつつ、僕はしれっと言い返した。

「諦めるもなにも、本気になるなって忠告したのは明石だろ?まぁ、銀座に飲みには行きたいけどな」

日替わり定食のおかずとご飯を交互に口に運んでいた彼は、なにかを察したのだろう。横目でスマホのスケジュールを確認し、呟くように言う。

「俺、今週の水曜なら空いてる」

僕はその一言に明石の厚意のようなものを感じ、彼の誘いに乗ることにした。

「偶然だけど、僕も空いてるんだよな」

週の中日に愛子さんに会えるのは、僕にとって願ってもないことだった。

ショートメールや電話で彼女と連絡は取り合ってはいたが、僕らの生活リズムはなかなか合わず、思うようにはいかなかったのだ。

僕らは水曜日、1ヶ月とちょっとぶりに夜の銀座へ足を運ぶことにした。



水曜日。

明石が席を予約するとは言っていたので、僕自身は愛子さんに店に行くことを伝えないでいた。

びっくりさせたい気持ちもあったし、週末約束しているのだから、わざわざ彼女に言うほどのことでもないとも思ったのだ。

明石と2人、新橋の割烹料理屋さんで軽くビールを飲み、小腹を満たしてから、彼女の店に向かった。

「あれ?今日はママいないの?」

店に到着し席に案内されると、すぐさま明石がテーブルについた女の子に尋ねた。

「そうなんですよ。ご贔屓のパーティーに呼ばれてしまって。店に来るとしてもだいぶ遅くなると思います」

― やっぱり店に行くって、伝えたらよかった。

僕が後悔し、思わずため息をついたその時……。

「影山先生、ママがいなくて残念でしょ」

僕の横についたのは、先日湘南のレストランで鉢合わせた聖菜だった。

「いや、そんなことないよ。今日はただ、飲みたくて来たんだから」

僕は取り繕うようにそう答える。


明石が聞いてなかったか気になってふと横を見ると、彼はお気に入りの女の子と話し込んでいた。

「この間は2人にあんなところで会うから、私びっくりしちゃった」

聖菜が僕の耳元で声を落とす。

「先生って、真面目でいい人そうだから…ママとのこと、ちょっと心配だな」

「心配って、どういうこと?」

僕は思わず聞き返した。

飲みの席で聞いた、まだ知らない愛子の姿とは。

聖菜は僕の表情を見て、笑いを堪えきれずに言う。

「やだ。先生、目が真剣!もしかして、ママのこと本気なの?」

彼女の言葉に、明石が「何が真剣なんだよ?」と一瞬話に入ってきたが、すぐ自分の隣についた女の子との会話に戻っていった。

「そんな!ママとはそんなんじゃないよ」

僕は否定したが、聖菜は、まだ何か話したそうだ。

「先生はいい人だから、こっそり教えてあげる。私よくママに言われるの。『誠心誠意尽くして、お客さんを夢中にさせなさい』って」

愛子さんがいつも店の女の子たちに説いている、接客の心得を彼女は教えてくれる。

「当然、ママもそうよ。だから、ママに本気になっちゃうお客様はたくさんいるの」

「そうだろうね」

僕は適当な相づちを打つ。そして、不安な気持ちを流し込もうと、グラスに半分ほど残っていたハイボールを飲み干した。

その様子を見ながら、聖菜は続ける。

「ママの接客って、すごいのよ。私はとても真似できないな」

彼女の思わせぶりな言い方に、僕は思わず聞き返した。

「どういうこと?何を真似できないの?」

「どうって…」

そういいながら、聖菜は顔を寄せ、さらに声を落とした。

「銀座でお店をやっていくって、それなりの後ろ盾が必要なのよ。そう言えばわかるでしょ?うちのママには、そういう人がたくさんいるの。今日だって…」

そこまで聞いた時、明石が僕たちの間に割って入ってきた。

「おい、影山。今日はお前の奢りでボトル入れるぞ」

「え…。ああ、構わないよ」

僕は何食わぬ顔でそう答えたが、内心気が気じゃなかった。

今、この時間も愛子さんは僕の知らない誰かと、一緒にいるかもしれない。店を留守にするほど大事な顧客と…。

「先生、大丈夫?気分悪そうだけど」

聖菜の声に僕はハッと我に返った。

「いや、そんなことないよ。全然」

腕時計を見ると、すでに23時を回っている。

聖菜の言っていることに焦りを感じ、僕は色々と考えをめぐらせてしまう。

しかし、彼女のいうことが事実だったとして、何故こんな一介の医者とわざわざ湘南まで出かけたりしたのだろうか?

― 僕なんて、後ろ盾にはほど遠い男なのに…。

2人で海を眺め、食事をしたこの前の日曜日が、遠い過去のように感じられた。

誰の目も気にせず、箱根でゆっくりと週末を過ごそうという僕の誘いを、彼女は「楽しみにしてる」と言ったのだ。

聖菜の話が真実だとするなら、僕はどうしても腑に落ちなかった。

「ごめん、ちょっと電話してくる」

僕はふらつきながら立ち上がり、出口へと向かった。

どうしても彼女の口から、今どこで何をしているのか聞きたかったのだ。


店の前で愛子さんの携帯に電話をするが、何度コールをしても、出ることはなかった。

「突然だけど明石と愛子さんの店で飲んでる。今日は来ないの?」

ショートメールを1通送り、僕は諦めて店内へと戻る。

「俺、最近寝不足だから今日は帰るわ」

明石がそう言い出したときには、すでに24時近く、閉店の時間が近づいていた。

僕はカードで15万ちょっとの金額を支払い、後ろ髪を引かれつつも、明石とともに銀座の街を後にする。

タクシーに乗ってから、僕は居ても立ってもいられず、また何度か愛子さんに電話をかけた。

だが、呼び出し音を繰り返すばかりで、留守番電話にすらならないことに、僕の不安な気持ちは増幅していった。

― やはり聖菜の言うとおりなのか…。

そう諦めようとした時、ショートメールの通知が届いた。


▶︎前回:「もう一度、真剣に恋愛してみたい」離婚調停中の人妻に芽生えた、恋心と躊躇い


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楽しみにしていた週末を前に連絡が途絶えてしまった愛子に影山は…

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