無意識で周囲にマウントを取る“最低女”が、仕事も彼氏も失って改心した結果…

東京で暮らしていれば、受けられる恩恵はたくさんある。

流行りのレストランに、話題のエステ。雑誌に載っている可愛い靴やバッグだって、すぐ手に入る。

― 東京こそ、私の生きる場所。これからもずっと。

そう思っていたアラサー女は、突然やってきた“転落人生”で、東京を離れることになり…。

◆これまでのあらすじ

田舎での暮らしにも少しずつなじんできた千佳。興味を持ち始めたマクロビや雑穀の資格を取り、好意を抱いていた地元在住の男・悠斗から告白もされた。

このまま地元での生活を続けるのか、悩んだ末に…?

▶前回:一度も会ったことない男が、朝7時に自宅前までやってきて…?ドアを開けた瞬間、女が息をのんだワケ


「少し会って、話せる時間ある?」

実家のリビングでゴロゴロしていた私は、出版社でお世話になっていた上司からの電話に、思わず飛び起きた。

これは喉から手が出るような、魅力的な仕事があるときの切り出し方だ。

ただ、この上司から任される仕事は、結構な無茶をしなくてはならないことも多い。過去の経験からも、軽い気持ちで飛びつくのは危険だとわかっている。

クライアントからの要望が多く、変更事項もまた多いのだ。それゆえ、締め切り前には超がつくほどの過密スケジュールになる。

それを覚悟したうえでの仕事は、フリーランスになってから断らざるを得ないのがいつも悔しかった。ほかの仕事が回らなくなってしまっては、生活に差し障るからだ。

でも、今ならいくらでも時間を費やせる。

― 半年前の告白から、悠斗さんと会うこともなくなったしなあ。

「はい、いつがご都合よろしいでしょうか?」

東京から離れて1年近く経ったし、書く仕事もしばらくしていなかった。けれど詳しい話を聞く前からやってみたいと思い、そう即答したのだ。

そしてその数日後には、神保町にある通い慣れたオフィスビルで、上司との会議が決まったのだった。

久々に東京へと向かった千佳は…?

会議室に通されると、かつての上司と向かい合って座る。そして、こう告げられたのだ。

「美容や健康に特化した、新しいweb媒体を立ち上げることになったんだけど。ディレクションしてみない?もちろん、執筆も」

その言葉に背中を押されるようにして、私はある決意を固めたのだった。



実家に帰ってきて半年が過ぎた頃。田舎での暮らしにも慣れ、マクロビや雑穀の勉強にやりがいを見出し、ついには資格まで取った。

それを悠斗さんへ伝えに行くと、まさかの告白をされてしまったのだ。

「千佳さん、僕と付き合ってくれませんか」

「えっ。すごく嬉しいんだけど、私…」

この先ずっとここにはいないと思う、と言いかけて口をつぐむ。

「いつかまた東京に戻るって、言おうとした?」

「うん…。まだ何も決めてないんだけど。だから今、悠斗さんに返事をするのは中途半端な気がして」

「そっか。千佳さん最近楽しそうだったし、こっちで暮らすことに決めたのかなって少し期待してたのかもしれない。困らせてごめん」

― 私、楽しそうだったんだ。

楽しいことなんて東京にしかない。どこかでまだそう思っていたから、自分でも驚いた。

マクロビや雑穀に興味を持ったのは、悠斗さんの影響が大きい。それらがここ最近、生活の中心にもなっていた。楽しそうに見えていたなら、それは彼のおかげだろう。

35歳という自分の年齢を考えれば、告白してくれた彼を手放してはいけないような気もする。…だけど、ここで付き合い始めるのは甘えなのではないか。

悠斗さんだって「私が東京に戻るかもしれない」ということを知ったら、それ以上何も言ってこなかった。

結局、この日を境に彼と過ごす時間は減っていった。その代わりに、私の中ではあることに火がついたのだ。


― 食事のこと、もっと勉強したい。

しばらくすると、東京の流行スポットや話題のレストランの写真で埋め尽くされていた私のSNSには、自炊した料理の写真がズラリと並ぶようになった。

― 食事の色、全体的に茶色っぽいかな?緑が足りないような…。

そうやって試行錯誤しながら、雑穀を使った煮込み料理やヴィーガンの人向けのアレンジレシピを投稿していくうちに、嘘のようなペースでフォロワーが増えていった。

すると地元でグランピング施設の運営をする板倉先輩も見ていてくれたのか、専門家として正式に仕事の依頼をしてくれたのだ。

「千佳さえよかったら、うちのカフェのメニューを考えてくれないかな?」

「本当ですか?ぜひ、やらせてください!」

私がずっとやってきた“書く仕事”ではない。でも自分の新たな可能性が広がるかもしれないと、胸が高鳴った。

気がついたら、東京を離れて1年。

地元に帰ってきてから感じていた虚無感や妙なプライドは、もうすっかりなくなっていた。

東京と田舎の暮らし…。千佳が選んだのは?

最近は毎朝5時に起きて、食事の支度をしている。

そして週に2回は、板倉先輩のグランピング施設で開催されているヨガのレッスンに参加して体を動かしているし、毎日5~6杯は飲んでいたコーヒーも気づいたらそんなに飲まなくなった。

― こんな健康的な生活、本当に久しぶり。

「健全な精神は、健全な肉体に宿る」という古代ローマ詩人の格言があるけれど、まさにその通りだと思った。

朝型の規則正しい生活に慣れてくると、頭がスッキリと冴えた感じになるのだ。

“朝活”が流行ったときは、私は絶対にすることはないだろうと思っていたけれど、次から次へとアイデアが浮かんでくるこの感覚は悪くない。

夜更かしとセットになっていたネガティブな考え事は、早寝が習慣になるとしなくなった。

それに東京で暮らしていたときは、ちょっとでも時間ができると何か新しい情報を得ようと躍起になって、寝不足でもお構いなしに出歩いていた。

だけど、そうまでして手に入れた情報や知識は、疲れた頭ではうまく整理できるわけがなかった。…それだけなら、まだマシだ。

流行に対する異様に高いアンテナのせいで、周りの人に対して無意識のマウントを取ることもあったのだから、自分でもイヤな奴だったと思う。

まるで東京の雑踏そのもののような、行動も思考もゴチャゴチャとした自分だった。

東京に執着していたのは、そこに自分の姿を重ねて勝手に共鳴していたからかもしれない。

でもすべてを失って、周りの人たちに心の内をさらけ出したらラクになった。行動も思考も、丸っきり別人になったようだ。

だから上司から仕事の依頼を受けたとき、一瞬だけ怖くなってしまった。

― ゆったりとした田舎の空気やここにいる人たちから離れたら、また昔の自分に戻ってしまうかもしれない。

そんなとき「どこにいても、結局はその人次第ってことじゃないかな」という板倉先輩の言葉が、頭の中をよぎったのだ。


『私、東京に戻ることにしたよ』

板倉先輩と衛、それから悠斗さんにもメッセージを送ると、声をそろえたかのように『やっぱりね!』と返ってきた。

幼なじみの衛は「ライター+αで頑張ってみたらいいじゃないか」と提案した自分のおかげだ、と言ってくる。

確かにそうかもしれない。

フリーランスになったばかりの頃に思い描いていた、自分の言葉で書きたいことを綴るという夢も、そう遠くないように思う。

― この3人と会わなかったら、また違った生き方を選んでいただろうな。

昔の同僚が言うには、元上司はフリーランスになって仕事を失い、東京を去った私のことをずっと気にかけてくれていたそうだ。

そして再び東京へ戻ることが決まると、これまでに付き合いがあった広告代理店や編集者へのフォローを入れてくれたようで、さっそくいくつかの仕事が舞い込んできた。

これまで誰かに頼ったり、弱いところを見せたりしたら、そのポジションをほかの人に取って代わられてしまうと気を張っていた。けれど、今では相談をして頼ることもできる。

1週間後には、東京での生活がまた始まる。

急いでスーツケースを引っ張り出して荷造りを始めると、悠斗さんからのメッセージが届いた。

『大事な話があるんだけど、今から会えない?』

仕事も恋も、これまでの私のやり方とは違う。

この再出発は、何だかいい予感がした。

Fin.


▶前回:一度も会ったことない男が、朝7時に自宅前までやってきて…?ドアを開けた瞬間、女が息をのんだワケ

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