「外国人監視」に利用される東京五輪<東京新聞社会部記者・望月衣塑子>

◆東京五輪を口実に難民・移民を徹底排除

―― コロナ禍で東京五輪が強行されようとしています。望月さんは記者の目線から、東京五輪の問題をどう見ていますか。

望月衣塑子氏(以下、望月) 東京五輪は絶対に中止すべきだと思います。コロナ禍で五輪を強行すれば、第五波の流行や医療崩壊、新たな変異株の発生などの事態が起きる危険性があります。だからこそ、政府分科会の尾身茂会長までもが開催に警鐘を鳴らす状況になっているのです。

 しかし、東京五輪の問題は感染リスクだけではありません。私が特に深刻視しているのは、外国人の人権問題です。

 オリンピックは国際交流や相互理解を深める「平和の祭典」です。本来ならば、政府は東京五輪をきっかけに、外国人問題の改善に取り組むべきです。しかし、政府は東京五輪を口実に、逆に外国人に対する取り締まりを強化しているのです。

 入国管理局は2015年、東京五輪に向けて2000万人以上の外国人を歓迎する「安全・安心な社会の実現」を図るとし、2016年には「我が国社会に不安を与える外国人」を大幅に減らすよう全国の入管に通知を出しています。

 2018年には警察庁、法務省、厚生労働省が「不法就労等外国人対策の推進(改訂)」という共同文書で、三者の連携を確認しています。そこには、こう書かれています。

政府は、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた「世界一安全な国、日本」を創り上げることを目指している。平成25年に策定された「『世界一安全な日本』創造戦略」では、不法滞在・偽装滞在者の積極的な摘発を図り、在留資格を取り消すなど、厳格に対応することとしている。……このように、政府全体を挙げて不法残留者を始めとする不法就労等外国人に対する取組を続けているところである。

 この年には入国管理局の君塚宏警備課長(当時)の名前で「不法就労等外国人対策の推進について」という通知が出され、「不法滞在者の縮減に向けて、効率的かつ強力に業務を推進」するよう再び全国の入管に求めています。

 つまり、東京五輪を機に訪日する外国人を歓迎するために、政府全体を挙げて「社会に不安を与える外国人」を排除しているのです。政府にとって「都合の良い」外国人を歓迎するために、「都合の悪い」外国人を排除する。こんなことを許していいのか、絶対に許せないという思いです。

◆入管が推奨する「外国人監視アプリ」

―― 入管は五輪に向けて「社会に不安を与える外国人」を排除するために、どういう取り組みをしているのですか。

望月 近年、不法滞在者の増加に伴って在留カードの偽造や不法就労が拡大しています。それをうけて、入管は昨年12月に在留カードの真偽を確認できる「在留カード等読取アプリケーション」をホームページ上で無料配布し、ツイッター等で一般市民に向けて周知しています。

 このアプリは正規滞在者も含めて在日外国人全員を対象とするもので、誰でも入手して利用することができます。つまり、その実体は「外国人監視アプリ」なのです。 入管は、このアプリはあくまでも在留カードの偽造や不法就労の助長を防止するもので、在留カードの確認は任意だと説明しています。それならば、入管と事業主の間で在留カードを確認できる仕組みを作るだけでいいはずです。何も一般市民に無料配布する必要はない。

 このアプリが第三者に乱用されれば、一般市民が恣意的に外国人を〝職質〟したり、外国人を取り締まる〝自警団〟が生まれたりする恐れがあります。しかし、こうした乱用に対する歯止めは何もないのです。

 2019年の時点で中長期の正規滞在者は262万636人です。一方、偽造在留カードの検挙数は748件です。ざっくりいえば、数百件程度の偽造を取り締まるために260万人以上を監視対象にするということです。これでは全ての在日外国人を「不法滞在者予備軍」として扱うことになり、社会の分断を助長します。

 こうした問題点について、私は入管の君塚宏元警備課長(現・在留管理支援部長)や上川陽子法相に質問していますが、あまりに鈍感です。君塚氏には「こんなことを言ってきたのは貴女が初めてです」と嫌味を言われましたが、自分や家族が海外で同じ目に遭っても平気なのか。

 こうした鈍感さは政府に限りません。新聞記者の中からも「不法滞在者は犯罪者だから取り締まるべきだ。何も問題はない」「お前は考えすぎだ。被害妄想だ」などと批判をうけることがあります。

 確かに政府の人権意識は低い。しかし、それを追及すべきメディアの人権意識も低いのです。その結果、日本では外国人の人権が踏みにじられる状況が続いているのではないか。政府はもちろん、私たちメディアの責任も大きいと思います。

―― 東京五輪が近づくにつれて、むしろ外国人の人権問題が噴出しています。

望月 オリンピックは難民問題や人権問題に光が当てられる場であり、東京五輪でも難民選手団が出場する予定になっています。

 ところが、政府は欧米の1000分の1にすぎない日本の難民認定の現状を改善するどころか、強制送還のハードルを下げる入管法改正案でさらに難民問題を悪化させようとしたのです。

 今年3月にはスリランカ人の女性ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管で長期収容を強いられた末、適切な医療がうけられず33歳で亡くなりました。5月にはウィシュマさんの遺族が来日しましたが、入管からはまともな説明がうけられず、不信感を募らせています。政府はこの状況で五輪を開催して、スリランカの選手団を笑顔で迎えるつもりなのか。信じられません。

 政府は東京五輪に向けて外国人の人権を尊重するどころか、逆に侵害している。こんな政府に東京五輪を開く資格はありません。

◆「なぜスポンサーにするのか」東京新聞を嫌厭した森喜朗

―― しかし、メディアは東京五輪の問題点を十分に批判していません。朝日・毎日・読売・日経・産経・北海道新聞の6社は東京五輪のスポンサーになっていますが、五輪報道をどう見ていますか。

望月 読売新聞は6月9日に「G7、東京五輪の開催支持へ」と、大々的に独自スクープを報じました。菅政権からリークされて、五輪開催を援護射撃したのだと思います。

 その一方で、五輪中止を訴える新聞も現れています。信濃毎日新聞は5月23日付の社説で「東京五輪・パラ大会は中止を決断せよ」と述べ、朝日新聞は5月27日付の社説で「夏の東京五輪 中止の決断を首相に求める」と書いています。

 東京新聞も6月1日付の社説で「コロナ禍の五輪 大切な命を守れるか」と疑問を投げかけていますが、「だから中止すべきだ」という主張にまでは踏み込んでいません。

 私自身は、東京新聞も五輪中止の立場を明確にすべきだったと思います。なぜ同じ地方紙の信濃毎日新聞や五輪スポンサーの朝日新聞に書けたことが、東京新聞に書けないのか。社員として悔しい気持ちです。

―― 中日新聞は五輪スポンサーになっていません。なぜですか。

望月 実は、「森舌禍事件」と呼ばれる出来事があったと聞きます。中日新聞本社にも電通から「全国最大のブロック紙である中日新聞もスポンサーにならないか」と打診があったそうです。

 しかし、大会組織委員会の森喜朗会長(当時)が「中日新聞は、政権を批判している東京新聞を持っているが、それをスポンサーにするのか」と難色を示したため、当時の小出宣昭社長が激怒して断ったといわれています。その結果、中日新聞はスポンサーにならなかったのです。

 これは正しい判断だったと思います。東京五輪は政府が主導する“国策”です。メディアがそのスポンサーになれば、権力を監視するというジャーナリズムの使命を果たすことが難しくなります。だから、そもそもメディアは政府主催行事のスポンサーになるべきではないのです。東京新聞は開催都市の名前を冠する地方紙ですが、五輪スポンサーにならなくて良かったと心から思います。

―― 東京新聞は「五輪リスク」という連載を組み、「大会予算『魔物』は膨張し続ける」「垣間見える商業五輪の醜さ」など、五輪に批判的な記事を積極的に掲載しています。

望月 私は五輪報道を担当していませんが、五輪スポンサーではない東京新聞は批判も含めて比較的自由に五輪報道を行うことができているのではないかと思います。それだけに、社説で中止の立場を明確にしていないのが残念でなりません。

◆「私」を主語に記事をかけ

―― 日本のメディアは「海外メディアが東京五輪を批判した」とは報道しますが、自らの紙面では東京五輪を批判しません。

望月 確かにニューヨークタイムズなどの海外メディアは東京五輪やIOCの問題点を批判していますが、本来ならばこういう批判は日本のメディアが行うべきものだと思います。

 たとえば、IOCは「東京五輪を実現するために犠牲を払わなければならない」(バッハ会長)、「緊急事態宣言中でも五輪を開催する」(コーツ調整委員長)、「菅首相が中止を求めても、大会は開催される」(パウンド委員)など、日本を侮辱するような発言を繰り返しています。

 これに対して、日本のメディアは「IOCがこんな発言をした」と事実を伝えるだけでなく、自ら直接IOCに抗議したり、異議を唱える記事を署名で書くべきです。

―― なぜ海外メディアにできることが、日本のメディアにはできないのですか。

望月 海外に比べて、日本のメディアが読者の支持を得られていないことが大きいと思います。たとえば、ニューヨークタイムズはトランプ政権と対決する報道姿勢を打ち出した結果、読者の支持を得て、購読部数が350万部から750万部に2倍以上増えたといいます。

 一方、日本の新聞社は政権と対決しても、あまり読者の支持は得られません。これでは厳しい政権批判を続けることは難しくなります。

 読者の支持を得られるかどうかは、記事の書き方が関わっていると思います。これまで日本の新聞社では記者の主観を差し挟まずに客観的な報道を行うべきだという風潮が強くあり、新人の記者はそういう訓練をうけてきました。

 しかし、最近では「記事を書いているあなた自身はどう考えるのか」と、記者の主観を求める読者の声が強まっているように感じます。実際、マーティン・ファクラー元ニューヨークタイムズ東京支局長は、「本社からは『I(私)を主語にした記事を書け』という指令が来ている」と話していました。

 日本の記者は個人のSNSで自分の考えを発信していますが、紙面では自分の考えをあまり書いていない。SNSでは五輪開催に反対しても、紙面では反対せず、その代わりに反対する識者や読者の声を掲載しているような状況です。こういう記事の書き方だけでは、読者の支持が得られなくなっているのかもしれません。

 東京新聞には「視点」というコラムがあり、私もそこで自分の考えを書いていますが、「I」を際立たせるような取り組みをもっと進めるべきだと思います。

◆東京五輪の問題点を報道し続ける

―― 安倍・菅政権はメディアに圧力をかけ続けてきましたが、権力とメディアの関係に変化はありますか。

望月 最近、菅政権のメディア対策が変わり、メディアへの圧力は緩和されているように感じます。

 一つは、官房長官の違いです。菅官房長官は番記者とのオフレコ懇談会で、テレビ朝日の報道ステーションなどを念頭に「放送法に抵触する番組がある」と恫喝まがいの発言をするなど、常にメディアに圧力をかけていました。しかし、加藤官房長官はこういう陰湿な対応をしていないようです。

 もう一つは、内閣広報官の違いです。菅政権も当初、安倍政権と同じようにメディアに威圧的でした。しかし、今年3月に総務省接待問題で山田真貴子広報官が辞任、その後任に小野日子外務副報道官が就いてから、取材や質問の機会が少しですが増えました。コロナ禍ということもありますが、安倍政権の時代と比べてぶら下がり会見の回数は多くなり、首相記者会見での質疑応答も5~6回から10~20回に増えています。

 しかし、特定のメディアに対する嫌がらせや質問を重ねる「さら問い」を認めない状況は相変わらずです。首相会見などでは、政権に批判的なメディアに質問の機会を与えない状況が続いていました。東京新聞は菅政権が発足した昨年9月から毎回首相会見に出席していますが、今年4月までは一度も当てられませんでした。抗議の批判記事が出て10回目から漸く当てられるようになりました。

―― 望月さんは昨年から官邸記者会見に出席できない状況が続いていますが、菅首相に何を質問したいですか。

望月 菅首相はあまりに無責任です。菅首相は国会で「国民の命と健康を守れなければ、やらないのは当然だ」と五輪中止の可能性に触れましたが、具体的基準は明らかにしていません。同時に「私自身は主催者ではない」と述べ、開催か中止かを判断する立場ではないと強調しています。これでは「何も責任をとらない」と言っているも同然です。

 昨年、東京五輪が1年間延期することに決まったのは、安倍総理がIOCに延期を提案してバッハ会長が同意したからです。それと同じように、菅首相はIOCに中止を提案できるはずです。

 菅首相が「国民の命と健康を守る」と言うなら、具体的な基準を明らかにした上で、それが満たされない場合はIOCに中止を提案する責任があるはずです。それを省みない菅首相には、本気で国民の命と健康を守る気がないとしか思えない。機会があれば、こうした疑問を直接ぶつけたいと思います。

 現在、メディアの中では「このまま東京五輪は強行されるんだろうな」という諦めムードがありますが、たとえ開催したとしても、それで東京五輪の問題がなくなるわけではありません。メディアは東京五輪の開催中、開催後も、コロナ禍での五輪開催の問題点を報道し続けるべきだと思います。

<6月9日 聞き手・構成 杉原悠人 記事初出/月刊日本2021年7月号より>

もちづきいそこ● 慶應法学部卒後、東京・中日新聞に入社。社会部記者。2017年平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、2019年「税を追う」取材チームでJCJ大賞を受賞。著書『新聞記者』は、2019年にドキュメンタリー映画『i-新聞記者ドキュメント-』として公開さ

れ話題に

―[月刊日本]―

【月刊日本】

げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

2021/7/14 8:51

この記事のみんなのコメント

6
  • 記事の内容には同意出来ないけど『在留カード等読取アプリケーション』というモノがある事を知れた。ありがとう❗️

  • EMH

    7/15 12:31

    不法滞在 不法就労を取り締まるのが悪だと言うなら、正義とは何ぞや?

  • 読む気になれない。💢

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