中日・門倉前コーチは再び行方不明!キンコン梶原、GACKTも…「失踪芸能人」!!

拡大画像を見る

 5月15日に愛知県豊田市のマンションにスマホと財布を残したまま失踪し、大騒動を巻き起こしていた中日ドラゴンズの前2軍投手コーチ・門倉健氏(47)。現役時代は、ドラゴンズや近鉄バファローズや読売ジャイアンツなどを渡り歩き、2005年にはセ・リーグの最多奪三振のタイトルも獲得した名投手の失踪劇はワイドショーなどでも取り上げられ、多くの人の関心を集めた。

「失踪中には金銭トラブルや女性問題も取り沙汰されるなどした門倉氏ですが、6月6日に自宅に戻ったことで一件落着かと思われました。しかし、7月8日発売の『週刊文春』(文藝春秋)が、門倉氏が6月19日に再び自宅を出てしまったと報じたんです」(芸能記者)

『週刊文春』によると、門倉氏は6月19日に再び自宅を出て、同月21日に一度帰宅。しかし、同23日にまたしても家を出て行方をくらまし、7月6日になっても門倉氏の居場所は分かっていないという。

■世間を騒がせたベーシストの失踪劇

 再び消えた門倉氏。家族の心労は計り知れないが、著名人の失踪劇は近年、ほかにも起きていた。

 2019年6月、人気ロックバンド・KANA-BOONが公式サイトを通じて同月15日に開催予定だったライブの中止を発表。併せて、当時ベーシストとして所属していた飯田祐馬(31)が同月5日から音信不通になっていると公表したのだ。

「飯田は、失踪騒動以前の2016年2月に女優の清水富美加(千眼美子・26)との不倫が報じられていたこともあって、何かしらのトラブルに巻き込まれたのではないか、との噂も立っていました。しかし、飯田は、ライブが予定されていた2019年6月15日の深夜に帰宅し、翌日に公式サイトで無事が報告されました。

 その後飯田は、精神的な病気の治療に専念するとして活動休止。そして2019年11月にバンドからの脱退が発表されました。飯田は個人的な不安やプレッシャーがあって連絡を絶ってしまったといいます。脱退後は表立っての活動もしていないですし、音楽活動を続けるのが相当困難な状態だったのかもしれません」(前出の芸能記者)

■カジサックを救っていたフジモン

 人気YouTuber・カジサックとしての活動でも知られる、キングコングの梶原雄太(40)。現在の明るく元気なキャラクターからは想像もつかないが、梶原が芸人として大人気だった2003年、2か月半に渡って芸能界から姿を消したことがあった。

「2019年9月放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に出演した梶原は失踪当時について振り返りました。当時、『はねるのトびら』(フジテレビ系=以下同)のレギュラーを務めるなど多忙を極めていた中、梶原は精神的に追い詰められて失踪したといいます。

 梶原はいまだに失踪当初3日間の記憶がなかったそうですから、相当追い込まれていたのでしょう。ただ、完全に音信不通になったわけではなく、FUJIWARAの藤本敏史(50)と2003年に芸人を引退した元ババリアの三浪昇氏(41)とは連絡を取っていたいいます。

 藤本は梶原に“戻って来いとは言わん。とにかく休みや”と言葉をかけて、病院への受診を勧めたといい、そこで梶原は心身症が発覚。その後、梶原は、自身を探し続けるスタッフに居場所を知らせずにかばってくれた三浪氏と頻繁に会って遊ぶなどして、病状を回復させて芸能界活動再開が叶ったといいます。

 この失踪時、藤本と三浪氏の優しいサポートがあったから、現在の大人気YouTuberのカジサックがあるということでしょうね」(前出の芸能記者)

■事務所の社長と揉めて半年の雲隠れ

 類稀なスター性で多くの人を魅了し続けるGACKT(48)も、かつて行方をくらました経験があった。

「GACKTは1999年1月、ロックバンド・MALICE MIZERを脱退し、その年の5月にミニアルバム『Mizérable』でソロデビュー。同年8月には2枚目のソロシングル『Vanilla』をリリースし、ソロ活動を活発化させます。

 しかし、この頃、当時所属していた事務所社長との関係が悪化したGACKTは、“メンバー引き連れてペンションで半年生活した”と、沖縄に雲隠れしたと、2020年10月放送の『 爆買い☆スター恩返し』(フジテレビ系)で語りました」(前出の芸能記者)

 GACKTは2019年6月放送の『直撃!シンソウ坂上』(フジテレビ系)でも失踪騒動に触れており、すでにMALICE MIZER在籍時から、「僕対メンバー・社長で完全に別れちゃった」と、バンドメンバーと事務所の社長と対立関係にあったと話している。

「GACKTは、自身の姉の支援を受けながら沖縄で生活を続けたといいます。長年、社長との関係は微妙だったようですし、溜まりに溜まった鬱憤が爆発しての失踪だったのでしょう」(前同)

 2000年に入って復帰を果たしたGACKTは上昇気流に乗り、2001年には『ANOTHER WORLD』で『NHK紅白歌合戦』に初出場。その後、スターとしての地位を確立した。

「失踪は周囲に多大な迷惑をかけてしまいますし、社会人としてやってはいけない行為。しかし、梶原やGACKTのように失踪が転機となって、その後の人生のプラスにつながったケースもありますね」(同)

 梶原は前述の『しくじり先生』で、「限界を感じたら強がらずに相談しよう」と話している。何もかもを捨てて消えてしまいたいという心境に至る前に、早めに周囲の力を借りるのが大切なのだろう。

関連リンク

  • 7/11 8:30
  • 日刊大衆

スポンサーリンク

この記事のみんなのコメント

1
  • マリン

    7/11 9:11

    また失踪ですか。残された奥様の気持ち、何なんだろうって思ってしまいます。

記事の無断転載を禁じます